第2話 歓迎会という名のただの飲み食い

 放課後、何故か東条と近藤と一緒に飯を食いに行くことになった。近藤が「この出会いを祝して歓迎会をしましょう」と言ってきたのだ。そして奴が主催で歓迎会をすることになった。歓迎されるべき人間自らが主催で歓迎会をやるなんて聞いたことがないが、飯は彼が奢ってくれるらしい。タダで飯が食えるならと俺も東条も大歓迎、参加する決意をした。

 そうして彼に案内されたのは繁華街や主要幹線から大きく離れた、ヤンキーが方々に目を光らせる路地裏だった。当然俺たちが行く先々で奴らの視線が映写機のように降り注ぐ。彼らは誰もこちらを歓迎などしていない。このあたりに来るのは約1年ぶりだ。この胸の疼きはヤンキーたちの無言のプレッシャーだけが原因ではない。

 路地裏に入ってから15分ほど歩いた後(なんだか遠回りをしていたような気がする)、ようやく一軒のラーメン屋にたどり着いた。

 引き戸を開け中に入ると一人の爺さんが椅子に腰かけながらがこちらを見てきた。「いらっしゃいませ」とかろうじて聞こえる挨拶をしてから、持っていた雑誌を置いて立ち上がる。頭にタオルを巻きつけ厳つい表情をしていたが、顔は皺だらけで腰を大きく曲げていることからも相当なご高齢だと窺える。

 とりあえず壁の奥にかけられていたメニューを見て各々が注文する。爺さんは黙々とラーメンを作り始め、俺たちは厨房から一番離れたテーブル席でラーメンの完成を待つ。その間近藤は好きなアニメの話を永遠と語っていた(詳しくは聞いていないが、主人公が魔法を使って敵を倒して女の子を助けて旅をするありきたりな話だった)。俺も東条も特に関心はなかったが適当に相槌を打つだけで奴は水を得た魚のように燥いでいた。

 30分程待ってようやくラーメンが運ばれてきた。だいぶ遅い気もするが爺さんが一人で切り盛りするラーメン屋なら仕方ない。

 頼んだのは全て塩ラーメンだった。3人とも同じ味が好みで喜ぶべきなのかもしれないが、客観的に見るとキモイかもしれない。

「ここのラーメンって味は悪くないんですけど、油が多くありません?胃がもたれそうですよ~、そう思いません?」

近藤が無神経な発言をしやがった。

「おいやめとけって!聞かれたらどうすんだよ」

「大丈夫ですって!あんな耄碌もうろくした爺さんに聞こえる訳ないじゃないですか」

「いや、年寄りの聴力なめんなって!地獄耳かもしれないだろ!」

「地獄耳?なんですかそれ?よく聞こえる耳と引き換えに近い将来地獄送りにでもなるんですか?

まあ~、あんな目つきの悪い爺さんは天国よりは地獄の方が妥当ですけど~」

「おまえあの人に恨みでもあるのかよ?絶対呪われるよ?祟られるよ?」

「結局兄貴も地獄送りにしてるじゃないですかー」

ジロっと爺さんがこちらを覗いた後、席を立ち俺たちに近づいてきた。やべーよ、きっと怒ってるよ、絶対地獄行きだよ。

「あのー、家のラーメンは油の濃さに拘っているんですが、お客様の口には合いませんでしたか・・・・・。申し訳ございません」

そういって頭を下げられた。

「いえいえ、俺はこういうラーメン好きですよ。この油が活力になってきっとトレーニングも捗りますよ」

東条が爺さんに精一杯のフォローをしてくれた。

「そうですかぁ。そういってくれると幸いです。どうぞごゆっくり召し上がってください」

そういって爺さんは去っていった。俺たちの会話は全部聞かれているはずなのに怒らないんだな。あの爺さんは見た目が怖いだけで性格はいいのかもしれない。人は見た目では判断できないな。

 しかし近藤は懲りなかったようだ。むしろニヤニヤしながらこんなことを言い出した。

「あの爺さんなら騙すの簡単そうじゃありません?」

「おまえ何言ってんだよ。これ以上迷惑かけるなよ」

「大丈夫ですよ。兄貴に迷惑はかけませんよ」

「あのお爺さんに迷惑かけるなって言ってんだよ!」

近藤は自分の髪の毛を一本抜き取ってラーメンのスープに浸した後、それをつまみ上げ

「ラーメンに髪の毛が入っていたことにしてお代をチャラにしてもらいます」

「おい、やめとけって!」「それはやめたほうがいい」

おれも東条も反対した。

「僕のラーメンだけですから。兄貴たちはを汚す必要ありませんよ」

そういって近藤は席を立ち爺さんの方へ向かっていった。

「あのーすみませーん。このラーメン髪の毛が入っていたんですけど。

こちらではこんなラーメンを食べさせるんですか?麺と髪の毛一緒に啜れって言うんですか?」

爺さんは頭に巻き付けたタオルを取った。爺さんはハゲだった。それも毛一本残っていないツルピカのハゲだった。そして頭をさすりながらこう言った。

「ああ、まさかこの頭にまた髪の毛が生えてくるなんて。神は私を見捨てはしなかった」

爺さんは自分が丹精込めて作ったラーメンに髪の毛が入っているとあらぬ疑いをかけられているのに嬉しそうだった。

「しかし、せっかくここまで伸びた髪も抜け落ちてしまった。もう生えてはこないだろうなぁ」

「そんなことないですよ、きっとまた生えてきますって!兄貴もそう思うでしょ?」

「お、おお!もちろん。」

なんでこっちに振ってきやがった。

 その後俺たちは何とか爺さんを励まそうとしていた。近藤が頼んだ塩ラーメンを爺さんに食べてもらって、

「わかめ食べると髪が生えてくるとかよく聞きますよ。このわかめがトッピングされたラーメン食べればきっとまた生えてきますよ」

なんていう話をして30分程かけて爺さんを元気づけた後、店を出た。東条はこんな状況でもずっと冷静だった。爺さんが食べてるラーメンにトッピングをしてあげたり、水を持ってきてくれたりもしていた。もしかするとこいつは爺さんがツルピカハゲだと最初から感づいていた?だから止めようとしていたのか?まあ、どうでもいい。

「まったくお前のせいだぞ近藤。なんで俺たちもハゲた爺さん励まさなきゃいけないんだよ!」

「ハゲだけに?」

「うまくねーよ馬鹿!迷惑かけんなっていったのによぉ」

「でも結果的に僕の分も兄貴たちの分のお代も払いませんでしたね」

「うんそう・・・って、俺たちどさくさに紛れて食い逃げしてるじゃん!

どうすんだよ、お前今から戻って金払って来い」

「えー今からですか、嫌ですよー」

「元々お前の奢りだろうが、自分で何とかしろよ」

そこで東条が口をはさむ。

「奢ってもらってるくせに態度でかっ」

「それはごめん!!つーかお前も奢ってもらってんだろ!」

俺と東条は二人で近藤に頭を下げて「金払って来い」と命じた。シュールな状況だ。近藤は渋々了承した。

「あの、兄貴・・・」

「なんだよ、一人で行くのがそんなに嫌か?」

「いや、それはいいんですけど・・・やっぱり何でもないです」

この時近藤が何を言おうとしたのかはわからなかったが、どこか深刻な様子だった。



 

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