新しい手掛かり

「太郎さん。ちょっとこっちへ来てください」


 エアコンのスイッチが切れて余裕ができたのでしょう、三郎君が手招きしています。仕事を全て任せて休んでいた雷太郎君は、のろのろと立ち上がって三郎君のそばに寄りました。


「何? 新しい仕事が始まったの?」

「ふふ、その通りですよ。ほら、見てください。夜の光です。ちょうど今スイッチが入りました。これは放電管と言って、夜はこの仕掛けで光を作ります。太郎さんが雲から見ていた地上の星の多くはこの光なのです」


 雷太郎君は三郎君が指し示している端子をのぞき込みました。なるほどまぶしい光が輝いています。しかし見えるのは光だけではありませんでした。薄っすらと光をとりまく不明瞭な広がり。雷太郎君はその正体を見極めようと、さらにその輝きを見つめました。光に向かってまるで風のように流れていく何か……


「な、波だ!」


 雷太郎君が叫びました。それは雲の上で雷の道ができた時に見えた波でした。


「波って、雷の道を作る、あの波ですか。そんなものが見えているのですか」

「うん、見える。三郎君には見えないの?」


 三郎君は働きながらその光を見つめました。しかしすぐに首を振りました。


「いえ、私には見えません。それにしてもこの仕掛けの中に波があるとは……」

「ねえ、これはどうやって光らせているの。ボクにも教えて。もしかしたら雷の道と何か関係があるのかもしれない」


 雷太郎君は今まですっかり忘れていた雷の道を思い出して、急に興奮してきました。あるいはこれを切っ掛けにして雷の道を作る方法が分かるかもしれません。


「そ、そうですね。でも、この仕掛けは難しいですよ。それに力も要りますしね。太郎さん、疲れているみたいですけど、できますか」


 なるほど確かに雷太郎君はもうくたくたに疲れています。心も体も衰えた状態で新しいことを学ぶのは無理かもしれません。


「うーん、そう言われると自信がないなあ。それに三郎君自身も疲れているだろうし……ごめん、やっぱり今日はやめておくよ。明日の朝一番に教えてくれないかな」


 雷太郎君はすまなそうに言いました。反対に三郎君の声は生き生きしています。


「分かりました。では明日一緒に頑張りましょう。でも良かったですね。これで雷の道の手がかりが掴めたじゃないですか。雲に帰れる日は近いのかもしれませんね」


 三郎君の声は喜びに弾んでいます。雷太郎君はそんな三郎君に心から感謝していました。もし三郎君のような友達ができなかったら今の自分はなかったはずです。雷太郎は知らぬ間に頭を下げていました。


「三郎君ありがとう。君のおかげだよ」

「お礼は雷の道を作ってから言ってください。さあ、頭を上げて。これから忙しくなりますよ」


 頭を下げる雷太郎君の肩を叩きながら、三郎君は明るい笑顔で答えるのでした。


 三郎君の言葉通り、お日様が沈んで辺りが暗くなって来ると、たくさんの人間が建物の中に入って来ました。それとともにオンになるスイッチの数も飛躍的に増えました。雷太郎君も三郎君も分電盤の中を汗だらけになって駆けずり回りながら懸命に仕事をこなしました。

 人間は情け容赦なくスイッチを切ったり入れたりします。そのあまりの複雑さに雷太郎君はもう目が回りそうでした。二人とも口をきく暇もありません。やがて人間が眠り始めて、ようやく仕事が楽になる頃にはもう真夜中になっていました。雷太郎君は自分の仕事が一段落したので、端子から離れてその場に横になりました。


「ふうー。しかし人間ってのは凄いね。よくあれだけいろんな事をする気になるもんだよ」

「本当にあの活力は大したものです。それも毎日ですからね」


 三郎君もさすがに疲れているようです。それでも体はまだ休みなく動いています。こんな真夜中でもスイッチの入っている端子があるのです。


「太郎さん、疲れたでしょう。そろそろ休んでください。後は私一人で大丈夫ですから」

「えっ、でもまだ仕事があるんでしょう。ボクも手伝うよ。全然疲れてなんかいないし」


 雷太郎君はそう言いましたが体は横になったままです。起き上がるのも面倒なほど疲れているのでした。三郎君は笑いながら言いました。


「嘘を言っても駄目ですよ。それに疲れたまま朝を迎えても満足に働けないでしょう。それよりもじっくりと体を休めて元気な状態で仕事を手伝ってもらった方が私としてもありがたいのです。放電管の仕掛けも教えないといけませんしね」


 三郎君は何もかもお見通しです。雷太郎君は頭をかきながら言いました。


「分かった。じゃあボクはもう眠るね。三郎君も早く休んだ方がいいよ」


 雷太郎君の言葉に三郎君はただ笑うだけでした。働く三郎君のそばで雷太郎君は目を閉じました。それにしてもこんな大変な日がいったいいつまで続くんだろう。それともこんなに疲れるのは今日が初めての日だからで、慣れればこれも楽な作業になるんだろうか。雷太郎君は目を閉じてそんなことを考えました。そして明日こそは三郎君に放電管の仕組みを教えてもらおうと思うのでした。

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