-5-「これで元の世界に戻れるのかな」


   ⑤



「やっ、やったー!」


 ナツキが喜びの声を上げる。

 ヒカルたちの”合体魔法がったいまほう”でティルンを倒すことができたのだ。


「これで元の世界せかいに戻れるのかな」


 地面にしているティルンを見ながら、ナツキは“根本こんぽん問題もんだい”をつぶいた。


「え、あいつをたおせばもどれるじゃないのか?」


「大抵のゲームとかでは、そうだよね」


 ツヨシとヒカルの発言にナツキはあきれ笑いをしてしまった。

 すると――


『フッフフフ‥‥ユルサナイ‥‥ユルサナイ‥‥ボクをこんなフウにするナンテ‥‥ユルサナイ‥‥』


 ドスのいた低く重い声をひびかせて黒焦くろこげになったティルンが起き上がったのである。


『ボクをマジにさせたようだナ。モう、ホンキでユルサナイからナ~~!』


 大気たいきふるえるほどの大きなさけび声だった。


 ティルンは息をはじめる。火球を作った時よりも、大きく長く‥‥まるで全ての空気くうきを吸い込むようだった。


 やがてティルンの身体が風船ふうせんのようにふくらみ始め、最終的さいしゆうてきにはビルのように巨大化きょだいかした。


「あわわわわっ‥‥」


 巨大なティルンにヒカルたちはあわてふためくしかなかった。


『カ~ク~ゴはイ~い~カ?』


 ティルンはヒカルたちに向かって、大きくなった右足をみ出した。


「に、げるぞー!」


 ツヨシのつる一声ひとこえでヒカルたちは後方へとけ出した。どうしようもないものがせまることに対して、逃げるという選択肢せんたくししか無かった。


 先ほどヒカルたちが居た場所をティルンの足が踏んだ。


 ズッシン――と重い音がとどろ地面じめんれ、ヒカルとアヤカはバランスをくずころんでしまった。


 ティルンは、その二人にねらいをさだめて、今度は左足ひだりあしを上げる。


 ヒカルはすぐさま立ち上がったものの、アヤカはまだその場にたおれこんだまま。

 腰が抜けたのか立ち上がれそうにない。


「アヤカちゃん!」


 ヒカルはアヤカのもとり身を起こそうとすると、突然辺とつぜんあたりがくらになった。

 見上げると、ティルンの足の裏が空をおおっていた。


 徐々に迫ってくる足の裏。

 それはスローモーションのようにゆっくりに見えた。だが、ヒカルとアヤカは恐怖きょうふで身体が硬直こうちょくし、その場から動くことができなかった。


 二人はすべもなくまれてしまった。


「アヤカ、ヒカル!」


 ナツキの声がむなしくひびく。

 ツヨシと共に呆然ぼうぜんとしてしまい、その光景こうけいをただ見ることしかできなかった。


『‥‥ンッ?』


 ティルンは自分の足裏あしうら違和感いわかんがあった。

 つぶした感触かんしゃくがなく、足裏あしうらり感があった。


「‥‥あれ?」


 ティルンの足裏あしうらるヒカルたちはつぶされておらず無事ぶじだったのだ。



 おそるおそる目蓋まぶたひらくと、そこには――


魔女マギナさん!」


 魔女が片手でティルンの足を持ち上げていたのだった。


「遅くなってゴメンなさい。ここに来るのに、てこずちゃってね。」


「え、あ、えっ?」


 ヒカルはおどろきのあまりに上手く発声はっせいできないでいた。


 魔女が突然現とつぜんあらわれたことに。そして白くきめこまかな柔肌やわはだ細腕ほそうで巨大きょだいな足を持ち上げていることに。


 足裏の状況じょうきょうが解らないティルンは、完全かんぜんに踏み潰つぶうとして左足ひだりあしちからを入れはじめる。


 それを感じとった魔女マギナ


「たく、うっさいのよ! ヴェンテーゴ・エクスプローディ(突風の爆発)!」


 足を持つ魔女マギナの手の平に風が集まると、それを強力な衝撃波しょうげきはとして放った。


『ウオオオオ‥‥!?』


 ティルンはバランスを崩し、後ろへ勢い良く仰向あおむけで倒れてゆく。


 巨体のティルンが地面に不恰好ぶかっこうたおれると、まるでビルが倒壊とうかいしたかのように大きな地響じひびき共に大量の砂煙すなけむりが巻き起こる。


 その光景にヒカルたちは、これまでの人生の中で一番というほどに驚愕きょうがくしていた。


 魔女マギナにとっては道端みちばたの石ころをほうてたようなものだっただろう。

 特に気にすることはなくヒカルに話しかける。


「大丈夫だった、ヒカル?」


「え、あ、う、うん‥‥。い、一応‥‥」


「それは良かった。あら、アナタは?」


 尋常じんじょうではない現状げんじょう身体からだふるわせているアヤカの視線しせんを向けた。


「あ、そ、その‥‥」


 これまでの出来事についていけず声を出せなかった。

 代わりにヒカルが答える。


「そ、その子は菊池綾香きくちアヤカちゃん。クラスメートで、魔女さんに紹介させてあげたかったんだ」


「あら、そうなの。初めまして」


 魔女はニッコリとアヤカに微笑みかけた。

 その笑顔えがお緊張きんちょうやわらぎ、アヤカの身体の震えが止まった。ヒカルもまた魔女マギナあらわれてから安堵あんどしていた。


「待ってなさい。すぐにここから‥‥」


『グああああああああ!!!』


 魔女マギナが話している最中さいちゅうにティルンが上半身じょうはんしんを起こし、辺りを確認かくにんすると自分の足元に見慣みなれぬ人物(魔女)を見つける。


『イタタタタ、な、なんダ? なんダ、オマエハ? どうして、ここニ? オマエなんカ、ヨんでナイゾッ!』


「本当、苦労くろうしたわよ。誰かがつくった世界への侵入しんにゅう結構けっこうむずしいんだから。まぁ、ナツキの携帯電話に私を自身を転送させてなんとかして、ここにいる訳だけどね」


 遠巻とおまきで魔女マギナの話しが聞こえていたナツキは自分の携帯電話けいたいでんわを取り出すと、ディスプレイには『魔女』と表示ひょうじされており、着信ちゃくしんを受けていた。


 さらっと理由を説明したが、もちろんヒカルたちの頭の上に「?」が浮かんでいた。


『ナ、ナニモノダ‥‥オマエハ?』


「そうね‥‥」


 魔女マギナはちらりとヒカルの方を見てから言葉を続けた。


「ヒカルからは“魔女まじょ”と呼ばれているわ。勿論もちろんまぎれもい事実だけどね」


『マ、マジョ? オマエガ!?』


「そういうアナタは何者なにものなのかしら? と言っても、だいたい正体しょうたいは解っているけどね」


「魔女さん、あれが一体何なのか解るの?」


 ヒカルの問いかけに魔女マギナが答える。


「あれは何というか、悪魔あくまのような天使てんし存在そんざいみたいなヤツよ」


「悪魔のような天使の存在?」


「そう。あれはおのれが良いと思っていることを徹底的てっていてきに押し付けてくる、やっかいな存在そんざいよ。自分が良いと思っても他人たにんにとっては悪いこともある。今回もそんな感じじゃないのかしら、この子(アヤカ)を助けたつもりなんでしょう」


 ヒカルたちの視線しせん一斉いっせいにティルンへ向ける。


『ソウダヨ。セッカク、ボクがクルしんでいるアヤカをスクってあげたのに、こんなシウチをするなんテ!』


「何言っているんだが。くるしみを解放かいほうするためにたましいを吸いだして、こんなつくものの世界に閉じ込めるのは、本末転倒ほんまちてんとうなのよ」


『ウルサイ! ウルサイ! ボクのオンをムダにするヤツなんて、キライだ!』


 いか心頭しんとうのティルン。

 魔女マギナ我関われかんせずに、ぐようにはなをひくつかせる。


「所でアナタ。あのキメラと同じ匂いとオーラがするわね。もしかして、あれに関与していたのかしら?」


『キメラ?』


「ええ、いぬへび合成ごうせいして生成せいせいした生物せいぶつのことよ。ごぞんじない?」


『ああ、アレのことカ。そうだヨ。アレは、ボクがチカラをカしてあげたんダ! スゴイだろウ!』


 ティルンの言葉に当事者であるナツキが反応はんのうする。


「え! それって、トッティをあんな化物ばけものにしたのって、あいつの所為せいなの?」


 トッティキメラの犯人はんにん判明はんめいし、魔女マギナ微笑ほほえんだ。


「だったら、そこら辺をくわしく‥‥」


『アー、モー、ウルサイー! モウ、クタバレ!』


 ティルンは背中せなかの小さなはねをトンボのごとばたかせて、浮上ふじょうする。


 巨体きょたいき上がさせるためにはげしいかぜが巻き起こり、ヒカルたちは吹き飛ばされそうになる。


けそうにないわね。仕方しかたないか。ヒカルたちは、その場にせておきなさい!」


「う、うん!」


 言われた通りにヒカルは地面じめんせた。


 魔女マギナ強風きょうふうにもかかわらず直立不動ちょくりつふどう雄々おおしい姿勢しせいを取っていた。


 ヒカルたちは、その魔女マギナ姿すがたを、ただ見守みまもるように見つめるだけしかできない。


『グオオオオッッッッ!!!!!』


 ティルンはえるようにさけぶと大気たいきがビリビリと振動しんどうし、ヒカルたちをふるわす。


 口を大きく開き、黒い火球かきゅうを作り出す。巨大化きょだいかともないい、火球かきゅうも大きく‥‥まるで|太陽《》のようにも見えた。


 ヒカルたちは火球かきゅうねつはだけるようだったが、すずしい表情ひょうじようで黒い太陽を見つめる魔女マギナ


 魔女マギナ右腕みぎうでたかかかげ、


地獄じごくかえりなさい‥‥。シジェーロ《元なる場所へ》!」


 そう呪文じゅもんとなえると地面に広大こうだいな光の魔方陣まほうじんかび上がった。


 その魔方陣まほうじん回転かいてんはじめ、


『ナ、ナンダ、コレは? ス、吸い込まれる?』


 ティルンを吸い込み始めだした。

 まるで魚を焼いた時に発生した黒いけむりが、換気扇かんきせんに吸い込まれていくように。


『ソ、ソンナ、セッカク、ヨバ‥‥』


 やがてティルンの身体の全てと黒い火球かきゅうまでもが魔方陣まほうじんの中に吸い込まれていった。


 場に残ったのは魔女マギナ、ヒカル、ナツキ、ツヨシ、アヤカの五人。


 呆気あっけない幕切まくぎれに、しば呆然ぼうぜんとするヒカルたち。

 一呼吸ひとこきゅうついたところで、魔女マギナそばにいたヒカルが口を開く。


「ま、魔女マギナさん‥‥今のは?」


「簡単に言えば封印。もうちょっと詳しく言えば、あの子を元の世界せかいかえしただけよ」


「かえす?」


「そう。ご想像通そうぞうどおりに、あれ(ティルン)はこの世のモノではないわよ」


「‥‥なんで、あんなモノが現れたのかな?」


「ん~。一概いちがいには言えないけど、もしかしたら私が影響えいきょうしているかもね‥‥」


「えっ!? それって‥‥っわ!?」


 その言葉の真意しんいこうとしたら、地面じめんはじめ、継続的けいぞくてきに揺れ動き続ける。


「な、なに、地震じしん? 今度はなにが起きるの?」


「大丈夫よ。ヒカルたちは喚ばれただけだから、元の世界に戻ることは出来るわよ‥‥多分」


「多分って‥‥」


 魔女マギナ言葉ことばでも流石さすが不安ふあんがよぎるヒカル。


「ただ。私の場合はそうは行かないけどね。あ、そうそう。忘れないうちわたしておくわね。はい!」


 魔女マギナは後ろかみに手を入れて取り出したものをヒカルに手渡てわたした。

 それは小瓶こびんで、中には液体えきたいが入っていた。


「これは?」


「エリクサーよ。何でもなおせる霊薬れいやくってヤツね。元の世界に戻ったら、その子(アヤカ)にませなさい。体調面たいちょうめんかんしてはのろいとかのたぐいではないようだから、それを飲めばあっという間に良くなるわよ」


 魔女マギナはアヤカに視線しせんける。


 アヤカは先ほどの光景や目の前にいる謎の女性(魔女マギナ)に対して、どうしたら良いのかだまって見ているだけだった。


「ヒカルー! 魔女マギナさーん!」


 地震じしんが続く中、ナツキたちがこちらへやってくる。

 すると空がゆがみだし、辺りの地面が崩れていき、ナツキたちは地割じわれに飲み込まれてしまった。


「「あっ‥‥きゃああああああああ!!!!」」


 悲鳴ひめいをあげながら奈落ならくそこへと落ちていくナツキたち。


「ナツキちゃん! 火野くん!  ま、魔女マギナさ‥‥!?」


 魔女マギナに救いを求めようとしたがヒカルとアヤカの地面じめんくずれてしまい、


「「うわっっっッッーーー!!!!!」」


 ヒカルたちは各々悲鳴おのおのひめい奇声きせいじった声をあげながら底へと落ちていく。


 次第しだいに光が届かなくなり闇に包まれていくと、ヒカルの意識が遠のいていった。


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