第11話 文化祭⑤「温もり」は感情を冷やす特効薬

 茜の彼氏が女の子の手を引いて目の前を歩いている。この光景を目にしたときまず俺の脳裏によぎったのは、他人の空似じゃないかということだ。俺が茜の彼氏を見たのは一度きり、それもスマートフォンの画像でだ。しかも茜の現在の彼氏を直視したくないという俺の心理も働いてはっきりと確認していないじゃないかと、自分の記憶を疑った。しかしその目論見はすぐに打ち消された。俺が見た茜の彼氏は短めの金髪で耳に3つもピアスを開けていて彼女のスマホに中指を立てたファックのポーズをきめる現代の日本では絶滅寸前のチャラ男である。見紛うわけがなく俺の記憶にインプットされていた。

 しかも奴と手を繋いで歩いている女の子は、東条の悪質な誘導でナンパをした結果、誘いを断った一人目の女の子だった。俺の純情を弄んだうえこんな男に愛想ふりまきやがって、結構かわいい女の子だったのに幻滅した!それ以上に奴を好きになってる女が二人この場にそろってしまって、修羅場になりそうなのに俺だけ蚊帳の外じゃないか!なんだよこのザコっぷり!

 しかしながら、騒動に巻き込まれるのも嫌なので俺は足早にこの場を去ろうとした。だが茜は彼氏の目の前で立ち止まり、ものすごい形相で彼氏をにらみつけていた。


「なんなんだよこのアマは!!!!!」


。茜が馬鹿でかい声で叫ぶ。あまりの大きな叫び声に近くにいたカラスが一目散に飛び出すくらいだ。俺の心臓も飛び出しそうだ。

 ああ、また始まったな、茜のバーサークモード。こいつは普段はおとなしくて女々しく見えるのに、おそろしく感情がピーキーで一度切れると手が付けられない。しかも的確に相手の急所めがけて蹴りを入れたり、痛いところを指摘したりするからパパにおもちゃをねだって躍起になってる駄々っ子よりもたちが悪い。

「アンタこの状況どういうことかわかってる!?あたしはね、アンタがしつこく付き合ってくれって何度も何度も頼んでくるからしかたなく相手してやってるのに浮気ってどういうことよ!!しかも何よアンタの隣のセンスのない女の身なりは!学校祭で舞い上がってんのか知らないけど高校生にもなってツインテールって、ツインテールってなによ!あんなの自意識過剰系のバカアイドルしかしてないでしょ。この泥棒猫バカ丸出しじゃない!アンタ私はバカですってプラカード掲げてる女と手ぇ繋いで恥ずかしくないの!?」

そこまで茜がまくしたてた後、一度深呼吸。そうしてまた口を開く(どうやらブレスをいれたらしい)

「だいたいねぇ、あたしは前から不満がいっぱいあったのよ。あんたがプレゼントしたアクセサリー、みんな百貨店で売ってるような安物じゃない!あたしが嫌々受けとってるの気づかなかったの!?あんたの前以外じゃ絶対つけられないし、みっともない。あたしが遊園地行きたい、とか言ってもちっとも連れて行ってくれないじゃない!全然優しくもないし気が利かない最低な男ねほんと」

 俺に言ってたことと全然違うじゃねえか!さっき優しくて気が利くとか言ってただろーが!元カノが嬉しそうに語る彼氏のエピソードを聞いていた、俺の憂鬱はどう処理すんだよ。

 あーあ、ここまで言われたらなんかこの金髪チャラ男に同情しそうだ。俺もこいつの怒りを買って何度もご機嫌とってたからな~。

 とりあえず俺は過去の経験を頼りに、手に持っていたイチゴミルクを茜に差し出した。「糖分とって少し時間を与えれば茜は落ち着く」そんな記憶が呼び起こされたが、なんだか猛獣の飼育マニュアルみたいだった。俺がさっきまで飲んでたものだから間接キスになってしまうとか、特に考えずにグイっと飲み干し容器をその場に捨てた。紙パックが地面に落ちる「コトッ」という音がやけに大きく感じられた。

「お、お前だって人のこと言えんのかよ!自分だって男とデートしてるじゃねーか!俺ばっかり悪く言うなよ。」

 チャラ男がようやく口を開いた。啖呵を切っているように聞こえたがその目には恐怖がありありと浮かんでいた。その証拠にさっきまで手を繋いでいた二人がいつのまにかその手を離していて、女の子は茜から距離をとっていた。

「そもそも俺はお前が好きだから口説いてた訳じゃねーんだよ。お前の中学時代の話を聞いてこいつと一緒にいればヤンキーがたむろしてる繁華街に行ってもでかい顔ができるから付き合ってただけだ。じゃなきゃ誰がお前みたいなアバズレ・・・」


 そこまで言ったところで奴の言葉は途切れた。いや、俺が止めた。

 俺はこのチャラ男を殴っていた。久しぶりに本気で人を殴ったような気がする。それくらい自分でも冷静さを失っていた。

 聞いていられなかった。茜は着実に幸せになっていると勝手に思っていたけど、実際にはこいつに利用されていただけだ。はいつもそうだ。自分たちで好き勝手にやっているように思っても実はだれかの手のひらで弄ばれているだけ。

そのたびに怒りに身を任せて敵を叩きのめす。そんなやり方ばかりしていたから誰も俺たちに寄り付かない。

 茜はわんわん泣いていた。彼女が怒り出したらその後はだいたい大泣きする。恋人に裏切られて、しかも自分が女の子としてではなく、ただの「魔除け」にされていたと知ってしまったんだ。こんなとき俺はどんな言葉を彼女にかければいいのかわからない。だからこそ俺たちの関係も破綻してしまったんじゃないかと思う。

 俺は茜の肩にそっと手を置いた。泣き崩れていた茜の震え、俺の怒りの震えが少しだけ治まったような気がする。

 



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