第8話

 後はまあまあ流されるままにお約束の展開で、陰りの見え隠れする彼に抱かれるに至り、朝を迎えた。

 知らない着信音が聞こえ、飛び起きたのは樹だった。裸でスマートフォンを握りしめ部屋の隅で取る。何を話しているかは分からなかったが、途切れ途切れに聞こえた声は、ひたすらに謝っていた。朝10時。普通の社会人ならば、出勤して仕事をしていなければならない時間だ。それは怒られるだろう。

 ひとまず床に散った彼の衣類を集めて並べておく。少しは着やすいだろうか。些かシュールではあるけれど、雑に放ってあるよりマシだろう。

 電話を切ってからドタバタと準備をする彼を尻目に、もう一度普通より大きめのベッドにダイブした。少しでも彼の気は晴れただろうか。そうだったらいいと、彼が部屋を出て行くまでぼんやりと寝転がっていた。

 連絡先はその日にいつの間にか交換されていたが、お互いにそれを使うことは無い。一度だけ家を教えるのに使ったくらいで、奴は来たい時に勝手に来るし、私は彼に用事がない。

 今日の夜のように予告してくるというのはなかなか珍しい。何かあるのかとも思ったが、ただの気まぐれだろうという考えに落ち着いた。

 何時に来るだろう。

 聞かなければならないことがある。

 忘れぬうちに聞いておかなくては。

 夕飯はどこかで食べてくるのだろうか。

 一応、何か作っておこうか。

 何が好きなのだろう。

 何も知らない。

 ぼんやりと考えて気がつくとキッチンで野菜を切っていた。

 どうしてか、ただ深夜に彼が来た時に言った「ご飯食べたい」という言葉だけが頭の中で反芻した。

 ひとまず人参とじゃがいもの皮を剥く。面取りをしたじゃがいもをボウルに入れた水にさらし、人参は小さめに乱切りに、玉ねぎはくし型に。豚肉を軽く炒める。鍋の中に調味料と水を目分量で入れ、切った野菜と炒めた肉を追加して火にかける。手順が違うのは分かっているけれど、この方が味が速く染みる。そう母が言っていた。

 ガスコンロの火でタバコに火をつけ、深く吸い込む。

 しらたきとさやいんげんを後で入れなければ。アルミホイルで落し蓋を作りながら、息を吐く。

 吐き出したのがため息なのか煙なのか分からないまま、肉じゃがだけが出来ていった。

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