第二章

第23話 学年が変わってもやることは変わらない

 この学校に入学してから1年が過ぎた。つまり学年が上がり2年生になったということ。一応この学校は進学校なのでクラスの連中の中にはすでに受験勉強に躍起になっている奴もいる。だが大半のクラスメイトは(俺も含めてだが)まだまだモラトリアムを満喫する気満々だ。この時期の大きな変化といえば、言うまでもなく後輩ができること。浮足立ってしまうのも無理はない。すでにクラスの連中は誰がかわいいだのかっこいいだの初々しい後輩達の話で持ち切り。最も俺と東条と守は部活に入っていないから後輩との絡みは基本的にない。ないはずだが……。

「東条先ぱ~い!このクッキー一緒に食べませんか!?」

「いいよ。もう昼飯食べたし」

「そんなこと言わないで食べてくださいよ~!昨日先輩の為に一生懸命作ったんですよ~!」

後輩の女の子に根負けして東条がクッキーを食べていた。実際に食べた訳じゃないから味は知らないが、見た目は趣味のお菓子作りのレベルを超えている。色とりどりにデコレーションされてて見るものの食欲をそそる。はっきり言って店で出せるレベルだ。きっと味にも自信があるんだろう。

 彼女の名前は『葛原くずはら 理央りお』。今年入学してきた1年生だ。この子以外にも東条のイケメンに見惚れて接近しようとする女子は何人もいたが、おそらく理央の異常なまでの気迫に負けて東条に近づけないんだろう。

 いや、それだけじゃない。理央はとびきり美人なのだ。黒髪ロングで後頭部に大きめの赤いリボン。目元はくっきりとした二重で引き寄せられるような大きな瞳。鼻や顎もシャープでスタイルも抜群。そして美貌だけではなく勉強や運動も得意。かといって自分の能力の高さをひけらかすようなことはまったくせず、誰に対しても優しい。実際クラスの男子にも理央に好意を持っている奴が何人もいる。何をとっても完璧な才色兼備な理央と東条はお似合いのカップルと言えるかもしれない。

 だが理央の気持ちとは裏腹に東条の方は割とそっけない態度をとっている。いったい理央のどこに不満があるんだか……。話を聞いてる限りどうやら東条と理央は同じ中学に通っていて、その頃から理央は東条が好きらしく熱烈なアピールを欠かさなかった。いくら東条が女子に興味がないからってこんだけ言い寄られたらなびいてもいいと思う。

 もし東条と理央が付き合うことになれば、クラスどころかこの学校中がこの黄金カップル成立にざわめくだろう。ある者は祝福し、またある者は落胆。俺も東条の友達として誇らしい気持ちだ。

「兄貴、どうしてですか?」

「は?なにが?」

「なんで全然嫉妬してないんですか?少し前の兄貴なら東条さんが女子にちやほやされてたら、いつもムカムカしてたじゃないですか」

「ああ……俺も大人になったってことでしょ」

「広咲さんとはうまくいってるようですね」

「いやぁ~全然話す気なんてなかったんだけどなぁ~!そんなに興味あるなら話すけど…」

「いいですよ別に」

「言っとくけど俺達付き合ってる訳じゃないぞ」

「でも初詣一緒に行ってるしバレンタインのチョコまでもらったんですよね?それってもう男女の関係じゃないですか」

「バカ…お前…友達でもそれくらいするだろ…大体恋人ならクリスマスは一緒に過ごすもんだろ…」

「兄貴もさっさと腹決めたらどうですか?東条さんも兄貴もどうして…」

別に劇的なきっかけがあった訳じゃない。広咲ひろさきあかねとは文化祭の後少しずつ連絡を取り合う内に会う時間も増えただけだ。

「先輩方もよかったらクッキー食べませんか?」

理央は東条にだけクッキーをふるまっていたが、クラスの連中にも勧めてきた。当然嫉妬まじりに東条と理央のお茶会を覗いてた連中もお零れにあずかる。せっかくなので俺も守も一つをいただく。うわぁ…ほんとにうまい…とても女子高生の手作りクッキーとは思えないレベル…。できれば10個くらい頬張りたいけど、これはあくまでも東条にふるまわれたクッキーだし遠慮しとこう…。

「おいしかったよ理央ちゃん。クラスの連中も皆満足してるし」

「ありがとうございます~石川先輩」

「まったく…東条が羨ましいよ」

「東条さんは幸せ者ですよねぇ~こんな子がお菓子作ってくれるんだから」

守の言う通りこの子は入学してから1週間昼休みになると欠かさず東条にお菓子を振舞っている。並みの好意じゃここまでできない。東条がどうしてこの子にそっけない態度を取り続けるのか理解できないが、それはあくまで二人の関係だ。他人が口をはさむことじゃない。と言いつつ、もし東条と理央の関係が完全に終わってしまったらこのお菓子も食べられなくなるのでいささか残念でもあるが……。

 昼休みも終わりに近づき理央は自分の教室に帰っていった。俺達3人は奇跡的に同じクラスの2年D組。1年の頃と違って守とも同じクラスだから授業も一緒だ。それゆえに二人の勉強の面倒を見る時間も増えたが…。

 

 今日の授業は終了して放課後。東条と守は始業式の後すぐに行われた小テストの結果が芳しくなかったので今は再試験の真っ最中。いちいち待ってるのも嫌なので俺だけさっさと帰ろうとしていた。

 廊下を歩いているとなにか目につく物が落ちていた。近づいてみるとメモ帳…誰かの落とし物だろうか?デザインは至ってシンプルな灰色の表紙でサイズもごく普通のメモ帳。表紙にも裏表紙にも名前は書かれていない。落とし主への手掛かりゼロ。とりあえず職員室に持っていくか…。そう思ったが一応ページを少しだけめくってみれば何かわかるかもしれない。プライバシーに関わるからよくないと思いつつ、落とし主を探したい気持ちと秘密を知りたい好奇心、この二つが後押しして俺はページをめくる。そこに書かれていたのは………。

 

 メモ帳には何も書かれていなかった。だが。縮尺を小さくしたがメモ欄を埋め尽くすように。

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