第6話
インターフォンが鳴った。
当然ながら、目を覚ますと折角の夢は消えていて、ドアの向こうにいるであろう誰かを少々憎く思った。
時計を見ると、午後3時。どのくらい寝ていたのかは分からないが、そんなに長くもないだろう。
とりあえず玄関に向かう。
「はーい」
「朱雀出版です」
低い男の声だった。どうやら出版社の担当者が来たらしい。締め切りはまだまだ先で、公的な用事もないはずだ。全く、またか。
ドアを開けると小さなケーキの箱を持った担当者がいた。
やっぱり。お茶しに来たんだこの人は。
理由は、知ってる。
「まぁちゃん、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「ん〜、あのね?中身フルーツタルトなんだけど、やよいちゃんはどっちがいいと思う?」
入ってきた時の低い声とは打って変わって、鼻にかかるやや高い声が返ってくる。
「こういうのはまぁちゃんの方が詳しいでしょ」
「えー?そうだなぁ……」
「……両方淹れるよ」
「ほんとー?ありがとっ」
お通しした居間のテーブルの前に座ってにっこりと笑った彼、いや、彼女の語尾にハートマークが見えた。そう、まぁちゃんは俗に言うオネェと言うやつで、時々息抜きをしに家へ来る。会社では隠しているらしく、息が詰まるのよ、と。
私が上京して、初めて会った日に「大丈夫、取って食いやしないから」と笑って言った後、周囲に聞こえぬよう耳元で言われた言葉は忘れない。
「私、オンナノコは食べられないのよ。安心して頼んなさい」
正直、あまりの豹変っぷりに都会怖ぇと思ったけれど、とても優しいこの人には本当にお世話になっている。何も知らない人脈もない餓鬼だった私に人付き合いとお酒と煙草を教えてくれたのは、まぁちゃんとそのお友達だった。
そして現在まで十数年、お世話になり続けている訳だが。今や彼女の相談に乗る方が割合として多くなってきた気がする。こうやって息抜きに来るのは昔からだが。
きらきらとコーティングされたフルーツを、負けないくらいのキラキラした目で見つめて飲み物を待つまぁちゃんは子供のようだ。
「んで、まだ来るの?あのオトコ」
コーヒーを注いでいると不意に話が振られた。
「え?あぁ、今日も夜中に来て朝まで家に居たよ」
「やっぱり相当気に入られてるみたいね」
ふふ、と笑う彼女にコーヒーと紅茶を出し、座る。昔買ったお盆が久しぶりに活躍した気がする。
「いっただっきまーす」
「いただきます」
ふたりで合掌したまま挨拶してから食べる。これも昔から変わらない。甘いものを食べている時の幸せそうな彼女が一番可愛らしいと思う。
「……好きなのかしらね、やよいちゃんのこと」
「さぁね、聞いたことないよ」
「何かしらの理由で言えない、もしくは恥ずかしい、とか?」
「理由って何さ。私にはわかんないよ、ヤることやっといて恥ずかしいとかさ」
「ヤダ、そういうこと言わないの」
「はーい」
まぁちゃんとは恋愛の話をよくする。もちろんそれ以外もするけれど、結局好きな男のタイプのとか、この間会った男の話とかになる。
「付き合ってって言われたらどうするの?」
「どーだろ」
性格上、特定の誰かと付き合うなんて暫くしていない。
「付き合えばいいのに、もう3ヶ月でしょ?やよいちゃんにしては長く関わってる方じゃない」
「一番付き合い長い人に言われてもね」
最早家族の域に達した彼女は一瞬目をパチクリさせてから
「あら、ほんと」
と笑ってケーキを食べた。
「ん〜、んふふ」
心の底から幸せそうに食べる彼女の姿が、いつもながら微笑ましい。それを見ながら一緒に食べるケーキは、とても美味しい。
「……なんか」
「ん?」
「最近たまーにだけど、昔と同じ顔するわね」
「どういう顔?」
「なんか、幸せに耐えられない顔」
「ふぅん」
ずっと私のことを知ってるだけに、何も言えない。
「ここ3ヶ月くらいじゃない?暫くしてなかったのに」
「今、してた?」
「さっきしてた」
「……そっか」
さっきというのがいつなのか気になったけれど、まぁちゃんはそれ以上その話に触れなかった。
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