波の声

『太郎、太郎、高みに登るのじゃ、太郎』


 車の屋根で眠っていた雷太郎君は目を覚ましました。また声が聞こえてきたのです。このところ日に何度もこの声が聞こえてきます。最初は空耳かと思っていたのですが、どうもそうではないようです。聞き覚えのある懐かしい響きを持つこの声……


「どこから聞こえてくるんだろう」


 雷太郎君は夜空を見上げました。車の上には星がたくさん光っていますが、空の半分くらいは黒い雲に覆われています。


「おい、どうしたんだ、太郎」


 横で寝ていた電太君が起き上がって尋ねました。


「声が聞こえるんだ」

「声?」

「うん。それも聞こえるっていうより、頭の中に直接感じられるような声なんだ」

「直接頭に届く声か……」


 電太君は顎に手をやって何か考えているようでした。が、すぐに雷太郎君に向き直ると答えました。


「太郎、そりゃ、波の声かもしれねえぞ」

「波の声?」

「そうだ。雷は波を作り、波を操り、それを読む。俺もおまえも今のところ波に乗って動くことしかできねえ。雷の道を作るだけならそれでも十分だが、本当の雷の力はそんなもんじゃない。波を使って普通の声と同じように、遠くの相手と会話することだってできるんだ」

「そんなことが……」


 雷太郎君は驚きました。同時に雷でありながらそんなことも知らなかった自分が少し恥ずかしくなりました。


「でもどうして急に聞こえるようになったんだろう。三郎君と一緒にいる時は聞こえて来なかったのに」

「初めて声を聞いたのはいつなんだ」

「三郎君が消えて箱から飛び出した後かな」

「なら話は簡単だ」


 電太君は自信満々で話し始めました。


「どんなに波の声を送ったところで、受け取る相手にそれを感じられるだけの技量がなきゃ聞こえねえんだ。三郎と一緒にいた時、おまえは何もできない雷だった。だから波の声も聞こえなかった。しかし雷の道を作れるだけの技量を身に着けたことで、ようやく声を聞けるようになったんだ」


「じゃあ、この声はボクが地上に来てからずっと呼び掛けてくれていたのかな」


「うーん、それは何とも言えねえな。波の声を送るには相当な力を使うからな。届かないと分かっている声を送ったりはしないだろう。それにある程度相手の位置が分からねえと声は送れねえ。ただでさえ非力なおまえが電線の中を動いていたり箱の中で働いていたりしたら、いくら能力の高い雷でもおまえの位置なんて捕捉できないはずだ。箱から飛び出した時におまえが作った雷の道。恐らくそれを感知することでおまえの居場所が分かったんだろうな。と同時におまえの力が向上したことで位置の捕捉も容易になった、多分こんなところだろう」


 電太君の説明は十分納得できるものでした。言葉遣いも所作振る舞いも三郎君とは正反対ですが、頭の良さは勝るとも劣らない切れ味です。雷太郎君はすっかり感心してしまいました。


「で、その声はおまえになんて言っているんだ」

「それが、高い所に登れって」

「高いところか」


 電太君は口をつぐんでまた考え始めました。雷太郎君は期待の眼差しを向けて電太君の言葉を待ちます。


「それは……あるいは、雲の上の雷からの言葉かもしれねえな」

「雲の上からの?」

「雷が雲へ帰る時には高い所に登るんだ。その方が楽に雷の道を作れるからな。雲の上のヤツらもおまえの位置をかなり正確に捕捉しているんだろう。今、高い所に登っておまえの力を全て出し切れば、あるいはすぐにでも雲へ帰れるかもしれねえぜ、太郎」


 雷太郎君の胸に懐かしい気持ちがどっとあふれてきました。忘れていた雲の上での生活。光太さん、稲光先生、次郎、三人は自分の帰りをずっと待っているはずです。


「電太君の言うとおりかもしれない。きっとこの声は稲光先生だ。どこかで聞いた声だと思っていたんだ」


 雷太郎君の心の中では雲へ帰りたい気持ちが徐々に膨らみつつありました。帰れる、その気になれば今すぐにでも帰れる……しかし、雷太郎君はすぐに首を振ってそんな気持ちを打ち消しました。三郎君を失った時のあの悲しみ、それを思い出すと、なんとしても人間の作った仕掛けだけは壊さなければならない、そんな気持ちが再び湧き上がってくるのです。


「電太君。でも、ボクはやっぱり仕掛けを壊すよ。雲へ帰るにはそれからでも遅くない」

「やれやれ、強情なこった。まあ、俺は構わないけどな」


 電太君は呆れた顔をすると、また屋根の上に寝転がりました。雷太郎君は空を見上げ、夜空の雲に向かって話し掛けました。


「みんな、もう少しだけ待っていて。ベータ族を自由にしたらすぐ帰るからね」

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