第12話 文化祭⑥ 祭りの終わりは切なさで締めくくる

 その後、泣き崩れる茜のそばに寄り添いながら俺は彼女を家まで送っていくことにした。こんな状態の茜を一人きりにしておくことはできない。

 金髪ヤンキーは俺たちに罵詈雑言を浴びせていたような気がするが、ほとんど覚えていない。突き刺さる言葉の槍を払いのけてその場を去った。

 結局俺たちは一言も言葉を交わさず別れを告げた。「元気だせよ」「次はきっといい男と付き合える」なんて軽はずみな気休め文句はこのときの俺にはできなかった。


「へー、ほっとけばいいんじゃないですか」

それが昨日起こった出来事のあらましを東条と守に伝えた時の守の方の第一声だった。東条も納得してる様子だった。

「いや、俺の話ちゃんと聞いてた?付き合ってた彼氏にとんでもない裏切り方されたんだぞ。俺はあの時なんにも慰める言葉が思いつかなかった。あいつは今でも悲しんでるかもしれない。俺は恥ずかしいよ・・・!こんなことになるとも知らずに茜と一緒にいて浮かれてた自分が・・・。」

「そんなの気にするなよ。元々俺とアキが智樹達がくっつく様に誘導したからだしお前には何の責任もないよ。それ後悔してるんなら、俺のほうこそごめん」

「東条は何も悪くないだろ。俺が女と付き合えるように協力しただけだろ?」

俺と東条の押し問答が続いている中、守が口火を切る。

「確かに茜さん?も悲しいとは思いますが大丈夫ですよ。失恋の痛みなんて数日経てばきれいさっぱりなくなってるものですよ。寧ろ下手に刺激するとかえって直りが遅くなりますよ。だから兄貴は何もしなくてもきっと何とかなりますよ。」

「そんな、なんか冷たくないか?」

「女ってのはそういうもんですよ。それによかったじゃないですか?茜さんを出汁にしていい顔しようとしてるような男ですよ?そんな奴と付き合ってもきっと楽しくないですよ」

「・・・それもそうだな。俺が悲観的になっても仕方ないか。もしあいつが本当に辛くてもアキが励ましてくれるか」

「そうですよ。それより兄貴、僕はうれしいですよ」

守が意味深な笑みを浮かべながら言ってきた。俺が茜の心配をしているのがそんなにうれしいのか?

「ん?何がそんなにうれしいんだよ」

「兄貴が女子に興味をもってるとは思わなかったんですよ」

「まあ、あいつとは腐れ縁、というか、因縁みたいな・・ものがあって・・・」

俺はしどろもどろになりながら返答に窮していたが、

「いや、そっちもなんですがまさか兄貴が文化祭でナンパなんてするとは」

一瞬何のことを言っているのかわからなかったが、言われてみて思い出した。

「お前よく知ってるな。でもな、あれは東条に強引に頼まれて仕方なくやったんだ」

「またまたぁ、いいんですよ勿体つけなくても!不良エピソードとしては弱いほうじゃないですか」

「だーかーらぁー!俺はもう不良とかじゃないって言ってるだろ!悪党の度合いで言ったら東条のほうが悪役だろうが!」

「俺そんなこと言ってないけどな」

東条が我関せずといった顔で言った。

「ほら、東条さんも違うって言ってるじゃないですか」

「おまえ!あれだけ人に屈辱を味あわせておいて一人だけ責任逃れしてんじゃねーよ!」

「いやいや、あれは文化祭で浮かれてる女子なら勢いづいた俺の魅力でイチコロ、

とか勘違いした智樹がやったんだろ」

反論しようとしたけどあながち間違っていない東条の発言はすっかり俺の勢いを沈下させた。結局のところ、あれは成功確率が上がってると思い上がっていた俺の背中を東条が後押ししただけだ。そして成果が挙げられず男の子としてのプライドが勝手に傷ついただけ・・・。


「でも茜は本当に大丈夫かなぁ?やっぱりなんか声かけたほうがいいんじゃないか?」おれはついさっきたどり着いた結論に異議を唱えるように東条達に尋ねる。

「だから気にしすぎですよ。兄貴がそんなに気を配っても仕方ないですよ。兄貴は追想してるんですよ」

「追想?」

「そうです。いつまでも過去に囚われて、縛り付けられて、逃れられない可愛そうな囚人です」

「おい、誰が囚人だよ」

「すみません、調子に乗りました。でも昔付き合ってた女子のこと考えて束縛するのってみっともないですよ」

「別に束縛してるわけじゃないだろ。・・・ていうか誰が付き合ってたなんて言った?」

「話聞いてれば誰だってそう思うでしょ?」「なあ」

守も東条も同時にうなずいてみせた。

「違うって、あいつとは腐れ縁で」

「未練残りまくってんな、そうやって無理に関係を否定するあたり」

東条が核心をついてきた。ずばり言い当てられて動揺を隠せない。

「お前、本当は彼女のこと心配してるんじゃなくて同情するふりして彼女とヨリ戻したいだけなんじゃないの?」

「馬鹿!誰がそんな図々しいことを!」

なんて激情に任せて否定したがその白白しさに俺は気づいていた。

俺たちは互いに納得して離れた。離れたはずだった。でも俺は未練がましく茜に近づくきっかけをずっと探していた。本当は俺なんかに本当に彼女を思う資格なんてないと自分でもわかっているはずなのに。

「兄貴どうしたんですか?急に落ち込んだような顔して」

「いや・・・東条にそのへんのナンパ男と変わらない軽薄男だと思われてショックだっただけだ」

「なんか自虐に酔ってる自分、ていうタイトルの版画みたいな顔してますよ」

「俺の顔は二次元で表現できるような平べったい顔でもないし白黒でもない」

「自虐に酔ってる、ていう部分は否定しないんですね」

「・・・・・」

「まあそんな顔でもいいんじゃないですか?今クラスで写真撮ろうって東条さん呼ばれていきましたよ?せっかくだし兄貴も撮ってもらったらどうですか?」

「人の顔をおもちゃについてきたラムネみたいにおまけ扱いすんなよ!

俺はこの文化祭の立役者だろうがクラスの連中め!」

「それを別のクラスの僕に言われても・・・」

「じゃあ今から言ってくる!またな守」

「健闘を祈ります」

俺は顔を引き締めてクラスの連中のもとに向かう。東条だけは俺に同情的な視線を向けていたが他の奴らは俺のことを無視して文化祭の喧騒と達成感に酔いしれている。それでいい。俺の失恋話なんかで場を白けさせるのも嫌だし、知られたくもない。






 

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