第55話「事情」
「美味しかったあ」
「本当ね」
華やかな都の繁華街で名店の料理――何より久しぶりに四人で集まった時間はやはり楽しくて、珪成の声にもそれが表れていたから、つられるように楓花は浮かれた声を上げたのだけれど――。
「ぼやぼや歩くな! 呆けた顔をしてるとヤバいやつらに目をつけられるだろうが!」
「気をつけて。人混みには
開開楼を出たとたんに後ろから畳みかけられ、明るい初夏の日差しに浮きかけていた両足を、がっちりつかみ取られた感じがする。夢のような時間を容赦なく現実に引き戻され、楓花はがっくりと肩を落とした。
そんな楓花に気づいているのかいないのか、隣の珪成はにこにこ顔で真後ろを振り返り、
「ごちそうさまでした医生」
「いえ、これはあなたへの報酬ですから」
私は何にもしてないのですが……楓花も背後を振り返って礼を言ったものの、なんだかいたたまれずにさらに小さくなっていると、正面の珪成を向いていた志均がふいっと目を流してきて、
「私たちはまあ、里帰りというところですかね」
「帰りたいと言った覚えはないんだが。むしろ来なくていい」
冷やかな声は琉樹である。
「もう、大兄ってば。またそんなこと言って」
なんだかんだ言ってガッツリ食べてたじゃん! 思いつつ、楓花は真後ろの琉樹に身体ごと向き直って軽く睨み上げるが、琉樹はふんっと横を向くばかりである。
「でもさすが名店、味はもちろんですが見た目も綺麗で……。あの、菊の花にみたてた蕪、本当にびっくりしました。実は本物の花なんじゃと思いましたけど、歯ごたえも味は蕪の甘酢。すごいですよね、あの細工!」
「本当ね。筍の亀はかわいかったし」
「分かります! 出てきた瞬間、思わず笑顔になっちゃうかわいさでしたよね」
「そうそう!」
「楽しかったようでなによりです。また……といいたいところですが、なにせ絶交されてる身ですから。――次の依頼もいただいてはいますが、お断りするしかないですよね……」
志均が隣に目を流しながら、これみよがしにため息をつくと、珪成が二人の間に割り込むように琉樹に駆け寄って、その短袖をぎゅっと掴み、
「それは困ります師兄、僕もっと稼ぎたいんですから!」
らしくない言葉に三人が「え?」と声を漏らし、その思いを代弁するように琉樹が怪訝な声を上げる。
「おいおまえ、何に使うつもりだ。今回の収入も結構高額だろうが」
答えは明朗だった。
「寺を直したいんです! 床が抜けたり雨漏りがしたりで大変なんですよ。とりあえず今回の収入で老師の坊室の床をはり直します。お怪我されないか、毎日心配だったんです。あとは大宝雄殿の屋根も直したいですし、山門の扉も。ね、お金が必要でしょう?」
「……。おまえ、なんてできたヤツなんだ」
「本当ですね、とても真似できません」
並び歩く琉樹と志均が、揃って首を振り、しみじみと呟く。そして、
「ですが――実は私も欲しいんですよ」
そんなことを言い出した志均に、琉樹は驚きとも非難ともとれる声を上げ、
「おまえあれだけ儲けて、いい家に住んでるくせに、これ以上何が望みだって――」
「引っ越したいんですよ」
「え?」
その答えに、今度は組み合わせの違う三人がまたしても声を揃える。志均は眉間にくっきり皺を刻むと、
「今の家は、家宰が手配した杜家の持ち家の一つですから。こっそり用意したと言っていましたが、父の言いつけだったということでしょう。ヤツが我が物顔でやってきたあの日まで、そんなことにも気づかなかった自分の浅薄さに腹が立つ。勘当された身で情けを受けていたなんて恥ずかしい。そう思ってしまってからは、あの家にいることが苦痛で仕方ないんです。ヤツが踏み入れた亭台にはとても行けないし――馬鹿が
憎々し気に吐き出す志均の言葉に、三人は揃って「うわあ」という引きつった笑みである。それに気づいたか、志均は軽く咳払いをすると声を改め、
「何より、意味なく広くて鈴々たちも大変ですしね。実は――いい
「隣じゃないですか!」
上げられた南街の坊名に驚きと喜びがないまぜの声を上げた珪成に、志均は柔らかく笑いかけ、
「ええ。だからいつでも遊びにいらっしゃい」
「はい!」
「待て待て待て、いつの間にお前らそんなに仲良しなんだ。許さんぞ!」
「言ったでしょ、選ぶのは珪成だって。それに楽南に居ないのが悪いんですよ。ね、珪成」
「そうです!」
珪成は責めるような眼差しで琉樹を見上げながら、何度も頷いてみせる。
そんな三人の様子をよかったーと思いつつ、ちょっとうらやましいかもと思いつつ、楓花は前に向き直って歩き出した。
ふうっと大きく息を吐いたそのとき――突然、目の前に勢いよくぶっ飛んできたものがあった。
思わず息を呑み――「きゃあっ!」
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