第22話 青の抹消編⑧ 『最強』の男

「ええ~!そんなことがあったんですか!」

守に『青の抹消ブルーブレイカー』との一悶着の話を聞かせたら、そんな感想が返ってきた。

 あの騒動から3日が経った。あの日は金曜だったので次の日の土曜の授業はボイコット、本日月曜は体の傷もほとんど気にならなくなった(鷹山との戦闘で抜けてしまった歯はどうしようもないが)ので登校したが、見られたくなかった「すきっ歯」を守にあっさり指摘されてしまったので、放課後俺の家で話すという条件であの出来事を話すことになった。それと今日から1週間後には学生なら絶対に避けられない「期末テスト」という戦いが待っているので東条と守と一緒に特訓中だ。

「僕も行きたかったなぁ~!兄貴の勇姿をこの目に焼き付けておきたかったですよ!」

「あそこにいたら『青の抹消ブルーブレイカー』のメンバーからとばっちり食らうことになるんだぞ。悪いがお前がボコられてても俺は見捨てる」

「どうしてですか?舎弟の僕を守ってくださいよ!」

「普通舎弟が身を挺して兄貴分を守るもんだろ……。それにな、俺は鷹山の野郎に手も足も出ない痩せ狼だ。東条の方が用心棒にはふさわしいぞ。あの鷹山が認めるくらいだもんな」

「えっ……」

守が心底悲壮な顔を俺に向けた。ていうか兄貴のはずの俺に対して侮蔑ともとれるような顔だな。

「もしかして兄貴って弱っ…」

「違うもん!東条と鷹山が強すぎるんだもん!俺だって頑張ったもん!…」

「智樹もんもんうるさいよ。勉強に集中できない」

「うるさいの俺だけ?守だって騒いでたろ」

「東条さんが勉強してるんだから迷惑かけないで下さいよ」

「じゃあ止めようか!?この勉強会!お前らがバカだから勉強教えてやってんだろうが!なんでうるさいだの迷惑だの言われなきゃならないんだ!」

階段を上がる音が聞こえて叔母さんが3人分の麦茶とお菓子を持って部屋に入ってくる。

「智樹。お友達と勉強中なのにそんなにうるさくしちゃダメよ」

「……うん」

「智樹がごめんなさいね。皆で仲良く勉強頑張ってね」

「ありがとうございます!」「この麦茶おいしいです!のどごしが最高!」

東条も守もいかにもお利口そうに叔母さんに差し入れの礼を言っていた。なにこの疎外感……俺だけ悪者みたいな……。

叔母さんが部屋を出て行ってからしばらくの間は3人とも勉強に集中していたが、時刻は9時を過ぎたので今日の勉強会はこれでお開き。明日は火曜だが祝日。休校日ということで今日は東条と守は石川家にお泊りすることになっている。

 一人ずつ交代で風呂に入った後しばらくはゲームをやったり、益体のないおしゃべりをしていたが、話題はやはりあの夜のことに。

「でもその鷹山って人は東条さんと戦っても半分は勝てる可能性があったのにどうして降参しちゃったんですかね?話を聞いてる感じだといかにも喧嘩番長みたいな人かと思ったんですけど」

「確かに…。結果的に鷹山さんがすぐに引いてくれたから悟も俺も余計なケガもしなくてよかったけどね」

「そう言えば……」

「どうかしました兄貴?」

「いや、確かなことは言えないけど……あいつは前にこんなことを言ってたんだ。『俺は最強を自負しているが、最強であることより最強だと方が大事』だって。仮に鷹山が東条に負けたら鷹山の無敗神話はすぐに崩壊。今まで最強だと思っていた男がぽっと出の男に負けたら『青の抹消ブルーブレイカー』からの信用はおろか、もし内通者がいれば他の抗争チームにも話が伝って鷹山に逆恨みした連中が袋叩き…なんてこともありえる。鷹山が『最強』だと思われているからこそ『青の抹消ブルーブレイカー』は結束できて、鷹山という鉄壁の牙城がある限り他のチームもおいそれと手は出せないってことなんだと思う」

「そんな……鷹山さんって責任重大なんですね……」

「……今にして思えば『勝敗に関わらず天道を開放する』ってのは負けそうになった時の保険だったんじゃないか?勝っても負けても天道を開放するなら『青の抹消ブルーブレイカー』のメンバーには結果はどうあれ負けたと思われることはない」

「どうりであっさり敗北を認める訳だな」

「ほんとに……最初から全部あいつの掌の上で転がされてる気分だよ。あの野郎と話してるといつも調子狂っちまうぜ」

俺達はしばらくの間沈黙する。あいつの計算高さは鼻につくが、すべては『青の抹消ブルーブレイカー』のためだ。俺もあのダウンタウンで生き残っていく過酷さは重々承知している。少しでも隙をみせれば喰い物にされる謀略渦巻く世界。あのゴリラ面からは想像もできないような知略や狡猾さはあの環境に適応した結果と言える。俺にはとても真似できない芸当……。

 しかし…しかしだ……

「あいつが何をしていようがあの世界から足を洗った俺には関係ない。……東条、ありがとな」

「……どしたの急に」

「あの時東条が来なければ俺は無茶してもっとひどい有様になってたと思う。感情的になってする必要もない喧嘩をして……。お前が一緒に来てくれて本当に助かったよ」

「智樹……」

「過程はどうあれお前をこんな戦いに巻き込んじまった。悪いと思ってる」

「智樹が責任感じることじゃないだろ」

「俺の過去のしがらみのせいでもある。俺はもう友達に喧嘩はさせたくない。だから……」

「あああーーー!!!!!」

俺の一大決心を遮るように守が大声を張り上げる。

「なんだよ守!!」

「今日『ミラクル☆あかりちゃん!』が放送するんですよ!」

「……みらくる、何だって?」

「知らないんですか『ミラクル☆あかりちゃん!』を!?今期No.1の人気作なのに!」

「知らねぇよ!そんなに見たいのかよ!?」

「当たり前じゃないですか!今日はブラックエルフとの最終決戦ですよ!録画してあるけどやっぱリアタイで見ておかないと」

「録画してるんかい!あの無駄にデカいリアクションはなんだったんだよ……いいよ!見とけよ『ミラクル☆あかりちゃん!』を!」

「ありがとうございます兄貴!!ところで話はいいんですか?」

「もういい!」

なんか…もうどうでもよくなってきた……。どのみちあっちの世界の勢力争いなんて俺には関係ないし……。俺はこのなんでもない日常をむさぼる駄犬で構わない。悪ガキ共の屍を貪る黒狼ウルフはとっくに死んでいる。





 そんな智樹の気持ちとは裏腹に事態は進んでいく。「黒狼ウルフ一派が『青の抹消ブルーブレイカー』を壊滅させた」という噂がこのダウンタウンでまことしやかにささやかれるようになる。噂には尾ひれがつきもの。実際には鷹山は敗れていない。だが情報の真偽はさして問題ではない。鷹山は悪ガキの中では「最強」を自負し、否定する者は誰もいない。そんな彼と彼が率いる『青の抹消ブルーブレイカー』を破り、次はどの抗争チームが彼に潰されるのか危惧する者が現れた。この地では「黒狼ウルフ生存の脅威論」が伝播でんぱし、密かに彼を排除しようとする勢力が生まれつつあった。

 だがこの時の智樹には知る由もなかった―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る