第6話 自分では語れない「自分自身」

「あの時の智樹はいきなり男に頭突きしてビッチ呼ばわりしたりほとんど不審者だったよね。不審戦隊☆ストレンジャーだったよ」

「誰だよそれ?新しい戦隊ヒーローか?だいたい一人しかいないのに戦隊っておかしいだろ」

もうその話は終わってんだろ。

 帰り道に東条と話していたら出会ったときの話題になりそんなことを言い出した。東条が今日家に来ることを連絡したら「今日泊まればいいよ」と言われたので東条に確認をとりその提案に乗ることになった。俺たちは寄り道をして通学路とは少し離れたショッピングモールに来ている。急遽家に泊まることになったので着替えを買うためだ。

 実は俺が12歳の時に事故で両親が死んでいる。それ以来今まで住んでいた町を離れて親戚の家に住んでいる。今でこそなんとか気丈に振る舞っているが、当時はなかなか事実を受け入れることができなかった。昨日まで当たり前に存在すると思っていた幸せがたった一日で消えてしまったのだ。当然ともいえる。俺がヤンキーとケンカをするようになったのはそんな受け入れ難い現実に抗う為だったのかもしれない。

 そして俺は親戚の家に住むようになってから初めて誰かを招待することになる。部屋を見られることもそうだし、叔父さんと叔母さんを紹介することに緊張している。でもそれが東条でよかったと思っている。こいつならある程度気兼ねなく話せるからな。

 洋服店に入り東条の服を選ぶ。最も選ぶのは東条なので俺はそれを黙って見ている。ていうかただの部屋着なんだからそんなに悩む必要もないと思うが、なぜか東条はシャツ一枚選ぶのに5分以上もかかっている。

「お前そろそろ決めてくれないか?シャツ一枚買うだけでどんだけ人集める気なんだよ」

現に女子がたくさん集まっている。こいつどんだけ目立ってんだよ。

「いや~、どのシャツが一番筋肉を際立てるか考えてたんだよ。やっぱりTシャツよりタンクトップの方がいいかな?」

「知らねーよ!いいから早く決めろ!」

「うーん・・・、やっぱりこれがいいかな」

東条はノースリーブの白いタンクトップを見つめながらそう言った。やっと決まったか、と俺が安心していると奴はおもむろに上着を脱ぎだした。

「お前なんでこんな所で服脱いでんだよ!」

「なんでって、一回着てみないとよくわかんないだろ」

「更衣室で着替えろ!公然わいせつだろうが!!」

そう言って俺は東条を強引に更衣室に連れていきカーテンを閉める。この時女子達がガッカリした表情をしたことを俺は見逃さなかった。つーか俺が一緒に入る必要はなかったよな。

「ほら、早く試着してここ出るぞ!」

「よく見るとこれ智樹の方が似合うんじゃないか?」

「俺は別にいいんだよ!」

「まあまあ、そんなこと言わずに着てみろよ~」

東条が俺の拒絶を無視して服を脱がせる。上半身裸になった俺を見て

「智樹って意外といい体してるね~、ちょっと触らせてよ」

「おい、やめろって!!」

俺の胸板を触ってくる東条。うわーなにこれ気持ち悪い!のけぞった拍子に二人ともカーテンから飛び出て倒れる。俺が東条に押し倒される形だ。

キャー!とかイヤー!とかアッー!と言う声が店内に響き渡る。5秒程茫然自失だった俺は我に返り急いで東条を更衣室に戻して服を着る。あーあ、絶対勘違いされてるよ。更衣室で行為におよんだと思われてるよ、じゃないんだよ、ってツッコミが脳内再生されてるよ。俺たちは逃げるようにそそくさとレジに向かいタンクトップを購入した。店員は9割のドン引き、1割の好奇心というぎこちない笑いで応対していた。

「タンクトップしか買わなかったな。パンツやズボンどうしよう?」

「もう俺の着てもいいからさっさと帰るぞ」

「えー、サイズ合わないだろ。お前身長170ぐらいだろ?俺182あるもん」

「うっせーな。いいだろ我慢しろよ」

もうここには居たくない。俺は東条を連れて帰路に就く。

 家に着いた頃にはもう6時を過ぎていた。結局東条は別な店で服を買うと言い出したので(そこでも何十分も悩んでいた)かなり時間を浪費してしまった。

 家に上がるとすぐに食事をとることになった。叔父さんは今日も仕事で帰りが遅いので3人で先に食べる。

「智樹は、学校ではどんな調子ですか?」

叔母さんが東条に聞いてきた。

「ああ、智樹は友達に買ってもらったパンよりも弁当を食べたいとごねていました。よっぽど叔母さんの弁当が好きなんですね」

「お前、そんなこと言うなよ!恥ずかしい」

「いいじゃん、本当のことだろ?」

その後も東条は俺の学校でのエピソード(授業中に教科書をよだれで汚しながら寝ていたとか、携帯電話が授業中になった時に自分のだと勘違いして本人より早く携帯を取り出してホッとして皆に呆れられていた等)を話していた。くだらない話ばかりだが叔母さんは楽しそうに聞いていた。

「正直、この子が学校でうまくやっているのか不安だったんです。智樹は過去につらい事もあったしなかなか素直になれないから、クラスの子達ともうまく付き合えないんじゃないかと心配していたんですけど、悟君みたいな素敵な友達がいてくれてよかったわ。

これからも智樹のことよろしくね」

「はい、任せてください」

東条はそう言って俺の肩を軽くたたいた。

 もしかしたら叔父さんと叔母さんはずっとこんな機会を望んでいたのかもしれない。確かに俺は自分のことをあまり叔父さんや叔母さんには話さなかった。言ってもつらい思いをさせてしまうようなことばかりしてきたし、なかなか恥ずかしくて言えなかった。でも、二人はずっと俺のことを気にしていたのかもしれない。二人に俺の普段の生活を伝えるために東条はここに来たのか?いや、流石にそれは考え過ぎか。

 その後俺たちは東条がやりたがっていた格闘ゲームで対戦していた。このゲームは簡単なボタン操作でできる基本技と、コマンド入力でできる必殺技があるのだが、俺は基本的な操作方法しか東条に教えずに、必殺技を独占していた。もちろん東条はぼろ負け。しかしそれでも奴は楽しんでいた。基本技しか使えないのにコツをつかんできたのか、うまく俺の技をかわして反撃してくる。絶妙なタイミングでガードして攻撃を繰り出してくる。戦闘に関するセンスがすごい。正直俺はこのゲームに関してはまだまだ素人だが格闘ゲームに関しては一家言持ちだ。そんな俺とほとんど互角に戦えるとは・・・。このままだとすぐに追い越されそうなので俺は奴の制止を聞かずにゲームを終了する。

 家に着く前はどうなることかと危惧していたが特に問題はなかった。東条も楽しそうだったし叔母さんも安心していた。東条はこの後風呂に入ったり俺とくだらない話で盛り上がった後、ぐっすり眠った。

 東条は俺がクラスの人間にヤンキーだと恐れられていることは叔母さんには言わなかった。言ったら不安にさせてしまうかもしれないと思ったからかもしれない。でも、叔母さんは中学時代の俺をある程度知っているしいずれはバレてしまうかもしれない。でも、それでもいいと思えた。

俺の過去を知ってもなお友達でいてくれる奴がいるから。



 



 

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