第4話 ハムっす。ハムいっす。(寒)

 全身びしょ濡れでもう、何もかも頭にきた俺は心に決めていた。

 次の注文で終わりだ。これ以上ふざけたまねをしやがったらただじゃ置かねえ。この店、ぶっ壊してやる。


 カウンターの蛇口を止めると、メニューを開いた。

 つい、と頭の上から濡れた髪を伝ってきたものがいる。ヨウムだった。

「てめえ、いつの間に」

「注文は何あるかね?」

 てめーも焼き鳥決定な、不敵な笑みを口元に浮かべ、努めて優しい声を出す。

「生ビールとハムサラダ」


 びしょ濡れの親父が、鯉が泳ぐ桶に餌をやりながら、「お目が高い!」と絡んで来る。だいぶ酔っぱらってるようだ。

「うるせーぞ親父、俺のピッチャーから飲むんじゃねえよ」

「兄ちゃん、世の中は助け愛なんだよ、愛だよ愛」

 完全に無視することに決める。


 先にきたビールを、髪から落ちる雫と共にぐいぐい飲んだ。なんとなく、愉快な気分になってる気がする。

 その時、ドオーンと目の前にでかいサラダボールが置かれ、俺は絶句した。


「なあ親父、これはなんだ?」

「なんだって、兄ちゃんが頼んだハムサラダだろう。看板に偽りなし!」


 レタス、トマト、キュウリ、セロリ、ニンジン、パプリカ、スプラウト、オクラ、カボチャにジャガイモ、豊富な野菜の間を、小さな生き物、ハムスターが駆け回っていた。

 確かに、新鮮だよ親父。俺はしごく真面目な気持ちで天を仰いだ。


 く……。

 急に可笑しくなった俺は腹を抱えて笑い出す。ついてねえと思った気持ちは、いつの間にかきれいさっぱり消えていた。

「おい、お勘定」

「何も食ってねーからなオマエハヨ、ゼロ円でゴザイマス」

 顔を上げると、偉そうにふんぞり返ってたヨウムがいた。楊枝をくわえて、チキチキといい音を鳴らしている。


 びしゃびしゃの床を通りドアに手を掛ける。

 後ろから、親父の声が飛んできた。

「またシチュー食いに来いよな」

「食えねーだろーが」


 振り返ると、ピッチャーを抱えたまま狸寝入りをする親父の、白すぎるランニングが眩しく見えた。


 商店街裏通り、鮮度抜群の小料理屋。

 なあ、良かったらお前も行ってみないか?だけどな、もし行くんなら、なんか食ってから行った方がいいぞ。




 

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