第30話 東条悟の秘密

 マラソン大会が終わってから1週間が経った。あの騒動の後俺はたくさんの人に感謝されることになる。

 事件の発端の遠藤先生はエリート意識が高い生物の教師で、授業中の質問に答えられなかったり成績の悪い生徒を見下したり、逆に成績のいい生徒を贔屓したりする発言が目立っていた。そんな教師だから生徒達の中では反感を持っている者も少なくなかった。俺が遠藤先生の不正を暴露して萎縮した姿を見られてスカッとした人がたくさんいたようだ。クラスメイトの何人かにお礼を言われたし、1年生と3年生の中にもわざわざ俺のところに来てお礼を言ってくれる人もいた。

 でも、それも事件の2日後までのお話。3日もすればほとんどの人はあの事件のことなんか忘れていつもの日常に戻る。俺がヒーローになれたのはせいぜい2日。3日天下にすら届いていない。元から期待はしてなかったけど、豪傑や英雄なんてのは簡単にはなれない。

 それでもきちんと変化はあった。陸上部の武田先輩と安田君と沢口君には事件の後もお礼を言われたし、遠藤先生も心を入れ替えたと言っていた。遠藤先生は改めて謝罪もして、今までは実力主義で結果を出せない選手に厳しくあたる時も多かったが、あの一件の後はそんなこともなくなった。いろいろ葛藤もあったけど、終わってみればいいこともたくさんあったので、俺の身勝手なプライドも悪くないと思った。




 それはそうと、やはり東条は英雄視されている。マラソン大会で1位をとっているし、そのことを自慢しようなんて考えない。陸上部だけじゃなくてどの運動部も東条を引き抜こうと躍起になっている。

 今日の東条はバスケ部から勧誘されていた。半ば強引にバスケ部の練習を見学させられていた。東条はただの体力バカじゃなくてスポーツに関しても天賦の才がある。どんな競技も大抵こなしてしまう。少なくても体育の授業でやるようなサッカーやバスケやバレーは東条がチームに入るだけで結果が大きく変わっていた。東条が入部すれば大会で結果を残せるだけじゃなくて東条の美貌が関心を引いてしまうんだろうな。

 

 そんな東条の帰りを葛原くずはら理央りおと一緒に待っていた。別に俺は帰ってもよかったが、理央に引き留められて教室にいる。話題は1週間前の事件に。

「あの時の先輩かっこよかったですよ。ちょっと驚いちゃいました」

「ありがとよ。でもどうせお前は俺なんかより東条に注目してたろ」

「それはそうですよ。なんで東条様を差し置いて石川先輩が1位なんだろう、って思ってましたから。使ホッとしました」

「……まるで俺が近道使ってたことが分かってたみたいな言い方だな」

「当り前じゃないですか。そうでもしなきゃ東条様が負けるわけがないです」

「ほんと…東条のこと好きだよな。こうやって俺と話してる時も手帳見てるし」

「石川先輩にはもう知られてるし隠す必要無いじゃないですか」

「だからって先輩と話してる最中に他の男の写真ジロジロ見るか?…」

こいつは東条以外の先輩をうやまう気持ちがまったくないな……。

なんとなく気になったので、東条の席に座っていた理央に近づいて手帳を覗き込もうとしたら、距離を取られた。

「…なんだよ。見せてくれてもいいだろ」

「急に近づかないでください!あの一件で先輩もけがらわしいオスだとわかったので」

「はぁ!?」

「そんなに物惜しそうな目で見つめても私の胸は見せませんよ!」

「お前の胸じゃねぇよ!手帳見せてくれって言ってんだよ!」

理央は渋々といった表情で手帳を見せてくれる。


 以前にも一度見ていたからこれといって真新しい写真はない。どれも東条を盗み撮りしたもの。ページを進めると波代高校の中で撮られた写真が増えている。理央の悪癖はこの学校に入学して東条との距離がまた縮まってからも相変わらず。本当は辞めさせるべきなんだが……。

 しばらくページをめくっていると一枚の写真が目に留まる。東条が建物に近づいている写真。もしかしてこれは…

「この写真に写ってる建物って東条の家か?」

「そうですけど…行ったことなかったんですか?」

「ああ…」

「結構長い付き合いですよね?一度くらいお邪魔しようと思わなかったんですか?」

「あいつとは入学してすぐに友達になったけど、そういや一度も家に行ったことなかったな」

東条の家は2階建てのアパートだった。それも築40年はいってそうなかなり年期の入った建物だ。はっきり言ってオンボロの格安アパート。


 なんか……俺のイメージとかけ離れていた。東条はなんとなく裕福な家庭で育っていると思っていた。自分専用のテレビがある広い部屋で筋トレでもしてるのかと思っていた。

「……俺さ……今思うとあいつの家のことなんにも知らないような気がする。……家に行ったこともないし家族構成とかも知らないし……」

「えっ……東条様と友達なんでしょ?何にも聞いてないんですか?」

「まぁ…俺も自分の家のこととかあんまり人に聞かれたくないし……なのに東条のことだけ根掘り葉掘り聞くのもおかしいだろ」

「……そうですか」


手帳の中にあった写真でこのアパートが写っているのはこれ1枚だけ。理央がいくら東条のストーカーでも家付近の写真をあまり撮っていないのは、遠慮からなのか?

「この写真を撮ってるってことは当然住所もわかってるんだよな?」

「東条家の住所・電話番号・郵便番号・東条様の携帯番号、LINEのIDは暗記してるのでいつでも復唱できますよ」

流石ストーカー……気色悪いな。

「……東条の住所教えてくれよ」

「いいですけど…東条様から聞いたらどうですか?」

「あいつが言いたくないから今まで知らなかったんだ。……心配しなくてもお前から聞いたなんて絶対言わないし、用がなきゃ急に訪ねたりしない。一応知っておきたいだけだ」

「それならいいですけど…」

理央は本当に住所をすぐに復唱できた。俺は住所とアパートの名前をメモして理央に礼を言う。


「東条の家族の話とかなんか知らないか?」

「…それは自分で確認してくださいよ。そもそも人の家のこと聞くのはおかしいって自分で言ってたじゃないですか」

「……それもそうだな」



 自分でもおかしいと自覚していた。東条が隠したがっているプライベートな話に首を突っ込むべきじゃない。いくら友達でも聞かれたくないことだってあるはず。

 だが、少し不安になってしまった。友達のくせに俺はこんなに東条のことを知らないんだと。


 



 

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