7.葦木くんの再出発。

7-1.悪魔は落ち込み肩を落としていた。


 姫琴がなんか冷たい気がする。

 どうしてだろう……わかってるけど。

 あの夢のせいだろうな、二度と裸になるなって言う約束破ったからだろうな。

 いやいや、破ってないし。あれは過去の出来事だし。姫琴に服を脱ぐなって言われてからは公衆の面前では服脱いでないし。


「なんだか今日は姫琴さんと仲が良いわね。勉強会の後、なにかあったの?」


 帆篠の目にはそう映っているらしい。

 なんだ、慰めてくれているのか?


「いつもよりあなたに遠慮がないと言うか、まるで本当の友達みたい」


「え……そ、そう? て言うかさ、その言い方だと今まで友達じゃなかったみたいじゃん」


「より一層仲良くなっているって言いたいのよ。羨ましいわ」


 帆篠は教科書をめくりながら漏らした。あ、言葉をだぞ。排泄的な意味じゃないぞ。


「……今、すごく不快なモノローグを読まなかった?」


 なんて勘がいいんだお前は。


「あの後、二人ともちゃんと家に帰ったんでしょうね?」


「当たり前だろ。もう夜も遅かったしな」


「ふ、二人で変な勉強会なんてしてないでしょうね」


「してねぇよ。なんだ変な勉強会って。あの後は一切勉強しとらんわ」


「な、なら良いけれど……。

 でも、ちゃんと勉強はしなさいよ」


「帆篠さーん、ここ教えて」


 姫琴が駆け寄ってくる。

 よし、もう一度謝ろう!


「あ、姫琴。昨晩は本当にすまなかった。裸は見せないから……」


 途端帆篠が素早く反応する。


「ち、ちょっと! あなた達一体何をしていたの!? ま、まさか本当に夜の勉強会を……」


 顔が真っ赤である。ははは、顔が真っ赤である。なんとなく二度言った。

 だからなんだ、夜の勉強会って。

 姫琴もまた顔を赤らめて首をブンブン振り否定する。手にしていた教科書はシワができるほど強く握りしめたままだ。


「ち、違うよ! 誤解だよ! 葦木くんが変なこと言うのはいつものことでしょ?」


 うわぁ、やっぱりツッコミ厳しい。なんか帆篠に似てきてない?


「やっぱり今後とも葦木くんのことは無視するべきなのかなぁ」


 やめて! 辛辣すぎる!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 時は過ぎ放課後。

 例のごとく職員室でのお説教タイムを終えた俺は、ガックリと肩を落とし帰路を目指す。

 あぁ、今日は散々だった。良かれと思って姫琴の夢に介入したと言うのに、完全に墓穴を掘った。

 どうしたって姫琴はあんなに裸に敏感なんだ。帆篠なんて俺の全裸を見てもなんのこっちゃへっちゃらな感じだったのに。どちらが平常な反応なんだろうか……言わずもがな、姫琴なんだろうなぁ。

 現代女子高生で初めて遭遇したのが帆篠出会ったことは不幸であると言わざるを得ない。確かに、あの時も変なやつだとは思ったけど、ここまで変わり者だったとは。

 久し振りに廊下で滑って転んだ。懐かしい痛みが尻を伝う。


「葦木くん、また猫背になってるよ」


 姫琴だった。

 困ったように笑いながら小さな手を差し出している。


「お、おう。ありがとう……」


 その手を掴む。姫琴は小柄で華奢だから、ほとんど自分の力で立ち上がった。


「もう。せっかくアドバイスしてあげたんだから、気をつけなきゃダメだよ?」


 相変わらず彼女は笑っている。

 その微笑みにどうして良いかわからずに俺は立ち尽くしていた。


「あの……姫琴俺のこと嫌いになってないの?」


「へ? ど、どうして?」


「いや昨日あんなに怒ってたから……」


「葦木くん、わたしはそんなことであなたを嫌いになったりはしません」


 呆れたような表情だった。


「じゃあ、まだ友達でいてくれるのか?」


「葦木くん、そんなことでわたしが絶交するとか思ってたんだ。ちょっとショックだよ」


 頬を膨らませて俺を睨む。

 これは怒っていると言う記号だと、俺はどこかで学んでいた。だから次の言葉は反射的なものだった。


「ご、ごめん」


「あはは、冗談だよ。

 いつか帆篠さんも言ってたでしょ? 友達なら軽口のひとつやふたつ言い合うものだって」


 笑顔は西日に照らされて赤く光る。

 なんとなく俺も笑ってしまった。


「喧嘩するのも友達の特権だよ、あれを喧嘩と呼べるかは別にしてね」


 友達とは難しい。初めてできた友達を前に俺は混乱するばかりだ。

 一緒にいれば楽しいけれど、喧嘩したら悲しいし、嫌われてしまったらどうしようと不安になる。でも、仲直りできたこの瞬間は涙が出そうになるほど嬉しいのだ。


「姫琴に嫌われたんだと思って、一日中泣きそうだった」


「わたしは、葦木くんのこともっとちゃんと知りたいと思えたよ?

 でも、寝不足になっちゃうからあんまり夢には来ないでね」


 俺達の影が同じ方向に伸びているのが、当たり前のことなのに堪らなく嬉しかった。

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