7-2.悪魔は驚きを隠せない。


「葦木くん、お箸よりも鉛筆を動かしなよ。さっきからご飯が減るばっかりで全然問題進んでないよ」


「じゃあ鉛筆で飯食えば箸よりも鉛筆を動かしてることになるんじゃないか!?」


「うん、鉄分が取れるかもね。でも、すごくみっともないからやめて」


 帆篠の見立ては真であった。

 姫琴と俺の距離は、以前に比べ確かに縮まっている。姫琴はよく冗談を言うようになったし、俺がそれに反論したり怒ったり、そんな時間が増えた。

 でも、それはとても不思議なことだ。

 だって、それは俺が今まで帆篠としてきた会話にとても似ていたのだから。でも、俺と帆篠は友達ではない。今の俺と姫琴との関係と、俺と帆篠との関係にはなんの差もないのに、友達であるかどうかと言う隔たりはそこまで大きなものなのだろうか。


「帆篠さんも葦木くんにちゃんと勉強するように言ってよ」


 帆篠は俺を侮蔑的な目で見つめる。


「葦木君、姫琴さんの言うとおりよ。単純にお行儀が良くないからやめなさい。

 勉強出来る出来ない以前に、食事に集中しないのは食べ物に失礼だわ」


 姫琴の主張とは幾分か逸れるが、二人して俺を非難している事には変わりない。

 俺を繋がりにして二人が仲良くなるのはなんとなく変な気分だ。


「ついこないだまで姫琴は俺の味方だと思ってたのに」


「今も味方だよ」


「あたしは敵だって言いたいのかしら?」


 やっぱり背水の陣。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 放課後。珍しく姫琴は俺を帰りの道に誘った。

 珍しくと言うのは、彼女はいつも俺が職員室に召集されている間に帰ってしまっているからである。

 今日も今日とて迎井先生のお説教が待っていたのだが、彼女はそんな俺を待ち共に帰路を歩いている。


「あのね、わたし葦木くんのお手伝いしたいと思って」


 雨粒が傘を叩く。若干の肌寒さが、夏の前の空気を湿らせていた。

 姫琴は傘に顔を隠しているので、その表情はうかがい知れない。


「わたしも、帆篠さんの願い事を探す手伝いがしたい」


 想像出来ても良さそうな提案に、俺は驚愕していた。

 言葉をなくしている俺に姫琴はもう一度問いかけた。


「……ダメかな?」


「いや、すげぇありがたいよ。助かる」


 悪魔の手伝いをしたいなんて言う人間は今までいなかった。

 悪魔はすべからく嫌われる存在だと、俺は心のどこかで思っていた。彼女の言葉は、友達としての俺ではなく悪魔である俺を肯定しているものなのだと勘違いしてしまいそうになる。


「あのさ、姫琴の願い事ってなに?」


 その問いかけに意味があるとするなら、帆篠の願いをつかむヒントになるからだ。

 ただ、俺は純粋に姫琴と言う人間をもっと知りたくなっていた。


「わたしの願い事? たくさんあるけど……今は、葦木くんの願いが叶う事だよ」


 その言葉はどこかで聞いたことがあるような、少しうら寂しさを残すものだった。

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悪しき秘め事が欲しいのか!? さし @nemutai610

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