第11話「覗き見」

「おお、そこだそこだ」

 人で賑わう南市にやってきたのは、琉樹りゅうじゅ珪成けいせいの二人である。

 琉樹が指差したのは、居並ぶ店舗の中で一際こじんまりとした一軒の店。軒先にかかっている『茶』と白抜きされた幟の赤色がまだ真新しい。

「うわあ、なんだか賑わってるお店ですねー。あ、また一組入りましたよ」

「開店したばかりの話題の店らしいからな。さ、俺たちも急ごうぜ」

 二人が早足で店内に入ろうとしたところ、先ほど入っていった二人連れが「仕方ない、また今度来るか」とため息混じりで店から出てきた。

 店内を見れば、衝立で仕切られた席それぞれが、どこも埋まっているように見えた。通路を行き来する給仕たちも注文をとったり品物を運んだりと急がしそうだ。

「いっぱい……みたいですね師兄」

「そのようだ。ちょうど茶の時間だしな。しゃーねえ、他の店行くか」

 店内を見渡した兄弟がそう顔を見合わせ、踵を返しかけたとき、

「あっ、お客様、お待ちください! 席がご用意できてますので!」

 駆け寄ってきた店の店主らしい中年男に引きとめられた。

「え? でもさっき出て行った人が……」

「いや、お客様は運がいい! たまたま、本当にたまたま今、席が空いたんです! さ、ささ!」

 珪成の疑問の声を掻き消すほど、店主の声は大きい。なんだかよく分からないまま、二人は店の奥よりの席に案内された。


「あ、来たみたい」

「しっ!」


 衝立越し、「運がよかったですね」「日頃の行いだろ」と聞きなれた声がやりとりするのが聞こえてきて思わず声をあげた楓花ふうかを、志均しきんは短くとどめて、口元に長い人差し指を立てた。

 ごめんなさい、とばかりに肩を竦める楓花。今度は声をひそめて、

「でも志均さま、どうして私たち隠れてるんですか? 早く姿を見せたほうがいいと思うんですけど」

「まあまあ、久しぶりの兄弟水入らずですから。邪魔は野暮というものですよ」

 実はこの志均、兄弟が大宝雄殿に入るなり、老師に「久方ぶりの兄弟再会ですから、ゆっくり楽しんでください。ただし余り遅くならないように我が家に来てください」と言付けを頼むと、大急ぎで家に帰った。そうして向かいに住む楓花を伴ってここに先回りしたのだ。自分たちの席を確保すると、店主に金を握らせて、隣の席を「予約席」としてずっと空席にさせた。「目つきの鋭い胡服の青年がかわいらしい總角あげまきの少年を連れてくるから、彼らを案内するように」と言いつけて。

「どうかしましたか?」

 いいのかなこんな覗きみたいな真似……心はざわつくばかりだけれど、口だけで動かして、にっこり微笑む対面の婚約者に抗うことは、できない。どうしても。「思ったことは言ってください。もう遠慮するような間柄ではないはずです」と何度も言われたけれど、それは、無理だ。それはきっと大兄も同じ。


 だって、志均さまは……。


 知らず自分が俯きがちになっていることに気づき、慌てて顔を上げる。そうしたら案の定、志均が少し顔を強張らせて自分を見ていた。『楓花が俯いているときは、あんまりよくないことを考えているときですよね』その声が鮮やかに耳の裏に響く。楓花は慌てて、

「知りませんよ。悪口言われるかもしれませんからね」

 楓花は胸前で手を合わせながら身を乗り出し、子供のやんちゃを咎めるような上目遣いで志均にささやく。すると志均は笑って、

「それはいやだなあ」

 やっぱり身を乗り出して、笑顔でささやき返してくる。

 またしても距離が近い。頬がカッと熱くなる。いまさらながら自分の大胆さというか浅はかさに呆れながら、楓花の心音は一気に高鳴る。

「――ご注文は以上ですね。では、お待ちください」

 衝立越しで続いていた注文が止む。女給が立ち去り、しばし訪れた隣席の沈黙に、志均はついっと身体を元に戻した。な、なんで私ばっかりこうもドキドキするんだろう……思いながら楓花も気まずく身体を戻した。 

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