第15話 青の抹消編① 仲直りに必要なのは些細なきっかけ

 守の誕生日会から一ヶ月以上が経ち(俺が東条から借りた3000円はちゃんと返した)、あいつのクラスでの立ち位置もようやく安定してきたように感じる。守から金を借りようとしていた3人組はちゃんと反省もしているようだし、あの一件以降はちょっかいをかけてくることもなくなったし、むしろたまに話したりもするようだ。

 俺が思ってる以上に守はクラスに馴染めてるし、もう俺のことを「兄貴」なんて呼ぶ必要もないかもしれない。いや、もしかしたら俺と守が一緒にいる必要すらないのかもしれない。もちろん守とは友達でありたい。でも、俺は相変わらず不良だと思われてるし、俺と一緒にいないほうがあいつの印象はいいのかもしれない……。

 っていうのはもちろん建前だ。本当の理由は他にある。

「ちょっと兄貴ぃー、何やってたんですか!30分も遅刻してますよ」

「うるせえな、お前から借りた漫画読んでたら遅くなったんだよ。あれ面白いよなー、あんなの貸しといて読むなって言う方が無理だわ。お前のせいだぞ」

「あれ貸したの一週間以上前じゃないですか〜!今日夢中で読むわけないじゃないですか。ていうか返してくださいよ」

「いや、あと5回は読み返したいから返せない」

「もう買ってくださいよ!っていうかそんな話じゃないんですよ、天道さん待たせないでくださいよ。ほらほら、謝ってください」

俺は初めて守と友達になって後悔した。なぜか守に誘われてゲームセンターに来てみたら天道てんどうわたるが一緒にいたのだ。

こいつのことは3年前から知っているしちょっとした付き合いもある。だが気心があるからこそ素直な態度はとりたくないし、こいつとの再会を祝して遊びに行くなんて気色悪い。だいたい守は少し前に天道から金をせびられていたのになんで仲良くなってんだよ。天道もバツが悪そうな顔をしているが守と遊びに来た時点で俺が来ることも知っていたはずだし、いまさら俺と何を話す気なんだよ……。

「まぁ、守が原因だけど一応遅刻したのは俺だしー、ここは俺が大人になって一応謝っておくわー。…あーーーい!!とぅいまてーーーん!!!」

ふーん、我ながら渾身のできだ。声の張りといい間といい完璧だ。叔父と叔母の目を盗んで地道に練習した甲斐があったぜ。


シーン……。


あれ?誰も笑ってない?必死に笑いをこらえながらの渾身のギャグだったのに…。

「兄貴、ちゃんと謝ってください」

「智樹……いまめちゃくちゃ空気悪いぞ」

「何!?これが面白くないんならお前ら何なら笑うんだよ!?無理して無表情作ってるんだろ?いちいち我慢しなくてもいいんだから、ここゲーセンだし周りもバカでかい声だして騒いでんだからさぁ……。えっ、本当に面白くないの?」

「そもそもそのネタ古すぎてどうリアクションしていいかわかんないし、バカ丁寧にフリも振り付けもちゃんとやってて引いたわ」

「おいおい『古い』とか言うなよ失礼だろ!ていうか東条も振り付けちゃんと覚えてるんじゃねぇか。実はそこまで古いネタだと思ってないだろ」

「古いネタなのは間違いないだろ。俺がたまたま知ってただけで守も渡もポカーンってなってたぞ。自分が知ってるネタをあたかも他人も知ってると誤解して笑ってくれって脅すのは面白いとかつまらない以前の問題だろ。ちゃんと謝れ」

「……すみませんでした」

俺は今度こそしっかりと頭を下げて守達に詫びた。ちょっとした冗談でネタをやったのに悪事がばれて担任教師に説教されたような気分になるとは思わなかった。このネタは永久に封印しよう……。

「いや、遅刻したこともちゃんと謝ってくださいよ」

「……守、もういいよ。別に大した気にしてないし」

「まぁ渡君がいうならそれでいいけど」

「えっ……名前で呼び合ってんの?お前らなんでそんなに仲良くなれるんだよ」

「兄貴は他にいうことあるでしょ」

「……おう」

なんか俺の放蕩が少し気に食わないけど仕方ないから許してやるよ、みたいなスタンスだな。この状況、天道のほうが俺よりもずっと大人っぽく感じる。くそっ、なんだよこの劣等感。

「天道、お前は相変わらず人の機嫌とるの上手だな」

「そりゃお前に比べたら誰だって太鼓持ちだろ」

「なに~!?」

「おお、ナイスカウンター」「渡君いいパンチ持ってますねー」

「お前らなんで渡が啖呵切ってきてんのにご機嫌なんだよ!」

「そりゃあ今のお前完全にアウェイだし」「兄貴も渡君を見習って少し大人になった方がいいと思いますよ」

「こんな奴のモノマネして成長するくらいならまだモラトリアムを満喫していたいね俺は」

「……なぁ、いい加減渡を仲間に入れてやれよ。お前と渡が過去にどんな因縁があるのか知らないけど今はせっかく守にできた友達だろ?全部水に流せ、とは言わないけどお前だって過去のことはもう蒸し返されたくないだろ。それとも現在進行形で渡とはいがみ合ってるのか?」

「そういうわけじゃないけど、天道は守の金を…」

「もう終わったことだし被害者の守がもう許してるんだ。俺たちが今更責めるのは違うだろ」

「………悪かったよ。天道を仲間に入れることは、もうとやかく言わない。でもやっぱり俺にも思う所はあるから少し時間が欲しい」

「石川……守を強請ってたことは本当に悪かった。でも今はそんなことやってないし、俺も心を入れ替えた」

「『心を入れ替えた』……そのセリフ聞くのもう4回目だけどな」

「「えっ…」」

「まぁこいつの立ち回りについてはよく知ってるつもりだ。俺らが通ってんのは一応進学校だし悪事が表面化すれば苦労するのは目に見えてる。こいつは一回担任絞られて、またやらないかと目を付けられてるからビビッてカツアゲなんてできない。少なくても学校では悪さはしないと信用してもいい」

「じゃあ意地張ってないで仲良くしましょうよ」

「別に意地なんて張ってねぇし……」

「じゃあ、握手!」

「ったく…」

俺と天道は渋々互いに手を差し出す。こいつとお手々繋ぐなんて気色悪い。握られた手はちょっとだけ湿っぽくて感触も嫌だったが、俺は確かに天道を仲間になれたような気がする。




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