第8話 文化祭② ヒロインには憂いと憐れみがつきまとう

 その後も東条に半ば強制的にその辺を探索している女の子に声をかけ、当然のようにスルーされた。この時になってようやく自分が女の子に対して緊張してしまうことを思い出した。

 文化祭の準備の時はクラスの女子とも普通に話せていたので克服できたのだと勝手に思っていたが、そんなことはなかった。クラスの女子とはあくまでも共同作業をしているという連帯感から臆さず話すことができたらしい。

 計3人の女の子に振られたところで、

「はい、空振り三振バッターアウト!十分面白いものは見せてもらったしさっきの失言は秘密にしておくよ」

東条からお許しが出てとりあえず安心したが、俺の男の子としての純情を傷つけられた上、男の子として精一杯の勇気ある行動を「面白い」とバカにされたので腹が立ってきた。仕返しがしたい・・・。

「俺が三振したんなら次のバッターに交代しないとな、次はお前の打順だな」

なんて台詞が一瞬思い浮かんだがすぐに取り消した。コールド負けするのがオチだ。

 ナンパをして学校の風紀を乱すことすらできない俺だったが、目の前に同じくナンパに勤しんでいる奴が現れた。名前は知らないがチャラチャラした雰囲気の上級生だ。

 声をかけられているのは・・・、俺の知り合いだった。いや、それ以上の関係だった女だった。最後の会ったのは1年以上前で、ショートカットだった髪が肩にかかるくらいのセミロングに変わっていたし、以前と比べてどこか存在が儚げだった。

 それでも彼女を一目見て識別できたのは、俺の脳裏で彼女の存在がインプットされ続けていたからだろう。

 気が付くと俺は彼らのもとに歩き出していた。それは本能的な動きで俺自身も自分の感情が整理できない。もう他人なんだから構う必要もないとか、そもそも彼女は助けを求めていないんじゃないか?なんて考えることもなく俺は上級生に詰め寄った。

 俺はそいつを思い切り睨みつけていた。それは相手を糾弾するものではなく拗ねた子供のような視線だった。相手も俺を睨み返してきた。普段の俺ならたとえ相手が年上だろうがビビることはない。だからこの時も相手の視線に戸惑うことはなかったが、睨めつける以外に何もできなかった。

 動揺していた。なぜ彼女がここにいるのか・・・。

「げっ!石川かよ。お前もこの子狙ってんのか?まあ、そこそこ可愛いもんな~。

お前に因縁つけられるのも嫌だからな。くれてやるよ!」

上級生はそんな捨て台詞を吐きながら逃げていった。そこそこだと?すげー可愛いだろ、なんてことは彼女の前では言えない。

 俺と上級生の睨みあいを静観していた広咲茜は少しだけ驚いた表情をしながら俺を見つめている。その顔が綻んだかと思うと彼女は礼を述べる。

「ありがとう。・・・波代高校みたいな進学校でもああいう人っているんだね」

「おう。あんな風紀を乱す奴は許せないよな、まったく」

 東条が「お前が言うな」とか口だけを動かして俺に訴えているような気がした。俺は読唇術が使える訳じゃないがなんとなくわかる。もし実際にそう言ってきたら俺もあいつに「お前が言うな」と返してやる。俺はあいつに脅迫されて仕方なくナンパしたんだ。そんな自己暗示をしながら俺はすました顔をしていた。

 しばしの沈黙が二人の間に流れた。彼女とは1年以上もろくに口をきいていなかったのに、急に再開を果たし、男に絡まれているところを助けるという俺にしては珍しくロマンチックな演出が功を奏したのか妙に緊張している。

 さっきまで緊張していたとはいえ知らない女の子に声をかけるくらいはできたのに、どうして昔付き合っていた女を前にして言葉が出なくなるくらい緊張してしまうんだ・・・。情けなくて自己嫌悪に陥りそうだった。

 そんな俺の動揺を悟っているのかはわからないが広咲茜の隣にいた女子が急に話し出した(俺はこの時になってようやく彼女の存在に気付いた)。

「あれあれ~?何この微妙な雰囲気?もしかしてこの人が前から言ってた彼氏?ちょっとなにこれ~、ドラマチックなんだけど~!ていうかやっぱり男目当てでこの学校の文化祭に来てたんだね!やっぱりあんたもフィーバーしてんじゃん!」

「いや、彼氏じゃ、・・」

「別にごまかさなくてもいいから。彼氏と文化祭見て周るなんて女子高生にとっては普通のことだしね。うらやましいな~」

「だから聞いてよアキ、」

 アキと呼ばれた女子はその後も妬みともとれるような広咲茜への賛辞を述べながら肘で茜の二の腕を小突いていた。一方広咲茜はというとそんな彼女の勢いに気圧されて弁解する隙を与えてもらえなかった。

 そんな女子特有の恋愛フィールドを見せられた後、ようやく俺にお鉢が回ったのか若干不躾ともとれる視線がアキと呼ばれた女子から注がれた。これが「品定め」とかいうやつか、なんて嘯く余裕もなくやっぱり緊張していた俺だったが、その視線がすぐに外れていた。

 彼女は俺を観察していた時とは5倍程は高いんじゃないかという集中力で東条を見つめていた。理由は、まあ御察しの通りだろう。説明するのも嫌なので以下省略。それにしても尋常じゃない集中力だ、進研ゼミのCMかよ?

「もう、彼氏と一緒に学校周るんなら先に言っといてよ。何か私空気読めてないみたいじゃ~ん!まあでもここは私が大人になれってことだよね?まったく仕方ないなぁ。じゃあ私は邪魔みたいだからどっかいこうか」

そう言ってアキは東条を見つめていた。東条は俺と広咲茜をニヤニヤしながら一瞥した後、

「それもそうだね。一緒に行こうか」

なんて言ってアキにホイホイついて行った。

「なんか、お前の友達ずいぶん元気いいなぁ」

「うん、いつも振り回されてる気がする」

そう言って俺たちは苦笑していた。やがてその顔が微笑に変わっていた。

 アキは自分の下心を丸出しにしていたし、実際東条と二人でいたいから俺たちから離れていったんだろうけど、そのおかげで和やかな雰囲気を広咲茜と一緒に作ることができた。おそらく東条もそれを汲み取ったんだろう。あいつは妙に勘が鋭いことがあることがようやくわかってきた(あんまり認めたくないが)。

 アキと東条、ついでにあの上級生のおかげで演出できた好条件でのアキとの再会。俺は、俺たちは再び歩き出す。あの時失った二人の旅路にまた一歩踏み出していく。己の封印していた自責の鎖を断ち切るように。

 

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