第6話 思想

 BR-101を調べた後、雨儀は、会議らしきものに参加していたトーギと合流し、アジトを案内してもらうことになった。


「貴方の部下って無能な人が多いと思ったけれど」

「恥ずかしいところを見せたな。豊洲のことだろ。だか、彼も仕事はうまくやる。少し思うところはあるが、僕が自分にかかる責任を恐れて、使うべき人を使わないのは本末転倒だからね」

「狂犬でも手懐けて番犬に仕立てあげるってこと」


 雨儀は少し脇道にそれて質問をした。本当は、ぽっと出の雨儀を警戒する様子があまり見られないことに対して言いたかったのだが、気になったことを優先したのだ。


「手懐ける必要はどこにもないよ。というか、手懐けちゃったらそれはもう狂犬とは言えないし、もし手懐けられるなら僕一人の"神"と"その他"で組織は成り立つだろ。僕は、組織のルールとありかたを唱えるだけで、処罰はしない。あまちゃんだね」

「もし狂犬が反乱を起こした時は」

「誠意ある対応を見せるさ。背広姿でごめんなさいじゃなくて、組織の"これから"を考えた対処をね。十字架を背負わされるのは、その後がいいんだけど、いつでも背負う心づもりはしているつもりさ」


 雨儀はトーギを見た。彼は顔を前に向けたまま、何処かを見ている。


「貴方どこかで会ったこと……」

「雨儀さん、雨儀さーん」


 雨儀が古い記憶を読みだそうとした時、狭山が駆け寄ってきた。要件を聞くと、ガレージの工具を持って行っていないか。

 整備室の心得を持つ雨儀は当然持ち出しているはずもなく、否定した。狭山は嫌な顔ひとつすることなく、逆に笑顔を見せて、走っていった。


「そうだ、狭山。彼はテキパキ仕事をするし、人柄もいいわね。あいつはデキル部下だ」

「どうした、そんなこと言って。夫にでも欲しくなったか。狭山は19歳だ、年齢的にも丁度いいと思うぞ。下手な男とくっつこうものなら、アイツにしたらどうだ」

「何、父親面して。そういうのは自分の娘に言ってやりなさい」


 雨儀はトーギの左薬指に目を持って行った。銀色の指輪、どうしてか2つあるが既婚者であることに変わりないだろうと、雨儀は思ったのだ。


死んだよ。もう10年以上前の話だ」


 雨儀は、ふ〜ん、と答えた。

 トーギは、何だよ、と言った。


「ねぇ。未来にはね、直接脳波共鳴方式っていう通信方式があるの」

「何の話だ」


 雨儀は構わず続けた。明るい表情で。肉体年齢にあった立ち居振る舞いで。


「世の中すべて0と1のデジタルで表現できるというけど、実際は波。アナログデータなのよ。というか、世の中光も音もぜ〜んぶ波。人間は色々な波を受けて、その情報を脳内の映像形式フォーマットに圧縮するの。脳波っていうくらいだし、それも波ね。直接脳波共鳴方式は、簡単にいうとその映像形式の波を使って離れた人に直接映像を見せる技術なんだって」


 トーギは、だから何が言いたい、と言った。

 雨儀は、一段と明るく間延びした声を出した。


「だ〜か〜ら、遠くの人とも映像のやり取りができるのよ。いつか"ソラ"とskypeができるかもね〜って言いたかったのよ。これが本当のskyソラpeってね」

「あほらし」

「何をっ」


 トーギは顔の皺を伸ばして、でもな、と続けた。


「ありがとうな。励ましてくれたんだろ、いっちょ前に」

「だから、その上から目線は何なのよ。あと手を乗せるな、撫でるな、調子に乗るな」

「ははっ。早く技術化してほしいもんだ」


 ――そんな夢の技術も、始まりは脳に直接光の点滅映像を流し、光過敏性発作を起こさせる対人電磁パルス兵器UHEMPだったそうだ。点滅映像のみを送る技術は米中戦争前に確立できており、未来での噂では、当時使用されたってのもある。

 その技術が何故、大衆向けに進化していったか。VR以上の没入感が、とかまぁ主にライブチャットなど。技術ってのは、軍事かエロが関わると突飛に進化するもんだ。


 トーギは少し目を細めて、顔の皺を増やしている。雨儀は思ったことを口にするのは野暮かな、と判断して代わりに別の質問を重ねてみた。


「ねぇ、その指輪気になっていたのだけど。どうして2つ」

「……昔、2人の女に貰ってな。一つは銀座の結婚指輪で、もう一つが3980円サンキュッパの婚約指輪ってところだな」


 何言ってんだこいつ、雨儀はそう思った。

 構わず足を進めるトーギはある角を曲がったところで立ち止まる。

 雨儀も横に並ぶ。目の前は広い空間が広がっていた。もう角を曲がる前から、はしゃぎ声は聞こえていた通り、目の前の広場では子どもたちが走り回って遊んでいた。

 笑みを漏らす雨儀にトーギは、子供好きなんだな、と言った。雨儀は子供たちが元気なことに満足そうに息を漏らす。


「日本政府は完全に機能を停止している。我が"解放軍"は例外的な組織だがアジトには多くの人が生活をしている。色々な人がいる。つまり、このアジトは小さな国みたいなものだ」

「……インフラも自分達で設備しないと」

「そういうことだな。だが、発電施設は無事に稼働しているし、地下大農場も併設された浄水施設も動いている……運がいいんんだな、俺達は」


 トーギは誰に向けることなく、愚痴を零す。子供達が目の前にいるからか、声は絞られている。


「ねぇ、戦争は終わったのよね。戦後1年と言っていたし。なら、この現状は何。私達が過ごした2063年とはまるっきり異なる。私達の居た時代では旧型機だけど、この時代ではまだ存在するはずのないBR-101もいる。何が起こっているの」

「僕達がなぜ、"解放軍"と言っているか。"軍"と付けたのは僕の達ての希望で、"解放"は豊洲君たちが言い出したこと。現在の厳しい現実からの"解放"とからしいんで、これは本当に偶然なんだけど……」


 雨儀は舌を丸め喉を鳴らす。トーギは口に溜めた煙を吐き出すように、口元にあった手を後頭部に持って行った。


「今アジトにいない人間は、戦後"行方不明"となっていたんだが、最近とある施設に拉致られてることが判明した。雨儀、お前さんは、その施設から救い出した一人目って訳だ」

「…………」

「んで、一人目を救い出した今、大規模な救出、いや、施設からの"解放"作戦を練り終わった所だ。一つの成功があれば、人々は活気だつ――お前が、無事に生きていて本当に良かった」


 言葉を吐き捨て、コートの内側に手を持っていったトーギの腕を雨儀は反射的に掴んだ。雨儀の脳内は、疑問と戸惑いで埋め尽くされた。

 

 ——作戦開始まで、時間はそう長くない。

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