最初の場所へ

 車は広い野原を走っていました。もう夜はすっかり更けてしまいました。空の大部分は雲に覆われ星はほとんど見えませんが、かろうじて月が顔を出し、淡い光を地上に投げかけています。


「あ、あれは」


 最初に雷太郎君の目に映ったのは高い鉄塔でした。しかし雷太郎君の注意を引いたのは鉄塔のそばに立っている一本の大木でした。


「覚えている。あれはボクが地上に来た時、最初に目にした地上のもの……」


 懐かしい記憶が蘇りました。仰向けに寝転がったまま腕を上げることすらできなかった自分。その時、目に映った大きく高い棒のようなもの。親切な水たまりが「木」と呼んでいたもの……雷太郎君は叫びました。


「ボクは戻ってきたんだ。ボクが地上へ落ちた場所へ。最初の出発点へ!」


 その木の向こうに小さく建物が見えました。たくさんの明かりが灯っています。


「もしや、あれが……」


 雷太郎君は横で寝ている電太君の体を揺すりました。


「電太君、電太君、起きて」

「うーん、なんだよ、太郎。もう少し眠らせろよ」

「あれ、あの建物を見てよ。ベータ族を作っている仕掛けって、あれじゃないかな」

「どれどれ」


 電太君は屋根の上に立ち上がると、雷太郎君の指さす方を眺めました。暗闇の中、建物の明かりが星のように輝いています。電線は全てその建物に収束しています。そして建物の向こう側はどんなに目を凝らしても電線は見えません。


「ふっふっふ……」


 電太君はその建物を見つめたまま体を震わせ始めました。


「ど、どうしたの、電太君」

「ふふふ、ははははは」


 電太君は大声で笑い出しました。


「やったぜ太郎。あれだ。間違いない。あれこそがオレたちの目的地。人間が己の欲望を叶えるために作り出した最大の仕掛け、原子力発電所だ!」


 滅多に見せない電太君の弾けるような笑顔です。雷太郎君も思わず笑いが漏れます。


「ははは、やっぱり、やっぱりそうなんだ。やっとたどり着いたんだね電太君。でも」

「でも、なんだよ」


 電太君が不満そうに言いました。


「この車がうまくあそこに行ってくれればいいけど」

「ちぇ、太郎は心配性だなあ。行くに決まっているさ。この辺には他に建物はないし道は一本だけなんだぜ。それにたとえ行かなくても、もうすぐそこに見えているんだ。雷の道で行っても幾らもかからねえよ」

「そっか、それもそうだね、ははは」


 雷太郎君はそれを聞いてまた笑い出しました。


「それよりも、どうやってあの建物の中に潜り込んで仕掛けを壊すかだ。今度ばっかりは今までみたいにそう簡単には行かねえぜ」

「うん。何かいい考えがある?」


 雷太郎君の問いに電太君は首をすくめました。


「いや。さすがのオレ様もあの建物については何も知らねえんだ。まあ、行ってから考えるしかねえだろうな」

「そうかあ、分かったよ。二人で考えればきっといいやり方が見つかると思うよ」


 雷太郎君は胸がわくわくしてきました。いよいよ仕掛けを壊せるのです。これでもうベータ族があんなひどい働き方をしなくて済むのです。雷太郎君は喜びに胸が震えてきました。


『行くな』


 突然、雷太郎君の頭の中に何かが話しかけてきました。雷太郎君ははっとして耳を澄ませました。


『行くな、太郎。行ってはいかん』

「まただ。またあの声だ」


 聞きたくない言葉を聞かされて雷太郎君は耳を押さえました。そんな雷太郎君の様子を見て電太君はしかめっ面をしています。


「なんだ、また声かよ。で、なんて言っているんだ」

「行くなって。行くなって言っている」

「行くな? どうして?」

「分からない」


 雷太郎君は耳を押さえたまま空を見上げました。空にはもう一面に雲が垂れ込め月も星も隠れてしまっています。電太君は舌打ちしました。


「ちっ、なんだか知らねえけど、雲の上の雷さんはえらく弱気なヤツみたいだな。で、どうするんだ、太郎。行かねえのかい」


 雷太郎君には分かりませんでした。どうして行くな、などと言うのか。仕掛けを壊すぐらいたいしたことではないはずです。雷太郎君は耳に当てていた手を離しました。


「いや、もちろん行くよ。せっかくここまで来たんだもん」

「そう。それでこそ雷。そう来なくっちゃな」


 電太君は間近に迫って来た建物を見ています。近づくにつれ建物はどんどん大きくなっていきます。

 雷太郎君もその建物を見つめました。すると、何か恐ろしいものが襲いかかって来るような気がして、無意識のうちに体が小刻みに震えました。


(なんだろう、凄く嫌な予感がする……)


 二人を乗せた車は暗闇の中をひたすら走り続けました。雷太郎君は自分が何かとてつもない者に向かって進んでいるような気がしていました。

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