第26話 マラソン① 年1回の強制参加イベント

 学校行事―それは学生にとって普段の勉強のガス抜きに必要な時間。学校生活を彩るイベントの数々。修学旅行や文化祭を機にクラスメイトと団結したり新しいカップルが誕生したりいいことづくめ。

 と、普通なら喜ばしい限りのイベントを催しているはずだが、この学校には年に1度開催される忌まわしいイベントがある。それがマラソン…。

 それも校外の山道を走る長距離走。運動部の奴ならともかく帰宅部連中にとっては完走することすら困難だ。距離にすると男子は約6㎞、女子は約4㎞。男女差はあるけど長距離であることに変わりない。

 そんな大半の生徒が悪態をつく行事でもなぜか何十年にもわたって続いている。生徒の健康促進が目的らしいが、ろくに運動していない奴がいきなりこんな距離走らされたら却って体を壊しそうだ。開催日は明日。


「はぁ~、今年もやるんですね」

学校への帰り道、守とマラソンの話をしていた。

「でも去年よりましだろ。6月にやるイベントなのに真夏並みの気温だったからな。明日は曇りの予報だしなんとかなるだろ」

「曇りじゃだめですよ!もし雨だったら体育館でドッチボールだったのに」

「仕方ないだろ。年1回のイベントなんだし我慢しようぜ」

「兄貴はいいですよね~体力あるから簡単で」

「おいおい、俺だってしんどいぞ」

「でも去年のマラソン17位だったじゃないですか」

確かに去年のマラソンに参加した男子生徒は約200人。その中の17位は上位ではある。だが……

「東条は1位だろ。しかも陸上部や野球部を差し置いてダントツの1位。あいつに比べたら俺なんか全然だろ」

「あれはほんとにすごかったです……スタートから速かったし」

「しかもあいつ長距離だけじゃなくて短距離も得意だしな。100m12秒だぜ?」

そんな有望株の東条を陸上部の連中が放っておく訳がなく、今も入部させようとしている真っ最中(だから俺と守は先に帰った)。

「でもやっぱり余裕そうですよね兄貴。皆暗い顔してるのに」

「俺だって余裕ではないけど…」

「広咲さんとはあれからどうなんですか?」

「えっ……まぁ、うん……」

「なんすか、その曖昧な返事は?」

「まぁ、その…プライベートなことだしなぁ…」

「……あれ?もしかして広咲さんと付き合ってます?」

「うん」

「うん、じゃないですよ!なんで僕に言わないんですか!?」

「ええ?……だってお前興味ないって言ったじゃん。俺と茜の話」

「言いましたけど…そういう話って誰かに言いたくなるもんでしょ!?」

「でも聞かれなかったから」

「ええ?じゃあ僕がいちいち聞くの!?『広咲さんと付き合ってますか?』って定期的に!?」

「…なんかごめん」

「で…いつから付き合ってるんですか?」

「んーっと…あれはゴールデンウィークの少し前だから…1か月と…少し前」

「1か月!?よく僕に言いませんでしたね!ちなみにこの話東条さんには」

「東条は知ってるよ。あと理央ちゃんも」

「僕だけのけ者ですか!?ていうか葛原さん!?」

「ああ。理央ちゃんはいろいろ相談に乗ってくれたんだよ」

あれは本当に有り難かった。理央のおかげで今時の女の子が行きたくなるデートスポットや流行ってる小物がわかった。理央に茜と付き合うことが決まった報告をしたらその次の日には東条にもバレてた。おそらく俺の恋愛相談に乗っていたことを東条にアピールしたかったんだろう。ポイント稼ぎに使われていたのは間違いないが、『ギブアンドテイク』ってことで。

「葛原さんとそういう関係だってことも初耳ですよ。………兄貴と広咲さんって、実際どこまでいったんですか?」

「それは…プライベートなことだし…」

「え!?まさかやっちゃってるんですか?………セッ…」

「バカ!やってるかよ!東条達と一緒に出かけたけど…あっ」

「……聞いてないんですけど」

「…ごめん」

「もしかして『ダブルデート』ってやつですか?僕だけのけ者にして」

「ごめん!!これ守にだけは内緒にしとこうって約束してたのに……」

「全部言っちゃいましたね…いいですよ…僕みたいな年齢=彼女いない歴の奴なんかいない方が楽しいでしょうし」

「…俺は反対したんだよ?守も連れてった方がいいって」

「兄貴と東条さんは良くても女子二人は嫌でしょ」

「いや……」

「気にしなくていいですよ。僕にかまわず兄貴はリア充生活を満喫しててください」

その後俺と守は一言もしゃべらずに帰宅した。ちなみに守を連れて行かないように話を進めたのは俺だ。だって嫉妬で何するかわかんないし。ごめんな守。

 

 家に帰った後、LINEでもう一度守に謝っておいた。「もういいです」とだけ返ってきた。許されたってことでいいよね?罪悪感も薄くなってきたので茜に連絡をする。

「明日マラソン だりぃ~」

返信はすぐに返ってきた。

「頑張って」

茜の文章は割と短めで感情が読めないことが多い。でも今回は文末にメガホンの絵文字がついてた。素直に応援してるってことでいいだろう。

「おう!」

文末に腕を曲げて力こぶしを作ったガッツポーズの絵文字を付けて返信。既読になったのを確認してからスマホをテーブルに置く。

 

 茜も応援してくれてるし、手抜きはしないで本気で走るか。どうせ東条が1位獲るだろうけど。去年は東条がぶっちぎり過ぎて女子は皆東条ばっか注目してたしな。多分男子が皆暗い顔してるのはそれも原因だと思う。

 それにしても陸上部の必死な勧誘には驚かされた。去年もマラソンが終わった後に東条を入部させようとして結局断られたのに懲りずにまた勧誘。今日は陸上部部長の武田先輩だけじゃなくて顧問の遠藤先生まで東条にお願いしてた。確かに東条が入部すれば入賞間違いなしだけど、東条がやりたくないって言ってるならスカウトは諦めるべきじゃないのか。そんなに結果が大事なのか?

 

 

 


 

 

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