最終話 2つ目の指輪

 海水で縮んだ皺を蒸気で何とか伸ばした東儀は、ある場所で立ち止まった。

 黒光りする装甲フレーム、ひんやりと冷たいそれに彼は手を置いて娘の名を呼んだ。


「全部終わったぞ、


 彼の目の前には、動作を停止した戦術機BR-101。

 人型だが、他者が見れば異常な光景に見えるだろう。


「お前が戦った機体、BR-202って言うんだな。"未来人"どもが口を揃えて言っていた」


 ――まぁ、この言い方は臨時都議会で禁止されたんだがな。 


 UHEMPは、混乱した人々に冷静さを取り戻させ、戦術機体を一網打尽した。

 その際に地下大農場や浄水施設などのインフラにも多大な影響が出たのは言うまでもない。


「あの時、発電所で見た映像を流したんだ。外国人彼らは日本が好きだから戦場となっても日本から離れなかった。そいつらが作った映像だからな」


 東儀はどこか不自然な独り言を『娘』に向け続ける。

 娘の遺体は瓦礫に埋もれたのかどこにも見当たらなかった。


 東儀はコートの内側に手を持って行った。


「何、煙草じゃねぇよ。約束だからな」


 張りぼてのケースを開け、中の指輪を彼女に見せ、その傍らに置いた。


「お前は覚えてるか分からないが、この指輪な」


 東儀が左薬指に2つ付けている指輪。雨儀を産んですぐに死んじまった妻との結婚指輪と、そして、もう一つが雨儀から貰った"婚約指輪"だ。

 当時、自分の母がいないことを疑問に思った雨儀が、だったら私がお父さんのお嫁さんになると小遣いで買ったもの。彼女は指輪を2つ買うことを失念しており、結婚指輪から婚約指輪に格下がりしたのだ。


「あんときお前は、母さんと自分が似ているから僕が結婚したくなるのは当たり前と言っていたんだっけ」



 ――司令官。解散式の時間が迫っています。



「もう、そんな時間だったか。こうして下柳君に呼ばれるのも最後かな」


 これで良かったんですかね。下柳は顔を伏せ、躊躇いがちに言った。


「良かったかは僕に聞かれても困るなぁ。これから起こることの何処までが"結果"に入るか、分からないからね」


 それでも。言葉を紡ごうとした下柳に東儀は重ねる。


「軍が政治に絡むと碌なことにならないって、僕ら日本人なら誰でも知っていること。これは常識的判断だよ」


 "解放軍"は臨時都議会の発足と共に解体が決まり、本日中に行われる。

 これからは、"元軍人"と"未来人"で一つの政府を運営するのだ。


「顔をあげるんだ、下柳。これからは治安維持隊としての仕事が残っている」



 ――救助活動と並行して、豊洲をとっちめる準備をしなきゃな。散った仲間に顔向けできるように。



 松葉杖で立ち上がった東儀。彼のインカムは青く点滅をし続けていた。



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エクスターナル・ブレイン たまかけ @simejiEgg

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