第9話 決意と準備

今日は土曜日、来週から中間試験が始まる。仕方がないから俺は大人しく家で勉強……。しようと思ってたんだけど、できる筈がない。

今俺は、刀耶の家に向かっている。何故なら昨日、刀耶が学校を休んだから、プリントを届けて欲しいと輝ちゃんに頼まれたからだ。

俺は正直、助かったと思っていた。もしかしてだけど、昨日刀耶が普通に学校に来てたら、病院の事で話しかけられないまま1日を過ごして、その後もずっと話せないと思ったからだ。

刀耶が学校に来なかった理由は、当然おじさんの事だ。教室で電話が掛かってきた時、凄いびっくりした。刀耶が走り出したのを見て、俺もたぶん刀耶と同じ気持ちになって病院に走った。俺にとってもおじさんは、小さい頃から知ってる大切な人だから。

でも、いつも俺の後ろでニコニコしてた刀耶が、あんなに怒るなんて……。俺はとても反省した。

おじさんが病気になった時、俺は当然心配した。一緒に病院も行ったし、何か出来ることはないかって聞いたこともあった。でも、その度に刀耶は「ありがとう、でももう大丈夫だよ」なんて言ってくれた。だからと言ってはなんだけど、いつの間にか普段と同じように刀耶と話していた。テスト前の勉強も見てもらったし、冬休みの宿題も一緒にしてもらった。朝寝坊して、刀耶一人で学校に行ってもらってたし。

刀耶はあんなに大変だったのに、俺は何も変わっていなかったんだと思い知らされた。

だから、今日は改めて刀耶に会って、力になりたいって伝えようと思ってる。追い返されても何度だって来てやろうとも思ってる。それが友達として、幼なじみとして俺が今度こそしてあげたい事だった。

そうして、ゆっくりだけど確実に、言いたいことを考えながら、刀耶の家の前までやって来た。

刀耶の家は、俺の家の近くのある代々続く剣術道場だ。大きな門の向こうには大きな道場があって、昔はそこに住んでたらしいんだけど、今は洋風の家を建ててそこに住んでる。

ふと玄関を見ると、見慣れた女子が落ち着かない様子で家の前を行ったり来たりしていた。

「……何してんだよ真菜」

「きゃぁっ!!び、びっくりしたぁ……。な、なんだ、烈じゃない。どうしたの?」

それはこっちのセリフだ。

「輝ちゃんから昨日のプリント届けるように言われたんだよ」

「ふーん。……じ、じゃあ、私が渡してあげる。貸して」

「何でだよ……。俺は刀耶とも話がしたいんだよ」

「私だって刀耶君と話したいし……」

「じゃあ、なんでインターホン鳴らさないんだよ?」

「だって……」

こいつの気持ちは前から気付いてた。刀耶は気付いてないみたいだけどな。

「じゃあ俺が押す」

「えっ!?」

ピンポーン……。

何故か俺の後ろに隠れた真菜は放っておいて、俺はちゃんと言いたいことを確認して、例え刀耶が出てきてもいいように準備をしていた。

ガチャ……。

「はいはい、何ですかな?」

出てきたのは刀耶のじいちゃんであり、俺の師匠の蒼井源四郎さんだった。

「師匠、こんにちは」

「おぉ、烈じゃないか。どうだ、剣は活かせているか?」

俺が剣道を始めたのは、小さい頃に刀耶がやっていたのを見たからだった。男だったら剣が好きだし、刀耶がやってるのを見て、格好いいなと思ったから始めた。

でも、最初は練習がキツいし、上手く振れないしで面白くないなと感じた事もあった。そんな時に師匠は、いつもの練習が、俺の言う格好いいに繋がるってことを教えてくれて、それで俺は続けることができたんだ。

師匠の見た目が仙人みたいってことも俺がその言葉を信じられた理由かもしれない。

「はい、精進してます!」

「そうか。そして後ろは?あぁ立花さんところのお嬢さんか」

「こんにちは……」

恥ずかしそうにしている真菜は、いつもと違って調子が狂う。

「師匠、刀耶いますか?」

すると師匠は、少しだけ真剣な顔をした。

「烈、刀耶と会う前に、少し話してくれんか?」

俺と真菜は師匠と一緒に道場に入り、板間に座った。最近は学校ばかりで来れてなかったから、またここで練習したい気持ちになる。

「刀耶を許してやってくれんか?」

正面に座った師匠は俺の目を見て言った。

「静子さんから聞いた。儂も刀耶の気持ちに気づいてやれなかったのも悪いんじゃ。すまなかった」

「師匠、俺も悪いんです。刀耶が大変な時に何もやってやれなくて……。刀耶に言われて当然です。今日は、仲直りしたくて来ました」

「……ありがとう。儂が誠一の代わりになれればいいんじゃが……」

「師匠、そんな事言っちゃ駄目です!おじさんは絶対に治ります!」

師匠の目が少し潤んでいるのが見えた。

「刀耶は病院から帰ってきて、少し調子が悪そうだったんじゃ。だから昨日は学校を休ませた。しかし、昨日の昼ぐらいからいつも通りになって……なんだか心配になってな」

「わかりました。俺、話してみます」

よし、と師匠が立ち上がると、俺の肩に手を置いてじっと目を見てきた。師匠が人のやる気を見るときにやることだ。

「たのむぞ」

「はい!」

肩から手を離した師匠は、今度は笑顔で真菜に話しかけた。

「立花さんところのお嬢さんも心配して来てくれたのかな?」

「は、はい!」

「ありがとう。それで、いつ刀耶の嫁に来てくれるのかの?」

真菜の顔が真っ赤になった。

「えっ……。えぇ!?」

「おっと、すまんすまん。まずは付き合う所からだったか?」

「は、はぇ……。し、失礼します!」

そういうと、真菜は一目散に道場を出ていってしまった。

「はっはっは!刀耶にこんなにも思ってくれる者がいて、儂は幸せじゃ。烈、じじいに言っとけ、お前の孫は最高じゃと!」

「師匠、真菜の気持ち知ってたんですか?」

「小さい頃からそうだと思っとったわ!何故刀耶が気付かんのかわからん!」

たぶんそれは、おじさんの事が解決したらわかることなんだろうと俺は思った。

「烈、刀耶は自分の部屋じゃ。儂は、ちと剣を振ってく」

「わかりました」

俺は家の方に入り、2階に上がった。刀耶の部屋は小さい頃から来てたからすぐわかる。そして、刀耶に言いたいことを頭の中で整理して、ドアをノックした。

トントン……。

「はい」

元気はありそうでよかった。

「……刀耶?」

「烈?どうしたの?」

「入っていいか?」

「いいよ」

思ったよりあっさりしていた。

けど、これに甘えちゃ駄目だ。ちゃんと力になりたいって言わなきゃいけない。

そう、自分に言い聞かせてドアを開けた。

開けた瞬間、何だか甘い匂いがした。ここまで緊張していた体の力が少し抜けるような。頭がスッキリするような匂いだった。

「いらっしゃい」

刀耶は机で勉強をしていた。

「……昨日のプリント、届けにきたんだ」

「あ、ありがとう」

「それで刀耶、一昨日の事なんだけど……」

「ん?一昨日……。何かあったっけ?」

刀耶は机に向かったままこちらを見てくれなかった。まだ、怒っているみたいだ。

「病院でのこと、謝りたいんだ……!」

「病院?一昨日は、行ったっけ?ごめん烈。来週のテスト勉強してるんだ。それとも、一緒に勉強する?」

やっとこちらを見た刀耶の顔を見て、びっくりした。とても疲れているように見えたからだ。寝てないみたいに、目だけが開いてる。それに、とぼけているにしても様子が少しおかしい。

「刀耶、どうしたんだ?」

「何が?あの時の事なんて覚えてないよ?ん?あの時ってどの時だっけ?病院?あ、そうだ、謝らないと……。何にだっけ?」

刀耶と同じように、俺が言いたいことが頭から抜けていく感じがした。あれ、刀耶に何を言いに来たんだろう?頭がぼぉっとしていく。

「烈っ!!部屋から出るんだ!」

突然のガイアの声に、ハッとした俺はすぐに部屋を出た。

「大丈夫か烈!」

「どうしたんだよガイア……」

朝、急に起きたときみたいに頭がガンガン痛かった。

「この部屋の空気を吸うんじゃない!」

「烈、どうしたの?ごめん、僕最近おかしくて……。でもこれ見てよ。この匂いを嗅いでると、頭がスッキリして気が楽になるんだ……」

刀耶の手には、紫色の液体が入った小さな小瓶が握られていた。

「あれか……。烈、あれを捨てて、部屋の換気をするんだ!」

「あれは、何なんだよ……」

「後で説明する。とにかく早く!!部屋の空気を吸うんじゃないぞ」

俺は言われた通りに息を止めたまま、刀耶の持っていた小瓶を奪いとった。

「何するの!?やめてよ!!」

刀耶の力がいつもより強く感じた。俺なんか見てなくて、ずっと小瓶ばかり見る目が、すごく不気味に感じた。

そして窓を開け、小瓶を放り投げた。2階から落ちた小瓶は、当然割れて中の液体が地面に染みていく。

「あぁ!!!なにやってるんだよ烈!!!あれがないと、あれがないと僕は、落ち着けないんだ……!!」

窓の外を見つめていた刀耶は、その場に座り込んで部屋の床を叩いた。その間に俺は、残りの窓を開けていく。爽やかな風が部屋の中に入ってきて、甘い匂いもだいぶ薄くなった。

「刀耶」

「……何で来たの?」

「謝りたくてきたんだ」

「何で、僕が謝らないといけないのに……」

「刀耶が大変なのに、俺は何も変われなかったから」

「……本当だよ。でも、それでよかった。いつも通りの烈だから、学校であんまりお父さんのこと考えないでよかったから」

「本当にごめん。でも今度は違う。刀耶の力になりたいんだ。一緒におじさんが治るのを待とう!」

俯いたままの刀耶は顔を上げた。

「……烈は、お父さんが治ると思ってるの?」

「俺は信じてる!」

「……僕も信じたいんだ。でもね、駄目なんだ……」

刀耶の顔が悲しみに歪んでいく。

「あぁ……駄目だ。嫌だ。考えたくないのに最悪な事しか考えられない!怖い……!!」

「大丈夫だ刀耶。みんないる!」

「烈、僕を一人にして。イライラして何をするかわからない……」

ドアの裏側。刀耶が指差した場所には、中身の出たクッションが放り投げられていた。

「どうしたんだ刀耶。お前らしくないぞ!俺が知ってる刀耶は、もっと強くて優しい奴だ!弱い刀耶なんか追い出しちまえ!!」

「一人にしてって言ってるだろ!!!」

聞いたことのない言葉が、しゃがんでいた俺の上から降ってきた。刀耶は拳を振りかざしたまま、俺を見下ろしていた。

でも、俺だって刀耶を見た。刀耶は絶体にそんなことしないと信じてるから。

「駄目だ……」

刀耶が小さく言った。

「烈を殴っちゃいけない」

刀耶の胸の辺りががほんのり光りだしたのが見えた。

ジャマナヤツハ、ナグッチマエ……。

すると、それに対抗するように、刀耶の背中から黒いモヤが顔を出した。

「邪魔じゃない。僕を支えようとしているんだ」

ソンナコト、アルハズナイ。マタ、スグワスレル。

「烈は約束は守る。今までそうだったように」

コンナニ、ヨワクナッタ、オマエヲカ?

「……弱い?」

その瞬間、俺は刀耶の肩に手を置いてじっと目を見た。さっき師匠がやってくれたことと同じ事だ。

俺も最近気付いたんだけど、これをしてもらうときっていうのは、自分にほんの少しだけ自信が無いときだったなって思い出したんだ。練習をしっかりやった後の試合の時には、師匠はいつもやってくれてたし……。たぶん師匠は、目を見ることで俺に自信を分けてくれてたんだと思う。しっかり練習したんだからお前ならできるって、心に言ってくれてたんだと思う。

だから俺も、刀耶に同じことをした。刀耶は強いから。もう少しで乗り越えられると思ったから。俺がさっき師匠にもらったのと合わせて、刀耶に自信を分けた。

「……僕は、僕は弱くない!みんなが支えてくれるから!」

刀耶の胸の光が一気に大きくなった。部屋中を照らした光は、背中の黒いモヤを吹き飛ばしていく。

グワァアアアアアア!!

黒いモヤを吹き飛ばした刀耶は、力を使いきったように倒れていった。しかしそれを緑色の光がクッションのように受け止めたかと思ったら、だんだん硬い結晶になって、刀耶の体を包んていった。

その後は、光に驚いた師匠が飛んで入ってきて、それからすぐに、ガイアが呼んでくれたアースベースのみんなが来てくれた。

「兄ちゃん、刀耶は大丈夫だよな?」

「あぁ。刀耶は強い男だ。心配ない」

刀耶はアースベースに連れていくことになった。他にも悪いところがないか検査したり、緑の結晶の正体を調べるためだ。一応お医者さんも来てくれて、結晶の上から刀耶を見てくれたんだけど、体は大丈夫らしい。

「私も向こうで結晶の正体を調べてみる」

「ありがとうガイア」

「何かわかったら連絡する」

俺の肩に乗っていたガイアは、俺の手に飛び移ると、スマホになってしまった。

「じゃ、俺も行く。心配すんな。テスト、頑張れよ」

「ありがとう兄ちゃん」

おう。と兄ちゃん達も帰っていった。

さて、俺はどうしようかと思っていると、道場の方から竹刀の音が聞こえた。そういえば兄ちゃん達と一緒に、学園長先生も一緒に来ていたんだった。

バシッバシッと凄まじい打ち込みの音が聞こえる。一方的な攻めだ。

道場に入ると、師匠と学園長先生が防具も着けずに試合をしていた。

さっき聞こえた一方的な攻めは、やっぱり師匠だった。師匠の目は今まで見たことがないほど真剣で、少し恐いと思うほどだった。でも学園長先生も、師匠の攻めに必死に耐えている。

道場の外からじっと見ていた俺だが、ふと、師匠と目があった。師匠はいつも言ってた。試合の最中に周りが気になるのは、まだまだな証拠だって。相手に隙を見せることになるから集中するんだって。

当然、学園長先生はその隙を突いた。

だけど次の瞬間、学園長先生のほうが尻餅をついていたんだ。全然見えなかった。

「やはり強いな源四郎……」

「お前がまだまだなだけじゃ」

そういえば前に、学園長先生が剣道で勝てない人が二人いるって言ってたのを思い出した。

一人は師匠の事だったのか。

「皇一郎。孫は大丈夫なんじゃろうな?」

少し怒っているように聞こえた。

「もちろんだ。アースベースで責任をもって治す」

「……儂は龍三ほど、優しくないぞ?」

「わかっている」

なんでじいちゃんの名前が出たのかはわからなかったけど、その後学園長先生は帰っていって、俺も家に帰って来週のテストに向けて、刀耶に教えてもらった事を思い出しながら勉強した。


ーーーーーーーーーーー


暗い路地の先。この世界で私が落ち着ける場所。今日もここで1人、煙草をふかしている。

ここに座っていると、建物の隙間から青い空が見える。

以前の世界とはまったく逆の世界。灰色の空、ドロドロの海、枯れ果てた大地。人の欲望が作った国に、自分1人だけが助かろうとする民衆が暮らす。その中で落ちぶれたものは、遠い世界に思いを馳せ、現実を受け入れなくなる。生きながらにして死んでいる人間が、あの時の世界に何人いただろうか?

それなのに、この街はどうだ?数日過ごしただけで感じたこの雰囲気。薬が切れる直前の数分だけ感じることができるこの雰囲気が、私を薬とは違う世界へ誘った。

これが、平和というやつなのだろうか?

「……」

時間切れのようです。

私は、ポケットに入っていた薬を飲み干した。もう在庫が少ないですけど、間に合う筈です。頭がフル回転する感覚が、段々とこの平和ボケした世界を憎んでいく。

そういえば、ぶつかってきた少年にも薬を渡したはずですけど、来ていませんね?もう薬が無くなってもいい頃なんですけど……。まぁ、他にも実験台がいるからいいんですけどね。さっきも一人、虚ろな目をして薬をくれと泣きついてきましたからね。

さぁ、リガース様の為に以前の地球を取り戻しましょう!ここまでは計画通り。問題なし。機械人形、精々一時の勝利に浮かれていなさい。私の計画が理解できたときが、あなたの最後です。そしてリガース様、あなたの隣に相応しいのは、アダムではなく、私だということに気付いてください!


ーーーーーーー



僕が目覚めると、そこは真っ白な部屋だった。天井、壁、間仕切り用のカーテン、ベッド。横にあった点滴台を見て、ここが病室なんだとわかった。

僕はどうしたんだろう?病院で烈を傷つけるような事を言った後から記憶が曖昧だ。でも家にいるときに、烈が肩を叩いてくれた事は覚えている。今は身体中がだるくて、動きたくない気分だ。

「やめた方がいいと思いますよ」

「大丈夫大丈夫。まだ起きてないって!」

ドアが開いて、カーテンの向こうで声が2つ聞こえた。首だけ向くと、僕と同じくらいの大きさの影が1つ。声も同じ歳くらい。1人は少し年下かもしれない。

「烈君の友達なんでしょ?顔ぐらい見ておかないと!」

「やはり、やめた方がいいと思いますけど……」

突然開かれたカーテンに驚く間もなく、僕は声の持ち主と対面した。

「あ……」

そこにいたのは、青色のロボットだった。肩には青色の鳥のロボットが乗っている。

「こ、こんにちは……」

「こ、こんにちわー……」

お互いに挨拶をしてしまったが、続ける言葉が見つからなかった。

「見つかってしまいましたね」

もう1人の声は、鳥のロボットから聞こえてくるみたいだった。

「どうしよう……?」

「私は先生を呼んできます。それまで何か覚えてないか話していてください」

「そんなぁ……」

「あなたが覗いたのが悪いんですよ」

「はぁーい……」

鳥のロボットが飛んでいくと、青色のロボットはベッドの近くにあった椅子に座った。

「えっと……。僕の名前はヘルメス」

「蒼井刀耶です」

「体は大丈夫?」

「あ、はい。少しだるさはあるんですけど」

青色のロボットは、僕の手を取ると、手首に自分の指を当てた。

「脈拍体温正常。顔色問題なし……」

指の冷たさが、ヘルメスさんがロボットだということを感じさせてくれた。

でも、それよりも眉間にシワを寄せた顔や、じっと僕の顔を覗きこむ姿がとても大袈裟で、まるで子供の時の遊びみたいで、僕は思わず笑ってしまった。

「えっ、何か可笑しかった?」

「ご、ごめんなさい」

顔を見て笑ったなんて言ったら怒ってしまうかもしれない。怒る?怒った顔はどんな風にするんだろう?

「何が可笑しいのさ~」

また僕は笑ってしまっていたらしい。ヘルメスさんは不気味に笑いながら、指をクネクネと動かし始めた。

「そんなに笑いたいなら、おもいっきり笑えーーー!!」

くすぐり攻撃に、僕は久しぶりに大笑いをした。体のだるさなんて吹き飛んでしまうくらい。

ひとしきり笑い転げたところで、ヘルメスさんは手を止めた。

「……スッキリした?」

「はい……」

「よかった。烈君の友達って聞いてたけど、優しそうで安心したよ」

「烈を知ってるんですか?」

「最近友達になったんだー」

そんなこと話してなかったと思ったけど、もしかしたら自分が聞いていなかっただけなのかもしれないと思った。

「と、言うことで。君と僕とは今日から友達だ!」

「えっ?」

「なんだよ~。友達の友達は、友達じゃないのかよ~?」

「わ、わかりました」

「だから敬語もなし!名前も呼び捨て!はい握手!」

流されるまま、僕は握手をしていた。手を離すと、手にまだ感覚が残っている。見ると、飴のようなものがあった。

「あげる。食べていいよ?」

美味しそうだったので、言われるまま食べようとした。でもその時、頭に嫌な記憶が甦った。

僕がもらった薬。あの時、押し付けられてはなかったけど、知らない男の人からもらってしまったもので僕は体調を崩してしまったんだ。

それを思い出してしまって、恐くなって口に運ぼうとしていた手が止まった。そしてゆっくりベッドの上に手を置いた。

「よし!合格!」

それを見て、ヘルメスさんは僕の手から飴を取り上げた。

「話は全部聞いてるよ。危ないものを貰っちゃったね。でも、これで知らない人から物をもらっちゃいけないってことがわかったでしょ?」

「でもヘルメス、さんは……」

「友達でも、刀耶はまだ僕の事を何も知らない。僕も知らない。今友達になったんだから、まだまだ僕らは知らない人なんだよ?」

「ごめんなさい……」

「何で謝るの?みんな初めはそうでしょ?じゃあ、聞きます。刀耶は僕と仲良くなって友達になりたいですか?」

そんな質問初めてされた。普通は出会った人たちとたくさん話して、仲良くなって……。ヘルメスさんとも仲良くなれるはず……。あれ?

「どうしたの?」

「友達って改めて考えると、わからなくて……」

「いいところに気が付いたね。仲良くなると友達になるのかってね。じゃあ逆に、友達になると仲良くなるのかな?じゃあ、烈君は刀耶にとってどっち?」

「烈は……」

そういえばおじいちゃんが知り合いってこともあって、小さい頃から一緒にいたな。でも最初は知らなかった筈だから。

「仲良くなって友達……」

「じゃあ友達になったら、それ以上仲良くならなかった?」

そんなことはない。それ以上に烈の事がわかって、何をしたら喜ぶかとか、何をしたら怒るかっていうのがわかるようになった。

「仲良くなるときにもその人を思って、友達になってもその人を思う。つまりどういう事かわかる?」

ヘルメスさんは僕の顔をじっと見つめてきたけど、僕にはわからなかった。

「その人を信頼していくって事なんだよ」

ヘルメスさんは僕の手を握ってくれた。

「信頼?」

「そう。信じて頼れるからその人と友達でいられるんだ。君に薬を渡した奴とは違って、烈君は君と信頼関係が結ばれてる」

「でもあの時、僕は烈に嫌なことを言ってしまったんだ……」

「それも聞いた。でも、だからと言ってそう簡単に信頼関係は壊れないよ。喧嘩したら謝ればいい。喧嘩したことない訳じゃないでしょ?それで今までやってきたんだから大丈夫。また友達に戻れるよ」

僕の目から涙が流れていた。烈に謝りたい気持ちがどんどん強くなって少し泣いてしまった。それをヘルメスさんは手を握ったまま待ってくれていた。

「じゃあ烈君が来たら謝ろう。今日も来るって言ってたよ?」

「今日も?」

「刀耶が運ばれて今日で4日目だけど、烈君は毎日来てたよ?昨日から学校が始まったから、たぶん夕方には来るよ。テストが始まったらしいね」

そっか、僕はそんなに寝てしまっていたんだ。お母さんにも、お父さんにも、おじいちゃんにも、そして烈にも心配かけちゃってたんだな。

「ちゃんと勉強したのかな?」

「何?烈君勉強できない感じなの?」

「いつも、テスト前になると泣きついてくるんです」

「そっか、いいこと聞いたな。テストが終わったらからかってやろう!」

僕達は一緒になって笑った。ヘルメスさんは話してて、とても楽しくなる人だ。何も考えていないようで、すごくしっかりしてる。僕もこんな風になりたいと思った。

ウゥーーーーーーー!!!

そんな僕らの笑いを掻き消すように大きな音が鳴った。音が鳴ってすぐに、さっき出ていった青い鳥も帰ってきた。

「ヘルメス、町にまた植物が現れたそうです!」

「わかった!それより、先生は呼んだの?」

「あれ、そんなこと言いましたかね?」

「盗み聞きはいけないんだぁ。まぁいいけどね」

部屋から出ていこうとするヘルメスさんに、僕は勇気を出して話しかけてみた。

「ヘルメスさん!」

「なに?」

「僕、ヘルメスさんと友達になりたいです」

「いいよー!」

すぐに返ってきた答えに、僕はとても嬉しくなった。

「じゃあ早速、信頼関係を深めてみる?」

そこから僕は、病室を抜け出し誰にも気付かれないようにヘルメスさんについていって、生まれて初めて飛行機に乗って、空を飛んだ。



ーーーーーーーーーー



『ヘルメス、今すぐ戻るんだ!』

「大丈夫大丈夫!僕の機体はそんなにヤワじゃないよ!」

『違う!刀耶君の方だ!』

飛行機の前の席で、ヘルメスさんが誰かと話している。僕は初めて乗った飛行機にドキドキしながらも、外の景色を眺めていた。下の建物が早く流れるのに、広くて青い空が動かないのが、少し不思議に思って、でもそれが当たり前だなと思ったら楽しくなっていた。

「お客様、初フライトの感想はどうですか?」

「少し怖いけど、外の景色がすごい綺麗です」

「それはよかった!」

すると、今度は聞き馴染んだ声が聞こえてきた。

『刀耶、何してるんだよ?!』

「烈……」

『危ないぞ!早く帰ってこい!』

「烈……帰ったら、病院での事謝りたいんだ!」

『そんなのどうでもいいから!』

「もう遅いもんねー!烈君、刀耶は頂いた!」

『ふざけてる場合か!いいか刀耶、俺達もすぐ行くから、そこで……!』

「はい、通信終了ー。見えてきたよ刀耶」

ヘルメスさんが指差した方向には、大きな“じょうろ”みたいな植物が、周りの建物に液体をかけていた。液体をかけられた建物は、蒸気を上げて溶けていっている。

「酸、かな?」

「だろうね。当たったら溶けちゃうかも。でもっ!」

ヘルメスさんは離れるどころか、高度を下げて、どんどん近付いていく。

「ちょっと動くよ。チェーーンジ!!」

窓が何かに覆われて、目の前が真っ暗になった。そのお陰で、飛行機自体が動いている感覚が直に伝わってきた。

「お手元のヘッドセットを装着してください」

ヘルメスさんの声が今度は外から聞こえた。手元が光って、そこにはヘッドホンが付いたゴーグルが置いてあった。

僕がそれを着けると、世界が一瞬で明るくなった。外の世界が一望できる。首を振ると、横も後ろ下も上も自由に見ることができる。まるで自分が宙に浮いているような感覚になった。

「どうだい?」

「すごい……。すごいしか言えない!」

「これで元気になったね!」

「もしかして、これを見せるために?」

「ついでにあいつを倒したいんだけどいい?」

「もちろん!ヘルメス、ありがとう」

「お、いいね刀耶。じゃあすぐに終わらせるよー!!」

僕は鳥になって、植物の周りを飛びまわった。じょうろの勢いは公園にある噴水くらい。自分を守るように撒き続ける酸は、周りの建物を溶かし尽くしてなお、出続けている。

「どうするのヘルメス?」

「とりあえずあの酸を止めたいなー」

「噴水みたいに元栓があれば止められるのに……」

「なるほど……」

するとヘルメスは、もう一度植物の周りを周り始めた。

「お、あった!刀耶グッジョブ!」

そこには地面からポンプのように何かを吸い上げている蔦が伸びていた。

「あれを切ればいいんだね」

「そうだね。ヘルメスアーチェリー!!」

ヘルメスの声に、何処からか弓が飛んできて、腕に装着された。

「刀耶、スポーツは?」

「家が剣術道場やってる」

「わぉ!!この弓はあんまり威力がないから、蔦を切るのがやっとだと思う。だから刀耶は目で狙いを定めて。僕は目線に合わせて撃つから」

「わかった!」

すると、植物がゆっくりと動き始め、じょうろの先端を僕達の方に向けたのだが、そのせいで狙う蔦が見えなくなってしまった。

「感付かれたみたい……」

周りに撒いていた酸はいつの間にか止まっていて、代わりに僕達の方に大粒の酸の弾を撃ってきた。

「危なっ!!」

ゲームじゃないけど、体が勝手に動いてしまう。実際動いているのはヘルメスなんだけどね。

「ヘルメス、蔦が見えない!」

「了解!」

ヘルメスは植物の周りをぐるぐる回った。しかし、蔦が見えるのは一瞬。植物の動きが思った以上に早かった。

「これじゃ、弓も引けないよ……!」

そこで僕は、見えなくなる蔦の根本が、上に比べて少し遅く回転しているのを発見した。

「そうか。ヘルメス、もっと速く回れる?」

「いいけど、なんで?」

「蔦の根本は上に比べて少しゆっくり回ってる。だから茎を本体にぐるぐる巻き付けて!」

「いいねー、乗った!」

酸を弾を避けたと同時に、ヘルメスは今度はもっと速く植物の周りを回った。こっちの目も回りそうなくらい早かったけど、植物の蔦が、本体に何重も巻き付いていくのが見えた。

「ヘルメス、今だ!!」

僕は蔦の上の方、絡まりが直りきっていない箇所にじっと狙いを定めた。

「いい狙いだよ刀耶!!いっけぇーー!!」

急ブレーキをかけたヘルメスが弓を引き絞ると、矢を放った。真っ直ぐに飛んでいった矢は、巻き付いた蔦を擦るように通りすぎた。

ブシャァーーーーー!!!

絡まっていたせいでパンパンに膨れていた蔦は、傷が付いた所から一気に破れ、ホースのように酸を撒き散らして地面に落ちた。

「「やった!!!」」

たぶん横にヘルメスがいたら、ハイタッチで喜んだと思う。

そこに、一台の車が現れ、変形して緑のロボットになったと思ったら、地面が割れて、そこから剣が飛び出してきた。

「あれが僕の兄さん。あれに烈君も乗ってる」

「「ガイア、スラァアアッシュ!!」」

高く飛んだロボットは、植物の体を真上から真っ二つにしてしまった。

「ふー。一件落着だね」

「ありがとうヘルメス。なんかスッキリした」

「いいよー。それでね刀耶、提案なんだけど……」

「何?」

「これからも僕に乗って、あんな敵を一緒に倒して欲しいんだけど、いい?」

僕の答えは、もちろん……!!

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