第12話「場違い」

「よかったですね。人気のお店にすんなり入れて。今からお店探すとなると、大変でしたもんね。あんまり遅くなると、師兄が医生せんせいのお宅に行くのが遅くなっちゃいますから」

「……俺は、あいつの家に行くなんて一言も言ってないんだが」

「ダメですよ! 医生はご自分も積もる話があるに違いないのに、僕が師兄とゆっくり話せるようにって気を使ってお帰りになったんですよ。師兄を医生のところに送り届けないと、僕は医生に申し訳が立ちません!」


 断固たる珪成の口調が、隣の席まで聞こえてきた。志均は笑いと嬉しさを噛み殺しながら茶を口にしている。楓花は声になりそうな笑いを押さえるため両手で口元を覆いながらも、相変わらず立派なコだなあ……心中で感嘆する。

 

「『面倒臭い』とか何とか言って、師兄は信心深い。ずっと手を合わせておられた」

 さて、楓花と志均の衝立を挟んだ隣では、簟(竹製の筵)に座った琉樹と珪成の兄弟二人がつくえを間に、向かい合っていた。

「別に。悪趣味に誇大で金晃々きんぴかじゃない、あの大日如来像が気に入ってんだ。破れ寺の本尊とは思えない。いい顔をしている」

「やはりそう思われますよね。柔和で気高いお顔をされてて、拝する度、心安らぎます」

 喜々として言う珪成に、琉樹は目を細める。そこへ童子が白い磁器を二つ運んで来た。満たされた丹色の液が爽然と香る。勧められるまま口をつけた珪成が、思わず声を上げた。

「甘い。それに清々しい――おいしい」

「分かるか、福州産の上物だぞ」

 嬉しそうに琉樹は言う。

 現在は副都たる楽南であるが、先の王朝では首都と定められていた。その折に行われた一大事業、南の長江と城内を二分する楽水の本流たる黄河を繋ぐ渠水(大運河)開削により、楽南には各地の産物が集まった。福州は長江流域にある茶の一大名産地である。

「でも」

 茶碗を持った珪成の笑顔が、少し曇る。

「何だか――僕、場違いな気がします」

 衝立を挟んで隣にいる珪成の消え入りそうな声は、楓花の耳にも確かに届いた。

楓花は手にある茶碗をまじまじと見た。ここ数日、元弘寺に通い詰める自分に珪成は毎日茶を出してくれた。客用茶碗だったのだろうが、ざらついた厚手のもので、この薄手の滑らかな茶碗とは明らかに違う。

 周囲の客も皆、こざっぱりした衣装を着た者たちばかりだ。そういう中で暮らし始めて三年が経つ今になっても、自分は場違いだという思いは常にある。だから珪成の言葉は、すごく分かる。本当に、もの凄く。

 だけど――彼が悪いわけじゃないのに、こんなにいいコなのに、なんでそんなこと思わないといけないの――楓花がひそかに唇を噛んだ時だった。

「いーんだよ、たまには」

 琉樹の声。

「別に無銭飲食するつもりもなければ、やましい金を払うわけじゃない。何も恥じ入ることはないんだ。俺たちは何にも、悪いことなんかしてないだから」

 声音には強さが籠もっていた。

 そう、そうだよね大兄! 声をあげたくなって、知らず茶碗を持つ手に力が入る。はっとして目を上げると、正面の志均が黙って自分を見ていた。楓花は慌てて、茶を口に運ぶ。すっかり温くなっていた。

「それに、普段は耄碌爺の相手ばかりなんだ、たまにはいいだろ。それに滅多に会えないんだから、会ったときくらいは師兄らしいことさせろ」

 一転、優しい声を出す琉樹。

 きっと言いながら珪成の頭を優しく撫でて、珪成はそれは嬉しそうに笑っているんだろうな……。

 そこで琉樹の声が改まった。

「ところで――最近何か変わったことは?」

「――そうですね、まずは老師のお呑みになるお薬が増えました」

「つまらんことはどーでもいいんだよ。どーせ飲み過ぎ遊び過ぎだろ」

「凄い! どうして分かるんです」

「顔見りゃ分かる。もう知命ごじゅうだっていうのに、まだ惑ってやがる、あの賊禿。他には?」


「あとは――最近事件が続いてるんです」


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