-3-「ボクはボクのままにソンザイしているんだヨ」

   ③



「‥‥うっ…あ‥‥んっ!?」


 ヒカルは目を覚ましたと同時に、まるで物酔ものよいをしたような不快感が襲ってきて、思わずきそうになってしまった。


 となりに居たナツキも同様の症状しょうじょう見舞みまわれていたが、ツヨシだけが平然へいぜんとしていた。

 おそらくツヨシは車酔いをしないタイプなのだろうか。


「おい、大丈夫か?」


 ピンピンとしているツヨシがヒカルたちの身を起こして気遣きづかう。


「だ、大丈夫‥‥。じゃない、ね、これは‥‥」


 最悪の気分だった。


 頭や身体の中がフラフラグラグラする中、ヒカルは辺りの様子を伺うと――そこには色とりどりの花が咲き乱れていた。


 どこかで見た光景。


「ここって、あの魔女マギナさんの花園みたい、だけど‥‥」


 だが、秘密の花園あそこと比べて少し肌寒はだざむく、咲く花はいかにも人工的な感じ‥‥言うならば百円ショップで売っている造花ぞうかのようなものだった。

 どことなく不自然さを感じていると、


「な、ナツキちゃん?」


 自分の名前を呼ばれたナツキ、そしてヒカルたちも一斉に声がした方を振り返ると、パジャマを着た菊池綾香きくちアヤカが立っていたのだ。


 すぐにナツキがアヤカの元に駆け寄って案じる。


「アヤカ! 起きて、大丈夫なの?」


「え、どういうこと? それに、なんでみんなが‥‥」


 ナツキの他にヒカルやツヨシが視線に入ると、急に赤面するアヤカ。しかも今、自分がパジャマ姿なのもあいまってずかしさが加増かぞうしていた。


「何でここに、って言われても気がついたら、ここに居たとしか‥‥。ねえ、アヤカ。ここは一体どこなの?」


「え? それは‥‥」


 どう説明しようかと言葉にまるアヤカ。アヤカも、この場所がどんな場所なのか理解していなかった。

 すると突然辺りに声が響いてきた。


『ソレは、ボクが、ヨんでアゲタんだヨ』


 アヤカの部屋で聞こえてきた声だ。

 ヒカルたちは辺りを見渡したが、その声の主は何処どこにも見当みあたらない。


『キィヒヒ‥‥。ウエだよ、ウエ!』


 小馬鹿にしたようなあざ笑う声が上空から聞こえた。


 ヒカルたちが空を見上げると“黒い物体ぶったい”が小さな羽を必死に羽ばたかせて宙に浮いていた。



『アヤカがヒトリじゃ、サビしいとイうから、アヤカのおトモダチをツレテきてあげたんだヨ。それにキミたちもアヤカにアイタかったみたいだしネ』


 謎の生き物はゆっくりと降下していき、ヒカルたちの前へと降りてきた。


 それは――丸いフォルムで可愛らしい二頭身。大きな頭、大きな白目、大きな口。頭部には二つの角のようにでこっているのがポイントだろうか。まるでぬいぐるみのようだった。


 その姿すがたは明らかに地球上ちきゅうじょう生物せいぶつではない容姿ようし。あまつさえ言葉を話している。


「あなた‥‥一体、なに?」


 ナツキは心に浮かんだ感想を、そのまま言葉にした。


 得体えたいの知れないなぞ生物せいぶつは、大きな口でニヤリと笑う。


『キィヒヒ‥‥。ボクのナマエは“ティルン”だヨ。ボクがアヤカのクルしみからタスケてあげたんダ』


「助けた?」


『そう。アヤカがクルしんでいたから、ボクがこの“セカイ”にツレテってあげたんダ。ココにクれば、スベてのクルしみから、カイホウされるからネ』


 ナツキは横に居るアヤカを見る。

 さっきまでベッドで苦しい顔で寝ていたアヤカが、こうして何事も無く普通ふつうに立っている。


 このティルンという生物が言っていることは正しいのかな推察すいさつしていると、ふと“あの人”のことが浮んだ。


「アナタ‥‥。もしかして、魔女マギナさんと関係あるの?」


 ナツキの問いかけにヒカルも同意どういしたが、どこか釈然しゃくぜんしなかった。


 魔女マギナが関係することは、いつも“不思議ふしぎ”にあふれていた。だが、ティルンを見て感じるのは“不気味ぶきみ”だった。


 “不思議”と“不気味”似て非なるものである。


『マギナ? ダレだいそれハ? ボクはティルン。ボクはボクのままにソンザイしているんだヨ』


「え、そうなの」


 素っ気ないナツキの返答へんとう

 魔女マギナとの出会いで不思議に対する許容範囲きょようはんいが大きくなっているようだ。


「だったら、悪いけど私たちを元の世界に戻してよ」


『エっ~! イマ、キミたちのセカイにモドったら、またアヤカがクルしいオモいをするじゃないか。ここに居ればエイエンにクルしみをアジわうことナいヨ。それに、タノしいこともイッパイだヨ!』


 ティルンが手をかざすと、遠くに観覧車かんらんしゃやジェットコースターなどの遊園地にあるようなアトラクションが出現した。

 しかし、それらをよくよく見ていると幼稚園児ようちえんじが描いたようなぎこちない形をしていた。



「なんだあれ? あんなショボイもので遊べって言うのかよ」


 ツヨシが率直そっちょく感想かんそうべて、続けてナツキも発言ハツゲンする。


「別にこんな所で遊ばなくても良いから、元の世界に戻して。アヤカに魔女マギナさんを会わせたいんだから」


 ナツキたちの言葉に、


『ム~! モンクをイうなヨ! セッカク、ボクがクルしみからスクって、タノしませるタメに、キミたちをここにツれてきたのニ!』


 ティルンはたけくるい、いかりをぶちまけた。そして、


『モウイイ、キミたちなんてコウだ!』


 ティルンは大きく息を吸い込み、ほほが風船のように膨らみ――勢いよく息を吐き出すと黒い炎となり、ヒカルたちを襲う。


「「「うわわぁぁぁーーー!」」」


 せまほのおに思わず身構みがまえるヒカルたち。

 しかし、火傷やけどをするようなあつさをかんじなかった。


 おそるおそる目蓋まぶたを開くと、ヒカルたちを光の球が包みこんでいたのである。


「なんだ、コレ?」


 ツヨシがつぶやく。


 光の球はバリアとなり、黒い炎からヒカルたちを守ってくれていた。

 その光源は、ヒカルたちの真ん中にいたツヨシのポケットから強い光が発せられていた。


 ツヨシはポケットの中を探って取り出したのは、昨日魔女マギナから貰った綺麗きれいな石‥‥水晶すいしょうだった。


 ふとナツキは思い出す。


「そういえば魔女さん。それをお守りとか言っていたよね。それで‥‥」


 言葉の通り、水晶はヒカルたちを守ってくれている。これがあれば、この状況でも少しは安心出来ると思った。


「そうだヒカル、魔女さんから貰った水晶は?」


「え、持ってないけど‥‥」


「なんで?」


「えっと、帰ったら机の引き出しの中にしまったけど‥‥。そういうナツキちゃんは?」


「私も‥‥」


 ヒカルとナツキは水晶すいしょうがあまりにも綺麗きれいだったので失くしてはならないとして、大切たいせつに机の引き出しにしまっていたのであった。


 ツヨシが持っていた理由は‥‥昨日と同じ短パンをいていたからだ。


 何はともあれ――そのおかげ現状げんじょうは助かってはいるが、ティルンはずっとほのおの息を吹き続けており、ヒカルたちは光の球から出ることは出来なかった。


 まさに手も足も出せない状況だった。いつまでも、この中で避難ひなんが出来るものでもない。


 たまらずツヨシが、この危機的ききてき状況じょうきょう打破だはするためにヒカルたちに話しかける。


「おい!あいつをなんとかしないと、このままじゃ俺たちがヤバイぜ!」


「なんとかするって、どうするのよ!?」


「なに言ってるんだよ。こういう時にこその魔法を教わっただろう!」


 ツヨシはこれ見よがしにドヤ顔を向ける。


「ああ、悪いヤツとかに襲われた時に‥‥」


「よし、だったら行くぞ! 水原、ヒカル!」


 ツヨシたちが魔女から教わった電撃の魔法を唱えようとすると、ティルンは炎の息を吹けども吹けどもヒカルたちに届いていないのを見て、


『さっきからナントモないなんて。クソ~! なら、コレはどうダ!』


 ティルンがガバっと大きく口を開くと、口の周りに炎が圧縮あっしゅくされていき、大きく黒い炎の球が形成けいせいされていった。


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