東側廊下 ―トイレ前―

  




 中から何度か悲鳴が聞こえた。


 一志が、風の音にもいちいちびくびくしているようだ。


 ようやくトイレから出てきた二人に美弥はきいた。


「どれがいい?


 一、これは夢である。


 二、これはどっきりである。


 三、これはタイムトリップである」


 指を三本立てて、他にもあるならどうぞ、と言う美弥に、浩太はうーん、とあなる。


「二がいいんだけど、大掛おおがかりすぎるから。


 微妙びみょうに一、微妙に三かな。


 タイムトリップあんが出てきた根拠こんきょは?」


 そう問われ、美弥は便所べんじょ、と書かれた木のプレートを指差ゆびさす。


校舎こうしゃもだけど、書かれてる文字も新しくて鮮明せんめいだわ。


 これ、今の旧校舎じゃないと思う」


「まあ、おおむね賛成さんせいだけど。


 ……それにしても、生徒が居ないね。


 夕方だから、たまたま全員早く帰ったとしても、先生も居ないのは変だよ」


「夏休みかもよ」


「でも、当番の先生はいるんじゃない?」


「日曜日は居なかったよ。

 僕が忘れ物とりに来たとき」


 わらわらとそれぞれの意見いけんが出る。


「それにしても、どうやったらもどれるんだろう?」


 誰ともなくつぶやいた。


 だが、そのつぶやきに、美弥は、

「それってなんか変じゃない?」

と言う。


「え―?」


「だってさ、謎を探りにきたんでしょ、わたしたち。


 状況じょうきょうが変わったとはいえ、すぐに、さあ帰りましょっての、なんか変じゃない?


 それなら、最初から来なきゃよかったんじゃない。


 って、いつもわたし、テレビとか見てて思うんだけど」


 怪奇ものなどで、謎を解くために建物に入り込んだはずなのに、いつの間にかそこから逃げ出すことが一番の目的になっていたりする。


 じゃあ、最初から入らなければよかったのではないかと思ってしまうのだが。


「でもそうね。

 美弥の言う通りかも」


 一美が口を開いた。


「たしかに、ここから帰りたいけど。


 こうなった以上、帰りの手段を探すことも、最初のいきおいを思い出して楽しもうよ」


「また一美はっ!」

と一志が悲鳴ひめいに近い声を上げる。


 笑い出したみんなに、美弥は、ほっとしていた。


 予感があったからだ。


 これが最後かもしれない。


 こんな風にみんなで、なんのわだかまりもなく笑い合えるのは。


 これが誰のどんな意図いとによって始まったことなのかもわからない。


 誰かの悪意あくいによって誘い込まれた場所なのかもわからない。


 いずれにせよ。


 この先にあるものは、自分たちがもっとも見たくないものなのではないかという予感よかんが美弥にはあった。


 だったら今を楽しみたい。


 たとえ、それがどんなにおそろしい状況じょうきょうで。


 この先にどんなことが待ち受けているとしても。


 美弥は誰にも見えないよう、小さくこぶしにぎりしめた。






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