第7話
まぁちゃんは、また来るね、と再びハートを飛ばしながら帰って行った。
居間に戻ると、先ほど言われた言葉がやけに頭に残っている事に気がついた。
『ここ3ヶ月くらい』、『昔と同じ顔』そして、『やよいちゃんにしては長く関わってる』
確かにその通りだと思う。大概3ヶ月も関わると嫌になる事が多かった私が、珍しくまだ嫌になっていない。何故だろう。彼―樹クンは見ていて飽きないのかも知れない。出会った時からそうだ。
3ヶ月前の夜。知り合いの勤めているバーで飲んでいた。ぼんやりと、ひとり。何も考えるでなく、ただ黙々と飲んでいたが、今のグラスを空けたら帰ろうと思っていた。しかし、モヒートを半分くらいまで飲んだところで、彼は店に入ってきた。
ジーンズにロングカーディガン、スニーカー。チャラくはないが若さは見える。そんな服装にリュックサック。ひとりで入ってきて、カウンターの、私と少し離れた所に座った。
バーテンダーと一言二言交わして注文を済ませると、こちらに気がついた。一瞬視線がすれ違っただけだったが。すると、彼は注文されたカクテルを出したバーテンダーに再び声をかけ、リュックサックから出した小さなメモ用紙に何やらペンを走らせたものを手渡した。
それからは暫く何も無かったが、モヒートが無くなりかけた頃、バーテンダーが違うグラスをメモを添えて私に出してきた。アラウンド・ザ・ワールドと、『ご一緒しても?』と書かれた小さなメモ。さっきのやり取りはこれだったのか。これはあとから聞いた話だが、彼はバーテンダーに「あの人の好きそうなものを1杯」と注文していたらしく、それまでミントの入ったものをしこたま飲んでいた私にまたミントの入ったアラウンド・ザ・ワールドが出されたらしい。
さて。「お好きにどうぞ」と
するとすぐに隣の席に人が座った。
「ありがとうございます」
そう笑って顔を覗き込んできた彼は、後に見慣れる爽やかな笑顔だった。その笑顔に、思うままを告げる。
「随分キザな事するのね」
「いや、一回やってみたくて」
「本当は何回目?」
「初めてですよ、本当に」
「ふぅん?」
「……良いですよ、言えば言うほど嘘くさくなるのでもう言いません」
「今ちょっと恥ずかしいでしょ」
「……別に?」
拗ねた調子で返す彼が面白くて小さく笑った。本当に初めてであることは、赤くなった耳が証明していた。やっぱり恥ずかしいんじゃない。そう思うと、尚更面白かった。
その後、ダラダラと飲み続けていると彼は徐々に酔っていき、目がとろんとし、呂律が甘くなり始めた。
「あんた、そろそろ帰んなよ」
「やら」
やだって、子供か。
「おねーしゃん、お名前は?」
「
「違う、下の名前」
「……やよい」
「やよいしゃん」
……しゃん。
結局、ギャグのような酔い方の彼をタクシーに押し込もうと決め、ふたり分の支払いを済ませた。彼も結構飲んでいたとはいえ、モヒートやらグラスホッパーやらをしこたま飲んでいた分、凄い額になっていて気をつけようと思った。
呂律が回らないくせに歩けはする彼を立たせ、一緒に外に出る。少し歩き始めると、腰に手を回してきた。酔っていてもそういうことだけは出来るのか、お前は。
「……ちょっと、あんた」
「樹、樹だよ、やよいさん」
「……名前呼ぶな」
「なんで?嫌い?」
「……自分が優しい人間みたいに聞こえる」
「優しいよ、やよいさんは。情けなく酔った男の面倒みるくらいには」
そんなの今だけだ、と言おうとして止めた。酔いが醒めてきた樹の自虐らしきを聞いて、何も言えなくなった。昼間に何かしらあったのだろう。わかるのはそれだけだが、深く踏み入る気は無い。
妙な間が生まれると、彼は眉を下げて笑った。
「どっか入ろうか」
と。
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