第7話 自由の羽根
僕は蒼井刀耶。家が剣術道場以外は割と普通の中学二年生だ。
桜の花が散って、緑に覆われてから何日か経った。僕の通う龍神学園ではそろそろ中間テストが始まる。今日はテストが始まる前の丁度一週間前。復習期間と呼ばれる図書室の利用が一番増える時期の1つだ。
ちなみに、中間テストまでは部活や一部の委員会は休み。学園長先生の考えらしいんだけど、僕は部活にも委員会にも入っていないので特に影響はない。
今日の授業が終わって、ゆったりしていた僕も、そろそろテスト勉強を始めるかと思っていた。でも、一学期の中間テストだし、出るのは一年生の時の復習だから、たぶん大丈夫だろうと思っている自分もいた。
でも油断は禁物だから、やっぱり今日から図書室に行こう。
「刀耶ぁ……」
突然後ろから肩を掴まれた。シチュエーション的にはまるでゾンビ映画だけど僕としては、もう慣れたものなので、特に驚いたりしない。
「テスト勉強しよぉぜぇ……」
ゾンビの正体は友達の烈。机に伏せたまま、手だけが僕を引き留めている。
「心と体が正反対だよ烈」
烈も僕と同じ中学二年生だから、もちろんテストがある。テストと聞いて、たぶん烈の体が普通の反応なんだろうけど、それでもやろうとする烈の心はすごいと思う。
「俺はやる気だぞぉ」
「はいはい。じゃあ今日から図書室行くよ」
「お、おぉ……」
烈の元気はそこで力尽きた。テストの時はいつもこんな感じなんだけど、赤点はいつも回避してる。烈だってやればできるのに……。
さぁ、烈が再起動するまで10分。僕は今回のテスト範囲を確認しておこう。烈に教えないといけないからね。
僕がノートを広げたその時だった。
「刀耶君っ!!」
教室のドアが勢いよく開かれ、今日、日直だった立花さんが帰ってきた。何で僕の名前が呼ばれたんだろうと思っていたんだけど、そう思ったのも束の間。立花さんは、早足で近づいてきた。
ドン!!
僕と烈の机に手をついて、立花さんはじっと僕の顔を見てきた。
「ど、どうしたの立花さん?」
「刀耶君っ!今日から復習期間よね!」
「う、うん……」
「い、一緒に、テスト勉強しない?!わ、私わからないところがあるの!」
「別に、いいけど……」
立花さんは僕を烈の幼なじみ。小さい頃から一緒に遊んでて、小学生の頃はいつも3人で学校に行って帰ってた。中学生になると、烈が寝坊や部活なんかでできなくなったんだけど、最近烈が早起きするようになったから、また3人で学校に行けて、僕は嬉しい。
「やった!!」
立花さんの笑った顔が僕は可愛いと思う。
「待てよぉ……刀耶ぁ」
まだ再起動途中の烈が力なく呼んでいる。
「あんたには聞いてないわよ」
「俺がぁ…先にぃ…約束したんだぞぉ……」
「あんたがいると刀耶君の勉強が進まないでしょ!刀耶君、早く行こっ!」
「なんだとぉ……」
「まぁまぁ。みんなで勉強しよ、ね。烈、動ける?」
「あと5分……」
「はいはい。じゃあ立花さん、烈が起きるまでにわからないところ教えてくれる?今教えられるかもしれないし」
「えっ、うん……」
少し立花さんの顔が曇った。何でだろう?
「それでその後なんだけど……。忙しいと思うけど、図書室に行って一緒に烈の勉強手伝ってくれる?」
「えっ、うん!」
立花さんの顔がまた明るくなった。結局は烈が起きるまで15分掛かったんだけど、その間に立花さんのわからない所を教えて、その後みんなで図書室に行って勉強した。
「あぁ!勉強したぁ!」
「あんたは教えてもらってただけでしょ!」
気付いたらもう、夕方になっていた。思ったより時間が経っていたけど、烈にだいぶ教えられたので達成感もあった。学校の灯りが着き始めたころ、僕らはやっと校門を出た。
「刀耶、明日も放課後勉強しようぜ!」
「いいよ」
「刀耶君、私も!」
「なんだよ、さっきは“もう完璧!”って言ってただろ?」
「あれは数学だけよ!!次は英語!あんただって全教科教えてもらうんでしょ!」
「まぁまぁ。一週間あるんだから、明日もゆっくりやっていこ」
こうやって3人で話ながら帰るのが、僕は好きだ。ずっとこのまま学校生活を暮らしていきたいと思うほどに。そうだ。と僕は腕時計を見た。そろそろ行かないと。
「ごめん、今日は僕行かないと!」
「やべっ、そうだった!ごめんな、長い間付き合わせて」
「大丈夫。連絡もなかったし。この間から元気なんだ」
「そっか……。じゃあな刀耶。また明日!」
「じゃあね刀耶君」
「また明日!」
2人と別れ、僕は家と反対方向に走り出した。
行く場所は2人も知ってる。去年の夏くらいだったかな。僕は月に数回、町の真ん中にある大きな病院に行くようになった。
僕のお母さんが勤めてる所で、小さい頃から夜勤の時の着替えや、お弁当なんかを届けてたから、行き慣れた場所だったんだけど、去年からは行く目的が変わってしまった。
すでに診療時間は終わってるので、お見舞い用の入り口から入ると、守衛のおじさんが挨拶をしてくれた。守衛さんとも、顔馴染みなので僕も軽く挨拶すると、そのまま中に入り、まっすぐにエレベーターに乗った。
前はそんなに気にならなかったけど、ここ最近、エレベーターに乗ってる時間がとても長く感じるようになった。
扉が開くと、目の前にナースステーションがあって、夜勤だったお母さんと目があった。
「あら、刀耶。今日は遅かったわね?」
「うん。そろそろテストだから、烈達と勉強したてんだ」
「そう。お父さん、もしかしたら寝てるかも」
「じゃあ、顔見て寝てたら帰ろうかな」
「お母さんもうすぐ休憩だから、一緒にご飯食べましょ」
「わかった」
病室はナースステーションからずっと奥。少し暗くなった廊下を歩いていくと、「蒼井誠一」と入り口に書かれた部屋があった。
ゆっくりドアを開けると、部屋は暗かった。もう寝ているのかな?
「刀耶か?」
ベットの上から小さな声が聞こえた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いいや、今日は刀耶が来ると思ってたから起きてた」
「ちゃんと寝ないと駄目だよ」
お父さんはゆっくりと体を起こしてこっちを向いた。
「おかえり刀耶」
「ただいま」
お父さんは今、心臓の病気で入院している。
「そろそろテストだから、烈君達と勉強してたのかな?」
「そう。来るのが遅くなってごめん」
「いいや、いいんだよ」
去年の夏。例年に比べて暑い日が続いていたんだけど、大雨が降っていた日があった。学校にいた僕は、大慌てで来たおじいちゃんに「お父さんが仕事の途中に倒れた」と伝えられ、急いで病院に向かったんだ。
もともと体がそんなに強くなかったお父さんだけど、倒れるなんて今まで一度もなかったから、最初は信じられなかった。
でも後から聞くと、その日は朝から調子が悪くて、お母さんも止めたんだけど。お父さんは大丈夫って言って出掛けちゃったらしいんだ。僕が朝、お父さんを見たときはそんなこと、全然わからなかったのに。
病院に着くと、集中治療室の前でお母さんが泣いてた。「朝ちゃんと止めておけば!!」ってずっと僕の横で言っていた。おじいちゃんもそんなお母さんの横でずっと、大丈夫じゃ、と励ましていた。僕は、何も出来なかった。
お父さんの容態が落ち着いた頃、お医者さんからお父さんが倒れた原因を知らされた。
心臓が、うまく機能していないらしい。いつもなら、少し体調が悪くても。天気が悪くても大丈夫なのに、今日だけお父さんの心臓が悲鳴をあげたらしい。加えて、それがきっかけで、もともとそんなに強くなかった体が、余計悪くなってしまったとも言ってた。
治療法はただ1つ。心臓を移植すること。
今は、ドナーが見つかるまで、病院で待っている。
「……検査は、どうだった?」
「あまり変わりがないって」
「そっか……」
よかった。なんて言えないけど、少し安心する。今も時々、心臓がうまく動かない発作が起きる。お医者さんにはその度、体が弱くなってますとも言われた。
僕がいつも来るときには、いつも元気でいてくれるお父さん。たぶん今日も痛いときがあったんだろうと思う。もしかしたら、今も痛いのかもしれない。
「なぁ、刀耶」
「なに?」
「お見舞いは、時々でいいよ。これから刀耶も忙しくなるだろうし」
「……大丈夫だよ。テストだっていつも良い点だし、友達とも仲良くなってる。……高校だって、今のまま龍神学園に行こうと思ってるし」
「そうか……」
僕はそんなことよりお父さんの病気のことの方が心配だ。お父さんやお母さんに心配をかけないために、僕は色々考えてる。つもりだ。
「じゃあそろそろ行くね。お母さんとご飯食べに行くんだ」
「おいしいもの食べておいで」
「またね」
僕が部屋を出ると、お母さんが待っていてくれていた。
「ご飯、行こっか」
「うん」
お母さんとこうしてご飯を食べるときは、学校の事や家の事を話す。お父さんの話はしない。最初は、ドナーが見つかるかもしれない度に話してくれてたんだけど、最近は話してくれなくなった。お母さんも僕に心配かけないようにしてるし、僕もお母さんを困らせたくない。そうやって去年から過ごしてきた。
ご飯を食べて病院を出る頃には、外は暗くなっていた。おじいちゃんにも連絡したし、後は歩いて帰るだけ……。
「はぁ……」
実を言うと、この時が一番つらい。真っ直ぐな道を、いつも上を向いて帰っている。時々楽しいことを思いながら帰らないと、帰る頃には目が真っ赤になって、おじいちゃんが心配してしまう。
さて、今日はどんな楽しい事を考えて帰ろう、と思ったその時だった。
ドンっ!!
すぐにはわからなかったんだけど、よく見ると黒い服の男の人にぶつかったらしい。
「ご、ごめんなさい!」
「ん?あぁ、こちらこそすいませんねぇ。大丈夫でしたか?」
黒い唾広の帽子を被って、黒の長いコートを着た男の人はとても背が高くて、それでいて細かった。
「僕は大丈夫です。本当にごめんなさい」
「いいんですよ。私もよく見てなかったですし」
眼鏡の奥の目は、笑顔で見えなかったけど、僕には優しそうに見えた。
「すいません、失礼します」
「はい、お気をつけて」
そして、男の人の横を通り過ぎようとした時、不意にいい匂いがした。甘いようなツンとくるような匂いに、気持ちが落ち着いたような気がした。ふわふわとした気持ちのまま、僕は家まで帰った。
ーーーーーーーーー
ここが機械人形の住む世界ですね。初めて来ましたが、見た限り、平和ボケしていますね。町も特段変わった様子でないところを見ると、気付かれずにうまく潜り込めたみたいですしね。
今の私は、リガース様のお陰で、力を胸のポケットのにあるカプセルに入れている。島から出たときに気付かれるかちょっとした賭けでしたが、私の勝ちのようですね。
そもそも、なんで私がこんなコソコソと動かなければならないんだ!それもこれも、みんなあのアダムにせいだ!あの小僧がリガース様に取り入っているからだ。間違いない!でなければ私がリガース様のお側にいるはずだ!
ふぅ。落ち着くんだドラッグ。リガース様が与えてくれたチャンス。無駄にはできない。
しかしさっきは、無駄な事を考えていたせいで、人間とぶつかってしまいましたが、まぁいいでしょう。
「さて……」
この辺りは通りが広くて、何かと目立つ。もう少し住宅が密集した場所はないですかね。
まぁそれにしても、よく整備された町だこと。車道と歩道のほかに自転車道までちゃんと別けられて。
おまけにさっきから見ていても、違反をするものがいない。自転車が歩道を走ったり、歩行者が道を平気で渡ったり、スピード違反の車なんか一台もいない。何がどうなっているんですかね?
この星に人間の意思はないのでしょうか?自分を出していかずに、どうやって競争が生まれるんでしょう?どうやって進化していくんでしょう。
歩いていると、先ほどよりは目立ちにくい住宅地の様なところに着いた。
まあ通りは広い。しかし住宅地なので家と家の間は多少道がある。
ふとこれも近所の騒音対策だと気付いた私は1つため息をついた。
「親切にもほどがあるでしょう……」
そうして私は通りで寝ていた猫を追い払うと、細い道の真ん中を掘り始めた。コンクリートなんてのはただの土です。私の腕は金属すら貫く。機械人形の体だとしても、力を集中させれば貫けます。
私は穴を掘ったところに、小さな種を植えました。これから機械人形を壊すためのシナリオ。その第一段階がこの作業です。大きく育って、たくさん種を作ってくれるように、愛情を持って育てましょう。
さて、栄養剤を……。と私がコートの中に手を入れたときだった。ポケットの中が少し湿っていた。
何てことだ。恐らくさっき人間とぶつかったせいで、薬の半分が溢れてしまっていた。半分だと育つのに時間が掛かってしまうのに。
「まぁ、いいか」
いつもならイライラするはずの私が、落ち着いていたのはこの薬のせいだろう。
この薬は、主に鎮静作用があって痛みや怒りに効くほか、悲しみにも少し効く。いい薬でしょ?でもね。やっぱりいい薬には副作用があるんですね。
この薬の効き目は1日。その後は、以前より2倍も3倍も鎮静していた感情が溢れてくる。
そんなの嫌でしょ?で、また薬を使う。1日経つ度にこの薬を使う。一週間も使えばもう薬無しじゃ生きられない。いいですねぇ。
では、先ほどの種にこれをかけましょう。成長を鎮静化されて、植物はどう思うでしょう。
そして、薬が切れたその時、どんな成長を見せてくれるのでしょう?
私は楽しみに思いながら、胸から取り出した同じ薬を飲み干した。
ーーーーーーーーー
パワードとの激闘から数日が経った。あの日、アースベースに戻ってきた私、グライガイアは、すぐに体を分解された。この世界で一番の強度を持つグラントレーラーの装甲をもってしても受けきれなかったパワードの力は相当なもので、そこら中にヒビや凹み、破損が見られた。
しかし助かったのが、中のGAーXが無事だったことだ。その日中の慎重に取り出されると、この数日でGAーXが使用可能になった。現在は分解したグラントレーラーの組み直しと改良が、緑川繁雄さん陣頭指揮のもと、行われていた。
「いいぞー。その調子だ!声掛け合ってけよ!!」
作業を進める様子を見ながら、私はレプリカの体を自分で整備していた。
「ごめんね。手伝ってあげられなくて」
話し掛けてくれたのは健太郎さんだった。
「いえ、これぐらいは自分でしないと」
「ありがとう。それでどうだった、グライガイアは?」
健太郎さんの声は明るかった。
「素晴らしかったです。ですが、せっかく皆さんが創ってくれたのに、あんなにボロボロにしてしまって……」
痛みはなかったとしても、やはり体が傷つくと、心が同じくらい痛む。グライガイアを創ってくれた健太郎さん達は、あのボロボロのグライガイアを見てどう思ったのか?私がもっと巧くやっていれば、傷が少なくなったのではないか。今も整備を頑張っている人達に、私は責任を感じていた。
そんな私の気持ちに気付いてくれたのか、健太郎さんはおもむろに腕を組んで、少し真剣な表情になった。
「中は無事だっただろう?」
「えぇ。GAーXは無事だったのでよかったです」
「パワードにも勝つ事が出来ただろう?」
「何とかですけどね……」
「じゃあいいじゃないか」
「えっ……」
「グライガイアは確かに壊れた。でもその中にいたガイアは大丈夫だった。それに、あんな強い力にも打ち勝てた。体が傷付いても、心が折れなかったから勝てた。今回は、そういう闘いだったんじゃないのかな?」
「ですが、それでいいのでしょうか……」
確かに健太郎さんのいう事も一理ある。しかしやはり、これだけ関わってくれた人がいる以上、私は一言謝らないといけないと思う。
「そういえば……。みんな!ちょっといいか!?」
何かを思い出したように、健太郎さんが整備をしている人達を呼んだ。
「健太郎さん、皆さん忙しいのに!」
健太郎さんの声を聞いて、技術課の皆さんはすぐに手を止め、集まってきてくれた。私が戻ってきてから、ずっと作業をしてくれている人たちの顔には、少なからず疲れが見えていた。
「みんな。実は、ガイアが今回の戦闘でグライガイアを壊してしまったことに責任を感じているみたいなんだ」
健太郎さんは、私の思っていることを隠さずに言ってくれた。
「これは技術課の課長である私のミスだ!」
「け、健太郎さん。そんなつもりは!」
「ごめんガイア。少し聞いてほしい。……ガイアが帰ってきて数日が経った。みんな黙々と作業してくれているが、やってないことがあった。それは会話だ。てっきり私は、みんな同じ気持ちだと思っていたんだが、そうじゃなかったみたいなんだ。それで聞きたいんだが、今回の戦闘を見てどう思ったか。そして、帰ってきたグライガイアを見てどう思ったか教えてほしいんだ」
みんなが一斉に「えっ?」という顔になった。私も思わず同じ顔になったのだが、互いに顔を見渡し、最後に私の顔を見たとたん、みんなが一斉に笑い始めたのだ。
そこからは、みんなが健太郎さんと同じ気持ちだったということを知らされた。そして、今回の件で、グライガイアをもっと良いものにしたいとみんなが思ってくれていた。結局、考えが違っていたのは私だけで、少し恥ずかしくなった。
そんな事もあって、その日の昼休みはみんな一緒に取ることになった。
「そういえばガイア。あの、ガイアソードだっけか?あれは整備しなくていいのか?」
緑川さんがおそらく奥さんが作ってくれたであろう、とても可愛いお弁当を食べながら聞いてきた。
「持ってみてわかったんですが、あれは私にも整備ができません。あれは、博士が本気で作った武器です」
あの剣は、おそらく博士が作った唯一の武器だ。私の力を最大限に発揮するように作られたもので、あれの材料には、私とアテナさんが封印したものも含まれている。あれを見せられた時の記憶の中でも、博士はあまり嬉しそうな顔をしていなかったような気がする。
「おぉ……じゃあ止めとくか。すまねぇ」
「いえいえ。私も頼みたかったんですが。アースベースが吹き飛んでしまうのはちょっと……」
その瞬間、みんなが一斉に私に注目し、握っていた箸も止まった。
「じ、冗談ですよ……。ははは……」
つられてみんなの乾いた笑いが起こった。
あの剣については本当に何が起こるかわからない。博士が本気で作った武器というのは、私も想像できなかったから、そう言うしかなかった。
「そういえば……あの時、声が聞こえたよね?」
ちょっと静かになった雰囲気を、健太郎さんがおにぎりを食べながら壊してくれた。この辺りも烈と似ていると思う所だ。
「そうなんです。あの声のお陰で私も思い出せたんです」
「私も聞いたけど……。あの声は、烈じゃないな……」
「あれはたぶん、博士の声です」
「ていうことは、神さ……ガイアの博士が帰ってきたって事か?」
緑川さん。今神様って言おうとしました?尊敬してくれるのはありがたいんですが、ちょっと恥ずかしいです。
「帰ってくれば私に話し掛けてくる筈です。おそらく、烈を仲介して博士の声が聞こえてきたんだと思います」
「なるほど、ひょっとしたら烈は、ガイアの博士と似ているのかもしれないね」
「そういえば、いつも寝坊していたような……」
みんなで笑いながら食べるご飯は美味しい。私が生まれた頃、博士が勤めていた研究所で気付いたことだ。それを博士に言うと、いつも笑顔で頭を撫でてくれた。これが幸せなことなんだって思ったときでもだった。
それにしても、私もまだまだ人の感情を理解できてないみたいだ。烈や健太郎さん、そしてアースベースの皆さんが、私にどんどん新しい気持ちを芽生えさせてくれる。私はまだまだ成長できる。これは素晴らしい事だ。
ウゥーーーーーーーー!!!
『街中に巨大な植物が出現!!緊急配備お願いします!!』
警報が鳴った瞬間、私を含めたみんなが一斉に昼食を掻き込んだ。私はGAーXに乗り込み、エンジンを掛けた。
「すまないガイア、グラントレーラーは出せそうにない。何とか頑張ってくれるかい?!」
「大丈夫です!そろそろ弟も来てくれると思います!」
気をつけて!と健太郎さんが送り出してくれた。周りを見ると、技術課の皆さんも手を振って私を応援してくれていた。この人達のためにも頑張らなければ。
ーーーーーーーー
「地球って綺麗だね……」
久し振りに近くで見た故郷は、青くて、緑いっぱいで活き活きして、それはそれは綺麗な場所だった。これが、兄さんの取り戻してくれた、本来の地球なんだ。
「そうですね」
相棒の反応が薄いのはいつもの事。いつも落ち着いていて、どうも気持ちが分かりにくい。だけど最近、少しずつわかってきた気がする。今の「そうですね」は、ちょっと拗ねてる気がする。
「水星もいいところだよ?」
「わかってますよ。暑くて寒くて、地面がボコボコでカッチカチですからね」
ほーら。やっぱり拗ねてる
「拗ねないの」
「拗ねてません。ほら集中してください。そろそろですよ」
今は地上に安全に降りるために、自転と機体の速さを同じくらいにしている所だ。まあ自転と逆向きに進入しない限りは大丈夫なんだけど。やっぱり安全に降りたいじゃない?
それにしても綺麗な星だな。早く降りたくて、ムズムズする。
「着陸先は日本でしたよね?」
「そうだよ!日本のちょうど……あの辺!!」
まだまだ高速で回転する地球目掛けて僕は指を指してみる。
「早すぎてわかりません」
「ほら、……そこっ!!」
「……お任せします」
「もぉ、しょうがないなぁ」
着陸するのは兄さんが教えてくれたアースベースがあるって言う龍神町。僕たちが住んでた家の近くらしい。そういえば兄さん、博士の家はどうしたんだろう?地球を出るときには、もう上の部分が粉々だったから、さすがに上はないと思うけど、僕らが隠れてた地下室は残してるよね?
そうしているうちに、僕の機体は地球の空気に包まれて、赤く熱を帯びてきた。
僕の乗ってるのは飛行機。小さくて運動性能もいいから曲芸飛行もしていて、イルカって異名もあったんだ。僕はこの機体が大好きで、博士と行った航空ショーが今でも忘れられない。
「大気圏突入しましたね」
「楽しみだなー」
「何かしたいことでも?」
「そうだなぁ……。兄さんの手伝いをするのも大事だけど、やっぱり今の人間と仲良くなってみたい。前の地球では博士の知り合い以外関わってこなかったからね。僕と馬が合う人間がいるかも」
「いるでしょうか?」
この言葉も本当の意味は「いたとしても私が最初に合ったんだからね」と僕は解釈する。
「君は僕の最初の友達だよ」
「私はそんなことを言ってるんではありません」
「はいはい」
さて、だんだんスピードが落ちてきた。高度を下げながら、日本を目指す。
ここで一旦、兄さんが連絡してきてくれた位置周辺を望遠鏡でチェックした。
いい感じに発展した街だ。ビルがあって、学校があって、スポーツ施設もあって、大きい植物があって。
……ん?大きい植物?
「なんだあれ?」
もう一度見ると、大きな植物が暴れながら街を破壊していた。
「植物が暴れてますね」
「確認だけど……あれ、敵だよね?」
「新手の解体業者に見えたのなら、私はドン引きします」
「そんなこと言わないでよぉ。ちょっと待ってね。兄さんに電話するから……」
僕は、兄さんに電話を掛けた。
プルルルルル、プルルルルル。
「ヘルメスか、どうした」
電話にでた兄さんは、切羽詰まったような声をしていた。
「兄さん、急にごめん。地球に到着したんだけど……」
「すまない。今、街に巨大な植物が現れたから、現場に向かっているんだ」
「僕も確認できたよ。あの島のやつ?」
「おそらく。経緯はわからないが、植物があの島の力を受けたみたいなんだ」
なるほど。じゃあ兄さんが守りたいっていう人の魂じゃないな。
「手伝っていい?」
「私もまだ本調子じゃないんだ。手伝ってくれると助かる」
「いいよ!成長した僕の力。見せてあげるよ!」
「ありがとう」
僕は、通信を切らないまま、早速さっき見た植物にロックオンした。
「このスピードで突っ込めば街に被害が出ますよ?」
「なら、遠くから狙い打てばいいでしょ。少しスピード落とすよ」
僕は機体のスピードを落とすと、水星から持ってきた物の準備を始めた。
「何を撃ち込むんです?」
「えっとね……。超リラックス弾で!」
「わかりました」
僕は水星でサバイバルしてただけじゃない。この機体も創ったし、化学とか物理とか、ほかにも色々な研究をしてきたんだ。これから撃つのは、ラベンダーの香りを極限まで強めた特製の弾。これを嗅げば、冬眠前の気が立った熊だって、盆栽を壊された雷親父だって、一瞬で笑顔になっちゃうんだ。
「準備できましたよ」
「ありがとう。じゃあ発射ぁ!!」
機体の翼についている小さな筒が、勢いよく飛び出していった。狙いはバッチリ。弾着までは1分少々。
「もしもし兄さん。もう少しで当たるから、その隙を狙って!」
「わかった!」
僕が遠くから様子を観察していると、一台の車が、植物目掛けて走ってきた。
「あれかな?おぉ!!」
車が変形して、ロボットになった。緑色のすらっとした体は、どこか博士が創りそうな形で、少し懐かしい感じがした。
「弾着15秒前」
ロボットはすぐに地面から剣を抜き出すと、植物が繰り出す触手攻撃をバッタバッタと切っていく。
「やっぱり兄さんだ。がんばれ!!」
触手を全部切られた植物だけど、今度は花の部分から種を跳ばしてきた。そんな攻撃当たる筈がない。案の定兄さんは華麗な身のこなしで種攻撃を避けていく。
「あと何秒?!」
「5、4、3、2……」
「兄さん避けて!!」
その瞬間、兄さんは植物から距離を取った。植物の頭上には僕がさっき撃った小さな筒。丁度花の部分に突き刺さると、紫色の煙が、植物全体を包んだ。
「よし!」
植物は動きを止めて大人しくなった。さすが僕だと素直に誉めてあげたい。
その後は、剣を振りかぶった兄さんが植物をズバァっと一刀両断。めでたしめでたしさ。
「よぉし!」
速度もようやく落ち着いた僕は、一直線に兄さんのもとへと飛んでいった。
「じゃ、あとよろしく!」
「了解です」
コックピットハッチを開いた僕は、パラシュートを背負い、意気揚々と飛び降りたのである。
「兄さぁああああああん!!」
「ヘ、ヘルメス?!」
上を見上げて焦っている兄さん目掛け、僕は一直線に急降下していき、パラシュートを開いた。
ふわふわと降りてくる僕を、兄さんは両手をお椀のようにして受け止めてくれた。すぐに僕は兄さんの顔を見ようとしたけど、パラシュートが上から落ちてきたせいですぐには見えなかった。でも兄さんは、そのパラシュートを優しくめくってくれて、顔を見ることができた。
「大丈夫かヘルメス?」
通信とは違う生の声。優しくて強い兄さんが僕の目の前にいる。
「ただいま、兄さん!!」
もう我慢しなくていい。何度も会いに行きたいと思いながら、過ごしてきたこの50億年間。これからは兄弟みんなで、この綺麗な地球で博士を待つんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます