第10話 強くなる意味

今日は金曜日。今日で烈はテストが終わるらしく、とても嬉しそうだった。しかも刀耶君が教えてくれた場所が全部出たらしく、いい点が期待できるらしい。後でアースベースにも来ると言っていた。

刀耶君といえば、ヘルメスとともに戦った後も、念のために居てもらっている。ヘルメスが言うには大丈夫らしいのだが。

そして私は、アースベースの会議室で獅子神長官、アース、青山さん、健太郎さんを含む皆さんとともに集まっていた。

4月に動き出したロストアイランドについての報告会がメインだったのだが、何せ色々な事がありすぎて情報が追い付けていない。担当科が持ち寄った資料を集めると、百科辞典より厚くなるほどだ。

それを迅速かつ真剣に減らしていき、やっとあと2つになった。

「蒼井刀耶君が持っていた液体の検査結果が出ました。ヘルメスさんが言っていた名前を元に、アースのデータベースを探した結果、前世の地球に蔓延した薬物であることが判明しました」

化学班の女性が、手元の資料を見ながら説明してくれている。刀耶君の部屋に充満していた匂いは、前世の地球で「悪魔の誘惑」と呼ばれた代物だった。甘い匂いで脳を一瞬で刺激し、気持ちが高揚する。もともとは麻酔やリラクゼーションに開発されたものだが、高い依存性と、効果が切れたときの副作用が強烈という理由で使用が禁止された。

「刀耶君の場合、匂いだけでよかったと言えるでしょう。私が聞いた話では、末期の患者は体内に取り込もうとするそうで、もし飲んでしまえば取り返しのつかないことになっていたでしょう」

「それに関連して、最近町で流行っている例の病気についても、入院している患者から同様の成分が発見されました」

例の病気と言うのは、最近町で流行っていると言われている新種の五月病だ。無気力になったり、疲れやすくなったりと、端から見れば五月病なんだが、実際は少し違うようなのだ。

不安、悲しみ、怒り、恐怖。この世界ではあまり感じなくなった事への反応が過剰になっているらしい。その事で警察の対応も多くなっていると聞く。

そして刀耶君の事件が発生して、念のために検査をしたところ、刀耶君と同じものを所持していたことがわかったのだ。

「しかし、ヘルメス君がいてくれて助かった」

獅子神長官の言う通り。刀耶君がアースベースに運ばれた時、一緒に持ち帰った液体からヘルメスはすぐに薬物を特定して解毒薬を作ってくれたのである。そのお陰で、町の人への対応もすぐにできた。

今回の事で、やはりヘルメスはすごいと思った。いつも私ばかりを誉めてくれるが、実際兄弟の中で一番凄いのは彼だ。努力家だが、その努力を人に見せない。かといって自慢したりもしない。優しく、頼りになる弟だ。

「現在入院している方達も近く退院できるそうです」

「その液体について、入手先がわかりました」

次に立ち上がったのは監視班の男性だ。

「まずこの画像を見てください」

壁に写し出された画像には、路地の暗がりに潜む男性の姿があった。痩せ型で背が高い。帽子、コート、ズボンに至るまで、全てが黒色だった。

「最近町で見掛けられる不審者情報をもとに調査した結果、この男性が、被害者の出ている近辺によく出没している事がわかりました。この画像を蒼井君に確認したところ、この男性から液体を貰ったと確認がとれました」

青山さんの目付きが変わった。実は、青山さんの部下の人も何人か入院しているのだ。おそらく、この男性を捜索中に巻き込まれた可能性がある。

「しかし、あの島から来たのなら、衛生が探知するはずでは?」

健太郎さんの言ったとおり、現在アースベースでは、人工衛星を利用して宇宙からロストアイランドを目視で確認しているほか、これまでにアースベースのみんなが積み上げてくれた情報や、最初に町に現れたあの少年、パワードが発していた力を解析し、探知する機能を新たに加えて、監視を行っていたのだ。

「力を隠しているか、もしくは今までとは違う力を持っている可能性があります」

「いずれにしても、この男性を見つけなければいけません」

アースの言葉に、みんなが頷いた。

「青山さん、現状はどうですか?」

「現在も人が隠れられそうな路地を中心に捜索中です。もちろん2人1組で」

捜索していた隊員が巻き込まれたということは、あの男性は、よほど人の心に入り込むのが得意なのかもしれない。人には必ず弱いところがある。刀耶君と同じで、何かにすがりたかったのだろう。

「必ず見つけて見せます!もう少し時間をください」

すぐにでも自分も加わって捜索したいのだろう。青山さんの目がギラギラと燃えていた。

「では、この男性の捜索は、引き続き青山さん達にお願いしよう」

そして、最後の資料になった。獅子神長官が目頭を押さえながら、気合いを入れ直した。

「では最後に、蒼井刀耶君を包んだあの緑の結晶についてだが……」

「私から説明しましょう」

一緒に調べてくれたアースが名乗り出てくれた。

「あれは、おそらくガイアの力です」

それに関しては、私も驚いていた。あの時、結晶状態で運ばれてきた刀耶君に、色々な装置を使って検査を行った。にも関わらず、結晶が何で出来ているのかすらわからなかった。

そんな状態で、どうしようかと考えていた時、様子を見に来たアースがヒントを与えてくれたのだ。

アースが緑の結晶に触れると、まるで氷が溶けるように、結晶が小さくなったのだ。もしかしたらと思い、私も本当の体で結晶に触れると、結晶は小さくなった。

結果的に結晶全体を取り込んだ私だったが、特に体に異常がなかったことから、私が地球を創り変えた時に使った力だった。が一番説明できるということになった。

「私はそんな覚えはないんですが……」

「しかし、そのお陰で蒼井君は助かった」

そう言ってくれると私も気分が少し晴れる。

「だが、なぜ蒼井君だけが結晶に守られたのだろうか?あの液体の被害者はもっといた筈だろう……?」

「おそらく烈が刀耶君の心に問いかけたからでしょう」

あの時烈は、変わってしまった刀耶君に怯まず、まっすぐに向き合った。おそらくその気持ちが刀耶君の心に届いて、偶然あった私の力に作用してしまったんだろう。

「ではあの結晶は、蒼井君が液体に負けまいと自分で作り出したものだった?」

「そう、ですね……」

私の中で少し引っ掛かるものがあった。

「どうしたんだいガイア?」

確かに刀耶君は助かった。しかし、私の力が生き物の入っていたとしたら、生き物に何らかの影響を与えていたということにならないだろうか?

この地球を創り変える時に、アテナさんと話し合った事がある。「例え神でも機械でも、生まれてくる命を支配するのはやめよう」と。

私の使命は地球をもとの姿に戻すこと。戻したあとは、そこに生きる命と協力して、博士を待とうと思っていたからだ。

「おそらく私の力は、皆さんにも入っている筈です。でも、そのせいで皆さんの意思を邪魔してしまっていたら……」

会議室が少し静かになった。

「それはないだろうね」

獅子神長官が笑顔で言ってくれた。

「確かに、地球を創り変えた事で、私達にガイアの力が入ったかもしれない。だが、ガイアが強制していない以上、私達も選択することが出来た筈だ。それでも捨てなかったのは、私達がガイアの意思を信じて、今まで生きてきたって事なんじゃないかな?」

獅子神長官の言葉に、長時間の会議に疲れていたであろうみんなも笑顔で頷いてくれた。

「皆さん、ありがとうございます」

「では、悪い力ではないことがわかったところで、この長い会議を終わろうと思う。今後も油断せず、ロストアイランドの住人達を、一人ずつ救っていこう!」

皆さんが声を揃えて返事をしたところで、会議は終了した。青山さんはすぐに飛び出して行ってしまった。

「あ痛たたた……」

「大丈夫ですか長官?」

獅子神長官は長い時間座っていたせいか、腰を押さえたまま立ち上がれずにいた。

「あぁ、大丈夫だ」

「勇気づけてくれてありがとうございます」

「正直に言ったまでだ。また君だけ考え込ませる訳にはいかないからね。赤兎さんからグラントレーラーの件も聞いているよ?」

「お恥ずかしい……」

「大丈夫。心配するのは当たり前のことだよ。だが、少なくとも、私達は君が正しいことをしたと思っているよ」

「ありがとうございます」

「さぁ、赤兎君が来るんじゃないのかい?早く行きたまえ。私はもう少し落ち着いたら行く」

「はい、失礼します」



ーーーーーーーーー



そろそろ兄さんの会議が終わるだろうと思って、僕は会議室の前で待っていた。

というのも、地球に来てから、ゆっくり兄さんと話せていなかったから、今日こそは兄弟水入らずで話がしたいと思ってたからだ。聞きたいこともあったし。

すると、会議室の扉が開き、いの一番に青山さんが飛び出してきた。

「青山さん、会議終わったの!?」

「おーヘルメス、終わったぞ!すまん、急いでるんだ!」

足を止めることなく、行ってしまった。

それから続々と人が出てくるのを、じっと待っていると、最後に兄さんの姿が見えた。

「ヘルメス?どうしたんだ」

「兄さん、お疲れ様。少し話したいなと思って待ってたんだ!」

すると、兄さんも話したいことがあったんだと言うから、僕らは座れるところまで歩いていった。

「それでヘルメス、何から話そう?」

「兄さんは?」

「ヘルメスからでいいよ」

昔から兄さんは、自分の話の前に僕達弟の話を聞いてくれる。

「じゃあ、まず地球の事!すごく綺麗になったね!」

「あぁ。以前より少し森の面積が広くなってしまったんだが」

「これぐらいがいいよ。水星なんて金属と岩だらけだったんだもん!」

メルクリウスが聞いたらまた不貞腐れるかもしれない。

「あの環境でよく50億年も耐えられたな?」

「まぁ!これが僕の力ですが?」

僕は思いっきり胸を張って見せた。

「私はヘルメスが誇らしいよ」

その言葉が、僕の膨らんだ胸一杯に広がり、とても幸せな気持ちになった。今の言葉で、今までの苦労が全部吹き飛んだ気がした。

「突然呼んですまなかった」

「何言ってるの兄さん!そのために僕達は太陽系に散らばったんだよ?それに、こんなにたくさんの人に助けてもらえて、僕も兄さんが誇らしいよ!」

「あぁ。アースベースのみんなには感謝してもしきれない」

前も少し言ったと思うけど、兄さんはアテナさんとふたりぼっちで地球を創り変えたんだ。2人だよ?それがまずすごい。それに、創り変えるのをよく思わなかった人がたくさんいたのに、この星のために、これからを生きる命のために自分の意思を貫いた事もすごいと思う。

「今の地球なら、もう昔の地球みたいな事は起きないと思うよ。メルクリウスはあんな事言ってたけどね」

「あぁ。烈や刀耶君のような子供達もいるからな」

刀耶なら絶対に昔の地球みたいな事はしないって言い切れる。

「そうだ。刀耶も一緒に頑張ってくれるって」

「それなんだが、いつの間に仲良くなったんだ?」

「ちょ、ちょっとねぇ!」

遊び半分で刀耶の顔を見に行ったら、見つかったなんて言えないよ。まあでも、直感で刀耶とは息が合うって思っちゃったんだから仕方ない。

「だが、烈に近い子でよかった」

「そういえば、兄さんはどうして烈君を選んだの?」

これも前に言ったことだが、烈君はどちらかというと僕のすぐ下の弟に似てるし合ってると思う。

「そうだな。烈は元気で、好奇心旺盛で、友達思いで、何事にも真っ直ぐで、勉強は少し苦手なようだが、人を惹き付ける才能があると思うんだ。それに私も惹かれたのかもしれない」

「僕はアレスに似てるって思った」

「あぁ、そういえばそうだな!」

兄さんが思い出したように笑った。

「それもある。放っておけない感じがアレスそっくりだ!」

あれ?と僕はふと思った。

「兄さんはアレスが嫌いじゃないの?」

「誰がそんなこと言った?」

「いや、だっていつもアレスと喧嘩してたから……」

博士が居ないとき、僕達兄弟で家の事をしていたんだけど、いつも兄さんとアレスは言い争いをしてるイメージがあった。

「そうだな。アレスはわかっているのに、私が口を出すから、いつも喧嘩になっていたな」

「でも、あいつ大雑把だから言わないと駄目だよ。それに、あいつが怒りっぽいのも悪い!」

そうだな。と兄さんはまた笑った。

「でもな、アレスは兄弟の中で一番真っ直ぐで槍のように突き進んでいく力がある。私だったら止まる所を、立ちはだかる物すら壊して進んでいく行動力があるんだ」

「それを無鉄砲っていうんじゃないの?」

「アレスは、自信という弾が込められた鉄砲を持っているんだ。それがアレスの強さだというのに、私は駄目だと言っていたんだ。私も悪かったんだ」

なんだか少し、嫉妬している僕がいた。

「でも兄さん、アレスは来るの遅くなるよ。あいつったら50億年もあったのに、なんの準備もしてなかったんだよ?」

「連絡してくれてありがとう。ほかはどうだった?」

「双子は何故か喧嘩中……」

「どうして?!」

兄さんもびっくりするほど、双子の喧嘩は珍しいものなのだ。

「知らないけど、喧嘩がダイナミック過ぎて、アステロイドベルトが無くならなければいいかなって感じ」

「そうか。……ハルトは?」

僕達の末の弟の名前。一人だけ惑星を意味する神様の名前がついていない。兄さんは兄弟の中で一番ハルトを心配している。

「近いうちに彗星が飛んでくるから、それに乗って来るみたいだよ?」

「そうか……。だが、またみんなと会えるんだな」

「そうだよ。この地球で、みんなで一緒に博士を待とうね。兄さん」

あぁ!と兄さんは力強く言ってくれた。

「じゃあ、兄さんの話をどうぞ」

「いいのか?」

「またゆっくり話せるでしょ?」

「そうだな。私からは2つ。ヘルメスの武器と博士の話だ」

1つはすぐに答えられるから、すぐに答えよう。

「武器の話だったら、兄さんの剣と同じで、僕も博士からもらったものだよ。ちなみに、弟達にもあって、僕は博士の手伝いをしましたー!」

博士がいつもコソコソ出掛けているのについていったら発見して、口止めのために手伝っていたなんて言えない。

「それで、あの武器なんだが……」

兄さんの顔が真剣になった。僕は正直に話そうと思った。

「兄さんの思ってる通り。あれは前の地球で禁忌とされた材料で作られてる。僕が手伝ったのは組み立てだけ。あれは博士が本気で作った武器だよ」

「やはりな」

「博士はあれを作るときにいつも恐い顔をしてた。作りたくないとも言ってた。でも、心を鬼にして僕達のために作ってくれたんだ」

兄さんの顔が少し緩んだ。

「それを聞いて安心した」

「博士の話っていうのは作ってた時の顔の事?」

「あ、あぁ。いや、違う」

何故か突然、目が泳いで、落ち着きがなくなった。

「その、博士の顔はどうだったかなと思ってな……」

質問の意味がよくわからなかった。

「顔?え、もしかして……」

「恥ずかしながら、博士の顔を忘れてしまったんだ……」

僕はとても驚いた。まさか、兄さんも忘れているなんて。

「こんな事、ヘルメスにだから言えるんだ。ハルトに言った日には、どれだけ怒られるかわからない。だからヘルメス。何か写真でも持ってないか?」

「えっとね……。その事なんだけどね……」

僕が兄さんに話したかったことの一番はそこだったんだ。恥ずかしながら僕も博士の顔を忘れてしまっていたんだ。水星にいるとき、ふとメルクリウスに聞かれたときに、気付いた。怒ったとか泣いたとか笑ったとか、表情は覚えてるんだけど。目や鼻や口の形が記憶からごっそりなくなっていたんだ。

「そうか……ヘルメスもか……」

「兄さんなら覚えてると思ったんだけどな……」

「すまない」

父親の顔を忘れた2人の兄弟が、同じ顔をして座って、そして落ち込んでいる。

「次に来た弟に聞いてみようね兄さん……」

「そうだなヘルメス……」

2人でため息をつくと、向こうの方で烈君の大きな声が聞こえた。

「烈が来たようだ。くよくよしても仕方ない。行こうヘルメス!」

「うん。そうだね兄さん!」

そういえば、烈君は今日でテストが終わりって言ってたな。ちょっと茶化してやろう!



ーーーーーーーー



「だーかーらー!本当に出来たんだって!」

「本当かなー?」

烈が病室に入って来るなり、テストの事を自慢するもんだから、僕は半分笑いながら聞いていた。

体はもちろん元気になったんだけど、ヘルメスが空に連れていってくれてから、僕は今までより少し元気になった。もちろんお父さんの事は心配だけど、心の中で少し余裕ができた気がしていたからだ。

「刀耶に教えてもらったところが全部出たんだよ!」

「それはよかった。数学もできたの?」

「うっ!それはあんまり自信ないけど」

「ほらー」

数学は烈が一番苦手な科目だし、そこを見ればなんとなく全体の点数がわかる。

「いやでもな!くぅ……よし、じゃあ勝負だ!」

想わずへっ?とすっとんきょうな声を出してしまった。

「刀耶は来週から学校に来て、テスト受けるんだろ?勉強してない刀耶と勉強した俺。合計点で勝負したらいい勝負……いや、俺が勝ってるね!」

勉強の事でこれほど自信のある烈は見たことがなかった。これも僕を元気付けようしての事だろう。なら乗るしかない。

「わかった。じゃあ勝負だ!」

「おう!!」

「じゃあ今日から勉強しちゃおっと!」

「それはズルだろ!!」

笑い声も前より大きくなったかもしれない。

さて、テストか……。とりあえず一通りは勉強してたんだけどな。烈は普通に勉強してたら僕と同じくらい取れるはずなのに、勉強しないからいつもあんまり点数がよくないだけなんだ。

そんな烈が勉強をしたとなると、もしかしたらがあるかもしれない。烈が帰ったらコッソリ勉強しないと。

「失礼しまーす!」

「あ、ヘルメス。それにガイア!会議は終わったのか?」

ヘルメスは何か面白い事があるんじゃないか。ガイアさんは少し心配そうな顔をして病室のドアを覗き込んでいた。

「烈、どうしたんだ。部屋の外まで声が聞こえていたぞ?」

「いや、聞いてくれよ。テストが自信あるってのは言ったろ?それなのに刀耶が信じてくれなくて。だからテストの点数で勝負をしようってことになってさ!」

「……やめておいたほうがいいぞ?」

ガイアさんの渋い顔に、烈はまた地団駄を踏んでいた。それを見ていたヘルメスは、僕の方をチラッと見て、何を思ったのかこんな事を言いだした。

「じゃあそんなに自信があるなら、お互いに勝ったら相手に何かしてもらおうよ!」

「おっ、それいいな!」

「えっ、待ってよ!」

「いいじゃんいいじゃん。刀耶は負けないもんねー」

他人事だと思って……。でも、負けなければいいんだよね?

「よし、じゃあ俺が勝ったら剣道部に入ってもらう!」

「えっ?」

「いや、もう少ししたら先輩もいなくなるから入りやすくなるだろ?また一緒に剣道しようぜ!ついでに全国大会も狙おうぜ」

確かに病院で入りたいとは言ったけど、ここで言われるとは思ってもみなかった。

「烈君はそれでいいんだね!じゃあ刀耶は?」

僕?と思わず自分で指差してしまった。

「当然でしょ。勝ったら何かしてほしいことある?」

「そ、そうだな……あっ」

ふと、思い付いたことがあった。

「剣道部の練習なんだけど、家の道場でもしてくれないかな?」

「何で?」

「土曜日に来たとき、道場に人いた?」

「そういえばいなかったな……」

「おじいちゃんね。僕と同じでお父さんが病気になってから、あんまり剣道をしてないみたいなんだ。教えてた人にも辞めてもらってたし。だから、剣道部の練習が入ればおじいちゃんも元気になると思うんだ」

いつも外で稽古してくるんじゃって言いながら長い散歩に行ってるのを僕は知ってる。でも、おじいちゃんの気持ちはわかるから、言えないでいた。

「なるほど……。ん?それって俺勝っちゃいけないやつだよな?」

「そうだよ」

「ぐわぁ!!どうすればーー!!」

ちょっと意地悪だったかもしれない。まあでもよく考えればわかるし、どっちが勝っても、必ずいい方向に向かうはずさ。

その後も烈は、学校の話や家の話、色々な話をしてくれるので、僕たちはずっと笑って聞いていた。

そんな烈を、僕は改めてすごいと思った。

小さい頃、僕の前にはいつも烈がいた。物心つく前から一緒にいた僕達は、知らない人から見たら兄弟に見えていたらしい。僕が烈の後ろにずっといたからだろうけど。そんな僕は、烈の後ろで色んな事を体験した。泥だらけになったり、草まみれになったり、時には怪我もしたり。色んな遊びを教えてもらった。それに、烈のおじいちゃんの所に来ていた青山先生とも仲良くなれた。学校でも、烈の友達がどんどん増えていくのに比例して、僕の友達も増えていった。

烈の後ろで僕は色んな事を知り、出会い、体験した。烈も初めての事があったかもしれないけど、僕にはない思い付きと行動力が烈を色んな事に挑戦させてたんだと思う。

そんな烈に僕は何をしてあげられただろうか?勉強だけ……かな。全然返せてないな。僕も烈に恩返しじゃないけど、何かしてあげたいと思った。

すると、病室のドアがまた開いて、体の大きな男性が入ってきた。

「烈とガイアはいるかー」

「繁雄さん。どうしたんですか?」

「ガイア、烈。喜べ!グラントレーラーが直ったぞ!」

烈とガイアさんは顔を見合わせて、とても嬉しそうだった。

「それで、最終調整を手伝ってほしいんだが?」

烈とガイアさんは声を合わせて返事した。

「おう、じゃあ早速来てくれ!」

「よし、じゃあ刀耶。ちょっと行ってくる!」

「うん。でも、もう時間も遅いから終わったら帰った方がいいよ」

「本当だ……!じゃあ、また明日な!」

壁にあった時計を見ると、もうそんな時間だったのかと思うほどだ。

「うん。また明日」

最後に「勉強するなよ」と言葉を残し、烈とガイアさんは病室を出ていってしまった。

「……行ったね。じゃ、勉強しちゃう?烈君に勝てる確率は?」

部屋の外まで確認しに行ったヘルメスが話しかけてきた。

「ヘルメスがあんなこと言うから……」

「いいじゃん、面白そうだし!」

ヘルメスとは友達になって日が浅いけど、この短い間に色々話すことができた。

この星の事とか、聞いたことのない島の話とか、この施設の事とか、時々、青山さんが来てくれて補足もしてくれたからとてもよくわかった。そして、改めて僕はヘルメスと一緒にこの地球を救う事にした。

そんなヘルメスが、特にたくさん話してくれたのは、ガイアさんの話だった。

長男として生まれたガイアさんは、ヘルメス達のお父さんである結城博士を一生懸命支えていたらしい。それは星を創り変えた時も続いて、結城博士が居なくなった後もヘルメス達を支えてくれていたらしい。

強い心で、地球まで救ってしまったガイアさんをヘルメスはとても尊敬していた。

ふと、僕がさっき考えていたことが、ヘルメスと似ていると思った。すごいと思えるお兄さん。烈がお兄さんっていうのも変だけど。でも、そんな人がいてヘルメスは僕みたいに悩んだことはなかったのかな。

「ねぇ、ヘルメス?」

「なに?」

「すごいお兄さんを持つのって大変?」

僕の質問に、ヘルメスはニヤリと笑って見せた。

「そりゃ大変さ!兄さんが何でもかんでもやっちゃうから僕は何もできないし、兄さんの評判ばかり上がっちゃうから、僕が少し何かしてもあんまり注目してくれない」

「そういうときに、ヘルメスはどうしてるの?何か他の事を頑張るの?」

「教えて欲しい?」

ヘルメスはまた、ニヤリと笑った

「うん……」

するとヘルメスはすぐに優しそうな顔で、いいよと言ってくれた。

「刀耶の言う通り、他の事を頑張ったんだ」

「でも、ガイアさんはなんでも出来るんだよね?」

「うん。まず、1つ言っておきたいんだけど、僕達兄弟の基本スペックは一緒なんだ。学力も運動も、全部兄さんを元にして僕達は創られてる」

「じゃあ……」

「兄さんも努力をしてる。それも僕達が普通にした努力で追い付けないくらいの……」

少し悔しそうな顔をしたヘルメスだけど、でも!と明るく続けた。

「でも!ずっと見ていてわかったんだ。兄さんは理系の科目をあまりしてないって。たぶん兄さんは文系だったんじゃないかな?だから僕は理系の科目を頑張るようになった。当然僕も兄さんの弟だから文系だったよ?でも、頑張って頑張って僕は理系になった。そして僕は兄さんよりできるものを手に入れたんだ」

陽気なヘルメスもすごい努力家なんだって思った。

「でももし、その人ができないことが少なかったらどうしたらいいかな?」

烈がやっていない事って何があるんだろう?勉強……。しかないのかな?

「実はね。探すと意外とたくさんあるんだよ」

「そうなの?」

ヘルメスは嬉しそうに、ほかにも音楽だったりダンスだったり、ガイアさんがしていると、少し可笑しくなる事があんまり得意ではない事を教えてくれた。そして最後にこう言ってくれた。

「だからさ、烈君だって勉強だけじゃなくて、ほかにも苦手だなって思ってる事があるはずなんだ。それを見つけてあげて、自分がカバーできるように努力すれば、その人のためになるし、自分だって成長できる。自分の為だけの努力より、本気で取り組めると思うよ」

たぶんヘルメスは、僕にこの事を教えてくれるためにテストの点数勝負を言ってくれたのかもしれない。僕はいい友達を持つことができた。

「わかった。ありがとうヘルメス」

「まぁ、自分が好きな事をするのが一番なんだけどね!」

たぶんそれも、誰かを助けられる事ならもっと頑張れるんだろうな。



ーーーーーーーーーー



ドラッグが隠れそうな所はすぐにわかった。狭い路地の奥、建物の影になっていてそこだけ気温が低いところ。しかし決して汚れていない場所にドラッグは座っていた。

足と手を放り出して地べたに座り、空を見ている。リガース様は、そろそろ手持ちの薬がなくなる頃だ。と言っていた。覇気など感じられない。路地を唯一汚しているゴミのようだ。

「ドラッグ」

「……アダムですか」

消え入りそうな声。路地の反響でやっと聞こえるくらいだ。

「調子はどうだ?」

「最悪ですよ……。どうしたんですか、笑いに来たんですか?」

「だったらどうする?」

「帰れ……。なぁ、アダム」

「なんだ?」

「リガース様の世界で、私は生き残れるでしょうか?」

そんなの知ったことではない。

「昔みたいに、私は薬で人を救うことができるのでしょうか?」

リガース様に聞いた。ドラッグの魂には当然、薬物中毒者が含まれているが、稀に医師も混じっているのだと。

「リガース様の世界を戻すために、お前が機械人形を壊してくれるんじゃないのか?そうしないとその願いも叶わないだろ」

わかっていますよ。と少し苛ついた声が聞こえた。

「準備は終わっています。後は時間が経つのを待つだけ。私があの島に帰り、リガース様の隣に立つ日は近い……」

力ない手を空に向けた。

「そんなお前にリガース様からプレゼントだ」

僕はドラッグの前に小さな金属の箱を滑らせた。カランカランとその場所にしてはうるさい音が鳴った。

「何ですかそれは?」

薬だ。と言った瞬間にドラッグは猫のように体を跳ね上げ、箱の中の薬を含んだ。

「はぁああああああああああああああ!!!」

身体を押さえながら身体中の震えを抑え込んでいる。落ち着いたかと思えば、もう1つ、さらにもう1つ、同じことを繰り返し、持ってきた薬を全て使ってしまった。

「これが最後のチャンスだ、とリガース様は仰っていた」

「チャンス?私は失敗などしていませんよアダム!」

薬が入っていた箱を放り投げ、僕にツカツカと歩み寄ってくる。

「配達ご苦労様です。もう少し時間が掛かると思いましたが、この力があれば、すぐにでも動けそうです!」

顔を近づけて目を見ているのだろうが、焦点が全くあっていない。

「アーダームー、見ていなさい。私はこれからあの機械人形のAIごとグチャグチャ砕いて島に帰ります!帰ったときには、もうあなたの居場所はそこにはありません!私が顎で、こき使ってあげますよ!」

「楽しみだよ」

ここまではリガース様の思った通り。後はこいつが死ぬか、殺されるかの問題だ。

「フッフゥゥン。さて、用が済んだのなら帰ってください?シッシ……!」

すると路地の向こう側から、大勢の足音と声が聞こえてきた。

「反応はこっちだ!絶対に例の男と会っている!捕まえるぞ!」

「アーーダーームーー?」

「すまない。勘づかれてしまったようだ。僕は帰るよ」

「これは減点ですねー。帰ったら精算してもらいますよ?」

僕は体の遺伝子情報を周囲の環境と同化させ、向こうから走ってくる大勢の男達の真ん中を堂々と歩いた。

「ヒャハハッハッハハッハハハ!!!パーティーの始まりです!」

地鳴りとともに、僕の後ろで巨大な植物が成長を始めた。

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