第29話 マラソン④ 偽りの褒賞

 東条のスタミナに悪戦苦闘しながら、俺はなんとかゴールテープを切ることができた。つまり1位通過だ。2位は武田先輩、3位は安田君。俺達3人は揃ってメダルを獲得できる。

 もちろんこれは不正を使ってるからこその順位。本来の実力が反映されている訳じゃないことはわかっている。東条をはじめ他の上位ランカーには申し訳ないが、謝罪をしなけりゃいけない奴は他にいる。


 1位が東条じゃないことに多少ざわつきながらも男子全員が走り切りグラウンドで全校生徒と教師が集まって表彰式が行われる。先に3位以内に入った女子が表彰されて次は男子の番だ。俺と武田先輩と安田君が表彰され偽りのメダルを受け取る。

「おめでとうございます。では…」

退場を促そうとする生徒会の司会者のマイクを半ば強引に奪い取って俺は仕事をはじめる。

「ひとつ、謝らなけらばいけないことがあります。俺は……俺と武田先輩と安田君の3人は…近道を使いました」

グラウンド全体がざわめく。東条以外の奴が1位になった時点で薄々感づいてる人もいたかもしれないが、構わず続ける。

「大会運営に関わっている人にも本気で走っている人たちにも申し訳ないことをしたと思っています。すみませんでした」

俺は聴衆に頭を下げた。武田先輩と安田君もそれに倣う。

「ですが、謝らなきゃいけない人は他にもいます。名乗り出るなら今の内ですよ……」

生徒全員が一層騒がしくなる。あたりをキョロキョロと眺めている生徒達。だがは名乗り出る気配はない。それどころか我関せずという顔を装っている。

それを確認した後、俺は一気にまくしたてる。

「武田先輩と安田君はそいつに脅されました。このマラソン大会で絶対に上位を取るように脅されたんです。だが、2人の実力を見限って例の近道を使うことを強要しました。生徒会の沢口君も近道を通ろうとする2人を見逃すように指示されていました。……そいつは、自分の評価欲しさにあろうことか生徒にこんな汚い真似をさせました。………自分が受け持つ陸上部の選手が帰宅部の人間に負けてはならないと………そうですよね、遠藤先生」

皆が一斉に遠藤の方を見た。驚いている生徒がほとんどだが、肝心の遠藤はまだ平静を装っている。

「バカなことを……なにを証拠にそんなことを…」

「あんたに指示された生徒本人が証言してますよ」

「……指示されたのは本当です。先生には普段から部活でお世話になってるから逆らうのが怖かったんです。もう僕たちにちゃんと指導してくれないかもしれないから……」

「僕も同じ意見です。………部長の僕がこんなことを後輩にやらせるべきじゃなかった……。はっきりと拒否するべきだった……。石川君、ありがとう」

「お礼なんていいですよ。俺こそ黙って付いてきてくれた2人に感謝したいくらいですよ。……これでもまだ認めないんですか?」

「………石川、混乱を招くようなことを言うな。私はそんなこと言ってないぞ。武田も安田も何を言って…」

「まだ…しらを切るつもりかよ……謝れ!先輩方に!……どうしても謝らないってんなら、このメダルぶっ壊してやるよ」

「や…やめなさい!」



 ここまでは俺の作戦通りだ。

俺と武田先輩と安田君がトップ3を占拠して表彰されたところで近道を使ったことを告白。全校生徒が集まったグラウンドで注目が集まる中、陸上部顧問の遠藤先生が部員に近道を使うよう脅迫したことを暴露。さらにダメ押しで謝らないならメダルを壊すと脅す。

 最もこのメダルを壊すのは奥の手、最後の切り札だ。半分は遠藤の自白を取るためのパフォーマンス、半分は自棄やけになってやっている。いくら安っぽい作りのメダルだからって、本当に壊す気なんてない。



「………やめなさい石川。私が悪かった。武田、安田、沢口…すまなかった」

遠藤先生が頭を下げた。グラウンド内のざわつきもようやく治まりつつある。これで俺の役目も終わりだ。

「だが…不正は不正だ。そのメダルは4位の東条に渡してくれ」

「あんたがそれ言うか…。まぁ、言われなくてもそうするつもりだったけど」

俺は東条の元に向かい金メダルを渡した。遠藤先生の悪事を暴露するためとはいえ、ズルして1位を取ったことは確かだ。こんなことで目立って結局俺はガラの悪い不良とか思われるんだろうな……。

同様に武田先輩と安田君もメダルを5位と6位に渡す。2人には少し悪いことをしたと思う。もし俺が何が何でも近道を走るのをやめさせて普通に走っていれば、1位にはなれなくても不正をして記録が無効になることはなかった。


 こうしてマラソン大会はお開きになった。当然不正をして大会を混乱させた俺達は職員室でこっぴどく怒られることになる。特に俺は自分から率先して近道を使った上、メダルを壊すとか脅していたから2人よりも多く絞られることに。でも仕方ない。武田先輩と安田君は遠藤先生に脅されて仕方なく近道を使おうとしてただけだし。


職員室から自分の教室に戻ったら、東条が話しかけてくる。

「…おつかれ」

「あぁ…疲れたよ。マラソンも遠藤先生の説得にも…あと職員室でも。それより、2度目の優勝おめでとう。。やっぱりお前はすごいよ」

「これは形としてもらっておく。…けど、勝ったのは智樹だ」

「何言ってんだよ…。俺はズルしてんだぞ」

「俺は今回も1位を取ろうと必死だった。走りには自信あるし結果を出して認められたかった。もし、俺が智樹の立場でもわざわざ失格になってまで誰かを助けようとは思わなかったよ。結果よりも正義を優先できた。俺よりも智樹の方が立派だよ」

「そりゃどうも。でも、どうせ今日のヒーローはお前だろ」

「……いや、そうでもないさ」


「兄貴!」

とっくに下校時間になっているから俺と東条以外は誰もいないと思っていたが、教室に血相を変えた守が入ってきた。

「カッコよかったですよ兄貴!僕一生ついていきますよ!!」

「そ…そうかな…」

「照れなくていいですよ!もっと自信持ってくださいよ!」

守は俺のことをいい奴だと思ってくれたようだ。でもそんな大層なもんじゃない。俺はただ遠藤先生のやり方が気に入らなかっただけ。ムカついたから公衆の面前で恥をかかせてやりたかっただけ。結局は自己満足。

 それでも、こんな風に言ってくれる奴がいたならやってよかった。

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