第14話 勇者の誕生

 バス停を後にしてから歩いて数十分、近隣の住宅街を睥睨するような高台に近藤宅は建っていた。「宅」というより「邸」と言い直したほうが適切かもしれない。3階建ての立派な家で子供がかくれんぼしていたら、全然見つからなくて鬼にはなりたくないと思えるような大きさだ。等間隔に植えられた木々と色とりどりの花が植えられた花壇はきらびやかな異彩を放ち見るものを圧倒する。こんなところで野グソでもしようものなら極刑になりそうだ。

 でもそんなことよりも気になったのは、守の妹(近藤芽衣)がとんでもなく美人だったことだ。長めのふわふわの髪にリボンの装飾を施し、白とピンク色のワンピースを着こなし、ほのかな香水の匂いを漂わせる、色白の肌と相まっていかにも上品なお嬢様と思わせる外見。それだけじゃない。彼女は俺達より2つ年下の14歳にも関わらず、東条はともかく、目つきの悪い年上の俺みたいな男にも親しげに挨拶してきた。正直女の子からこんなに丁寧な対応をされたことはない。たとえ社交辞令だとしても素直にウキウキしてる自分がいる。言っちゃ悪いが本当に守の妹かと疑うくらいだ。

「まさかお前にこんな可愛い妹がいるなんて思わなかったよ。料理もうまいし今だけはお前に嫉妬しちまうよ」

「ははは、どんだけ嫉妬しても兄貴にはあげないよ」

守はそう言いながら俺の肩を小突く。あれ?なんだろうこの違和感・・・。

「東条さんならまだしも兄貴が僕の義理の弟になるなんて絶対無理だよ」

「まあ確かに関係がややこしくなっちまうな。兄貴だか弟だか」

「いや、そういう意味じゃなく」

「・・・東条、ちょっと一緒にトイレ行かないか?」

「えっ・・・・・・なんで一緒に?別に俺行きたくないし・・・」

そう言った東条を無理やり立たせて一旦この場を離れようとする。

「あっ、トイレならこの廊下の突き当りの右の部屋ですよ」

「ありがとう芽衣ちゃん。食事中にトイレなんて失礼だけど許してくれ。どうしても漏れちまいそうなんだ」

「でもうちのトイレ一人用ですよ」

「俺用足してる時、誰かがそばにいないと不安になっちまうんだよ」

「石川さんって、・・怖がりなんですね」このとき芽衣ちゃんが愛想笑いを浮かべていた。

俺と東条はそそくさと廊下に出る。だがトイレには向かわずに守達から少し離れたあたりで立ち止まる。

「どうした?早くトイレいけよ。漏れそうなんだろ」

「なあ東条。聞き間違いじゃないよな?」

「ええ?なんのことだよ」

「とぼけんなよ、お前だって気づいてんだろ。守が兄貴であるはずの俺にタメ口使ってんだよ」

「別にいいんじゃないの?同級生同士なのに守だけ敬語使ってるほうがおかしいだろ。お前だって本当は兄貴って呼ばれるのも嫌なんじゃないの?」

「普段はな」

「・・・どういうこと?」

「あいつ自分の妹の前だからカッコつけてんだよ。誕生日会に俺たち呼んだのもほんとはいい顔したかったからなんだよ」

「まあ、兄貴なんてそんなもんじゃないの?守の誕生日なんだし今日ぐらい許してやれよ」

「俺だってカッコつけたいの!あんな可愛い子が目の前にいたら男なら無条件でカッコつけたくなるだろ!」

「そういうもんなのか?」

「普段からかっこいいと思われてるやつにはわかんねえよ!!」

「おい、守達に聞こえるぞ。お前今ものすごくかっこ悪いぞ」

冷水をかけられるようなことを言われて俺は少しだけ冷静になれた。今の会話だけじゃない。俺は守の妹がせっかく料理を振る舞ってくれているのに途中でトイレに行ってしまった礼儀知らずで、しかも個室に一人きりになったぐらいで不安になる極度のビビリだと思われた(席を立つための口実とはいえなんであんなこと言ったんだろう)。もうカッコいいやつなんて思われるわけがない。どうせもう手遅れだし・・・ここは守に花を持たせるとしよう。

「東条。今日だけはあいつにカッコつけてもらおう。誕生日プレゼントにはそれが一番ふさわしいよ」

「なんかお前、急に諦めがついたな」

「・・・え?そんなこと、ねーよ?俺たちがあげたプレゼント、あんまり気に入ってなかったからここで名誉挽回したいだけだよ」

「ふーん・・・」

東条は俺が本気でプレゼントを渡そうとしていることを訝しんでるようだ。まったく、とんだ勘違い野郎だぜ。俺にだって友達の誕生日を本気で祝いたいと思う甲斐性ぐらいあるんだぜ。

 芽衣ちゃんに気に入られようと今まで貼り付けていた微笑みを崩して、いつもどおり双眸に力を込めながら守達のいる部屋に戻る。守のおちょくるような言葉がやや強く俺に刺さってくるがなんとか堪えて守の誕生日会はお開きになった(明日になったら守には何かおごってもらおう)。


 

 次の日、学校に行き守のクラスの前を通りかかると守があの3人グループと何か話していた。東条と一緒に少し距離をおいて彼らの会話に耳を傾ける。

「なあ近藤、ちょっとでいいから金貸してくれよ。一週間で返すからさぁ」

「いや、それはちょっと無理だよ・・・」

「いいだろぉ。俺たちクラスメイトだろ?どうせお前んち金持ちなんだろ?ちょっとの間金借すくらいどうってことないだろ」

あいつら懲りずにまだ金借りようとか考えてんのか。なんでただクラスメイトってだけで金の貸し借りなんかしなきゃいけないんだ。俺は奴らの間に立って止めさせようとした・・・が、東条に止められた。

「おい、なんで止めんだよ!守の金が奪われてもいいのかよ!」

「・・・たぶんこれがチャンスなんだよ。ここでお前が仲裁に入ったら守がいつまでも変われない」

「何言ってんだよお前」

「いいから黙って見てろ」

東条がいつになく真剣な表情だったので俺は一瞬たじろいだ。よくわからないけどここは東条を信じて諦めて黙って見てることにした。


「・・・嫌だって、言ってるだろ・・・」

「あん?お前調子に乗んなよ?石川の金魚のフンがよ・・・。俺ずっと気持ち悪ぃと思ってたしな。いいからさっさとよこ」

「誰がお前らなんかに!!!」

守が大声をあげた。近くにいた奴らも驚いてるし、俺もメチャクチャ驚いた。

「絶対渡せないからな!僕がお前なんかに金を貸す義理なんかないし!僕もお前みたいなやつ嫌いだ!どうせ仲間がいないと何にもできないんだろ!お前らみたいなクズが3人でかかっても、僕は怖くなんかないんだ!」

「んだとぉコラァ!!でかい口叩くのもいい加減にしとけよ!」

3人が守を囲んで暴力沙汰にでもなりそうになったが、

「いいのか、僕に手を出して」

「あぁ?!」

「お前らみたいなクズはどうせ内申に響くのが怖くて学校で問題起こす度胸なんてないんだろ!」

3人の勢いが収まった。どうやら暴力沙汰には及ばなかったようだ。奴らは守から離れていった。あいつは自分の身を守るために必死に声を振り絞りあいつらの戦意を消失させた。あの3人の驚いた表情を見るにもう二度とあいつらが守に手出しすることもないだろう。つい最近までいじめられっこだったのに、あいつにも不埒な輩に抗う力を手に入れたようだ。お前は立派だよ、守。



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