エピローグ 帰路

 「只今の状況をご説明いたします。まず、打者ですが、これはスクイズプレーによりバント成功、しかしピッチャーが捕球しファーストへ、打者がベースを踏む前に送球が成功されたため、こちらはアウトとなります。ですので通常ではこのアウトで合わせてスリーアウト、チェンジとなります。ですが、スクイズプレーが成功する前に三塁走者が三塁ベースをスタートしておりまして、そのまま三つ目のアウトが宣言される前にホームベースに戻っております。通常ですと、打者がアウトになった段階でこの三塁走者は三塁にリタッチしていないためアウトですが、守備側は三塁にボールを戻してアウト宣言をしなければ走者はアウトとならず、セーフ、つまりは得点となります。またそのことを守備側の選手がアピールできるのは、フェア地域を離れる前、つまり全選手がファールラインを超える前に限定されますので、得点成立となりました。これは野球規則の…………」


 …………疲れて寝てるから静かになるかと思ったら、ダグは帰りも喧しかった。


 何を言っているかは狂人の寝言なので、判別できる方がおかしいが、それでも意味がありそうな単語は注意を引く。


 その中で静かに寝息を立てられるバニングさんは、それだけ疲れてるのか、肝が座ってるのかのどちらかだろう。


 ……壁にもたれた頭の鶏冠は崩れて落ちて、ただのストレートヘアーになっている。それはそれで女性らしくて似合っているのだが、それをもっと卑猥な感じで表現した男の末路を見てしまった俺は、話題に上げる勇気などなかった。


 …………だめだ。こういう風に余計なことを考え続けてるから眠れないのだ。馬車を降りた後にまた一悶着あるだろうから、寝れるうちに寝ておかないと、辛くなる。


 黙って瞼を閉じる。


 行きと同じ馬車の揺れ、硬い椅子に寒い空気、戦場に比べればだいぶだいぶマシな寝床は、寝慣れている。


 …………なのに、未熟なくせに、俺は正面に置かれているケイが、まだ寝てなくて、そして俺を見ていると勘付いてしまった。


 その視線に耐えきれず、ちょっとだけ薄眼を開ける。


「……何も訊かないのですか?」


「何がだ」


 反射的に反応してしまった。これで寝たふりからの寝るのが無理となった。未熟だ。


「全部です。この後のこととか、あの後のこととか」


「訊いたら応えるのか?」


「…………お応えできることなら」


 声の調子、ケイは逆に眠れない感じだろう。


 まぁ、あれだけ色々あっての帰り道だ。興奮もする。


 それに、眠いとはいえ気にもなってはいる。


「じゃあ質問だが、何で俺は身包みを剥がされてんだ?」


「それは、あなたが中にあった赤い刀を持ち出そうとしてたからじゃないですか」


「あぁ確かにな。俺の刀は折れて使い物にならないから敵のを借りて出口まで出た。それで刀を没収、ならまだわかるが、他の荷物も財布も着物さえもが没収されるのは違うだろ?」


「機密情報保持のためです。小さなメモ紙一枚でも持って出られると責任問題になるんです」


「だったらそっちの二人も剥がせよ。俺一人だけ先の千切れたふんどし一丁で馬車乗せられるとか、人権問題だぞ」


「それは、確かに……後でちゃんと返還できるよう手配しておきます」


「頼んだぞ」


「…………あの、それだけですか?」


「それだけだ。他に質問はない」


「いや、いえ、後のこととか気にならないんですか?」


「気にならないよ。おやすみ」


「だって、あれだけの大事件ですよ?」


 ケイ、しつこい。


「あのな、じゃあ確認だが、あの後遅れて突入して来たのは正規の軍の人間だよな?」


「そうです」


「なんでも地上の方まであの魔力のナンタラが伝わっていて、それをなんとかするために突入して来た」


「そうです」


「で、一応なんとかなってたから、今は一安心で、だけども長続きしないからこれから対処して行く、と」


「そうです」


「あいつらはプロで、任せて問題ないんだろ?」


「ありません。現状で考えられる最高のチームでしょう」


「じゃあ安心だ。おやすみ」


「待ってくださいって、だからなんで一安心になれたのかは知りたくないんですか?」


「今言ったろが、最高のチームだとか」


「違います。もっと前です」


「そういや、守秘義務で今回のことは外では話せないとかサインしたよな、俺」


「馬車の中はまだ外じゃありません」


「じゃあアレか、スクイズプレーがなんちゃら?」


「なんで爆発しなかったのかです!」


 若干大きめのケイの声に、一瞬だが馬車の中が静まった。


 ……が、一瞬だった。


 まぁ、言いたいこともわかる。


「……あの骨面、ヨゾラのことだろ?」


 ピクリと、ケイが反応した風に見えた。


 そういや結局、助けられたのに礼を言いそびれたな。


「彼女は何者か、ご存知なのですか?」


 ケイは、随分と意地悪な質問をしてくる。


 だが重要な問題で、一人で抱えるには大き過ぎるのば、未熟な俺でもわかる。


 それに、この馬車の中なら他に聞かれる心配もないだろう。


 だから、応えてやる。


「あの骨面の父親がバーナムだろうってことが言いたいのか?」


 ……今度ははっきりと、ケイが息を飲むのが聞こえた。


「…………ご存知だったんですか?」


「あぁ、あのバーナムの紫のまつ毛を見れば、未熟な俺でもピンとくる。それにバニングさんがどこかで言ってたが、あのドミニオンとか言うのは、血縁者に継承されていくんだろ? だからあのよくわからんポエットな暗号が通じた。爆発止まった。みんな助かった。それでいいじゃねぇか」


「よくありません」


「おい」


「勘違いしないで下さい。彼女がどこで産まれ、親が誰であっても彼女は彼女です。ですが、権力者はそれを許してくれません」


「なんだ親が死んでると実験動物にされるってか?」


「もっと醜悪です。彼女は、元老院議員の隠し子ということになります。それも、確かバーナム自身は男爵の爵位を持っていて、遺産として受け取れるであろう財産、領地、権力は個人には大きいですが、権力者からは微々たるものです」


「なら」


「ですがその生い立ちは、醜聞です。ただでさえ元老院がやらかした不祥事、加えて権力闘争、そこに彼女の利用価値が発生してしまう」


「おいあいつは、いわば被害者だぞ」


「被害者だからです。被害者として、表に担ぎ出され、プロパガンダに利用される。あるいは血筋を理由に保護、からの政略結婚、それを恐れて元老院派からの攻撃もあるでしょう。その裏では、とても口に出せないようなことが起こるんです。そんな中に彼女を放り込めるんですか?」


「おい」


「私は、それを見てきました。参加することもありました。今回もこの仕事も、ある意味ではその一部です。その多くは、産まれや環境も有りますが、そうなるだろうと予測できた人達が巻き込まれます。そこで沈むのは、良いことではないにしろ、少なくとも準備する期間はありました。ですが彼女には、外の世界すら知らないんです。それでいいんですか?」


「……何が言いたいんだ?」


「彼女を、助けましょう」


「あ?」


「あなたの剣技、拝見しました。間近で見て、剣には素人の私にすらその腕が高レベルだとわかります。その腕と、私たちが合わされば必ずできるはずです」


「おいちょっと待て、話を進めるな。アレか? 私たちって、この二人だよな? そっちはまとまってるのか?」


「いえ。失礼ながら一番説得に時間のかかりそうなあなたが最初です。ですがお二人なら必ず賛同してくれるかと」


「あの、落ち着け。お前が言ってるのはその権力者に、すなわち国家権力の喧嘩売ろうって話だぞ? 頭冷やせ」


「冷静になんてなれません! そんな冷血動物みたいな!」


 …………ヒートアップしてたケイは、なんか急に黙りこんだ。


「……おい」


「すみません。私、今酷いことを」


 ……なんでか知らないがケイは、もう、泣きそうな声になっていた。何が酷いのかは知らないがこの感情の揺れ幅は、あれだ、眠いんだ。


「あのさ」


 もう寝ろよ、と言う前に、馬車の走る音が変わった。


 ずっと石畳の平らな上だったのが凸凹といった感じで、揺れもする。


 これは覚えてる。逆算すると集合場所から出てすぐの地点だったはずだ。


 ならば外はもう近いだろう。


 ……あ。


「なぁ、今何時だかわかるか?」


「……時間、ですか?」


「そうだ。せめて昼か夜かぐらいはわかんないか」


「それなら夜です。突入部隊が言ってましたから」


「じゃあ天気は? 晴れか?」


「それは、はい。暫く晴れです」


「なら、空は満月、夜空が見えるな」


「何を、おっしゃってるんですか?」



「うっわああああああああすっっげええええええええええええ!!」



 …………あれだけ見つかるのが面倒だからって、黙ってろって言ってあったのに、天井裏から声がダダ漏れだった。


「あの、今のって」


「あぁ、そうだよ」


「そんな、いつの間に」


「俺が赤い刀でもめてた隙に、だ。あいつの脚力ならひとっ飛びだったよ」


「知ってたんですか! まさかお二人も!」


「帰り道でな、バニングさんのアイディアだ。その後の逃走経路はダグの担当だな。お前に知らせなかったのは立場があるから、それといざという時の保険だったが、まさか一番過激だったとはな」



「カエルカエルカエル! すごいすごいすごい! 見て見て見て!」



 天井がバンバン叩かれる。


 まぁ、産まれて初めての星空に満月、静かに、と言う方が無理ってもんだろう。


「……呼んでますよ?」


「知らん。俺の名前はカエルじゃない。寝る。バレそうになって誤魔化すのは任せた」


 逆算すれば、これから寝られる時間はわずかだ。それでも寝れるうちは寝ておく。戦場で覚えた数少ない教訓の一つだった。


 瞼を閉じて意識を鎮める。


 ……………………………………あぁくそ! トイレ行きたくなってきやがった!


 しかも、今度はでかい方だった。

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