仕事の意味

 こうして雷太郎君は三郎君に仕事を教えてもらいながら、せっせと働き続けました。同じ仕事ばかりしているのではなく、一つの仕事に慣れると次の仕事、その仕事にも慣れるとまた次の仕事というふうに、どんどん新しい仕掛けを覚えていきました。その間も三郎君は顔に汗を流しながら一所懸命に働いています。そんな三郎君を見て雷太郎は少し疑問に感じてきました。


「ねえ、三郎君。この仕事っていうのはどんな仕事なの?」

「えっ、どんなって……それはどのような意味ですか」


 三郎君は働きながら訊き返しました。


「ん、つまりその、三郎君やボクが一所懸命に頑張らなきゃならないほど、大切な仕事なのかなって思って」

「もちろんです」


 三郎君は真面目な顔で答えました。


「この仕事をするために私たちはここへやって来たのです。ここまで来て何もしなかったらそれこそ無意味と言うものですよ」

「でもこの仕掛けを作ったのは人間なんでしょう」

「そうですよ」

「それなら人間自身の手で動かせばいいじゃないか。どうしてボクや三郎君が動かさなきゃいけないのさ」

「人間にはこの仕掛けを動かすことはできません。だから私たちベータ族が動かしているのです。もし人間が動かせるのならば私たちなど必要としないでしょう」

「そ、それはそうだけど……」


 自分の中でもやもやしている思い、それを上手に説明できなくて雷太郎君は口がむずむずしてきました。そして三郎君がそう言うのだから、やはりこれは大切な仕事なのかもしれないとも思いました。今まで三郎君の言葉に間違いはなかったからです。


「太郎さん、疲れたのなら休んでいいですよ」

「ううん、ボクは大丈夫。三郎君の方こそ休んでよ。ボクよりもたくさんの仕事をしているんだから」


 今の雷太郎君はただ三郎君のためだけに仕事をしているのでした。自分が働けば三郎君の仕事も楽になる、そう思うとやる気も出て来るのです。


 箱の中が少し暑くなってきました。分電盤から外を見るとお日様は頂点を越えた辺りです。二人は作業を続けました。


「うっ……」


 突然三郎君の顔色が変わりました。息も乱れています。雷太郎君は心配になって尋ねました。


「三郎君、どうしたの」

「エアコンのスイッチが、入ったのです」

「エアコン?」

「そうです。これは部屋を冷やす仕掛けで、大変な力を必要とするのです」


 三郎君の顔は苦しそうです。雷太郎君は言いました。


「三郎君、ボク、もう少し仕事をするよ。三郎君のしている仕事をもっと手伝うよ」

「そ、そんなことは……」

「いいから、早く」

「すみません。そしたら、これとこれをお願いできますか」

「うん分かった、これとこれだね」


 雷太郎君は三郎君から二つの仕事を引き受けると、三つの仕事を同時にこなし始めました。さすがの雷太郎君もこれはかなりの厳しさでした。もう自分の体を一時も休める暇がありません。雷太郎君はその忙しさの中で三郎君を見ました。幾分表情が緩んでいます。二つの仕事を任せたので楽になったのでしょう。雷太郎君はそれを見て、また頑張って体を動かし始めました。


 こうして二人はもう物も言わずにただひたすら体を動かし続けました。雷太郎君も三郎君も汗びっしょりです。そこにはなんの楽しみもありませんでした。この仕事はいつまで続くのだろうか。早くこの仕事が終わらないだろうか、頭の中はそんな考えで一杯でした。

 しかし、働き続けているうちに、もうそんな考えすら浮かんでこなくなりました。自分の体が自分の意思で動いているのではなく、全く別の者の手によって動かされているような気もしてくるのでした。自分の腕も自分の足も、自分とは関係なく動いているようでした。頭の中はからっぽでした。何をしているのかも分からなくなってきました。ふと、三郎君が大きく息を吐きました。


「ああ、ありがとう太郎さん。ようやく、エアコンのスイッチが切れました」


 三郎君の言葉に雷太郎君もほっとしました。三郎君は顔の汗を拭いながら雷太郎君のしていた三つの仕事を全部引き継ぎました。


「ありがとう、三郎君。それにしても疲れたね」

「そうですね。今日は暑かったですからね。でももう日も沈みかけてだいぶ涼しくなってきましたから、エアコンのスイッチが入ることはないと思いますよ」


 外を見ると青かった空は赤く染まり始めています。雷太郎君も大きく息を吐きました。


「でもね太郎さん、夜になるとまた忙しくなるのですよ。今まで外に出ていた人間が帰って来ますから」


 三郎君の言葉を聞いた雷太郎君はうんざりした顔で大きなため息をつくのでした。

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