追想の英雄譚

舞零(ブレイ)

第一章

第1話 第一印象は何よりも大事

 高校一年の5月半ば、学校生活にも慣れてきてようやく自分の居場所を獲得できる時期に来た。浮足だっていたり緊張していたあの頃の感情は霧散し「恋人が欲しい」とか「新しい自分に出会いたい」などという考えが思い浮かぶ時期だ。

 いつものように学校に向かう道すがら、

「きゃーかっこいい!」

東条とうじょう君かっこいいなぁ、もう彼女できてるのかな?」

と言うような女子たちの歓声が聞こえる。東条とはこの俺、石川智樹いしかわともきではなく俺の隣を歩いている男である。

 東条悟とうじょうさとるは言うまでもなくイケメンだ。

身長が180センチ以上あり、常に笑顔を絶やさず、少し長めの茶色がかった髪と切れ長の眼の神話の英雄の様な風貌をしている男である。こいつと一緒に登下校するようになってから3週間以上が経っているが未だに慣れない。嫉妬の対象だ。

「お前あんまり調子に乗るんじゃねーぞ!この女子達は

お前のことが好きになっただけだからなああ!!」

言って恥ずかしくなった。なんてみっともない負け惜しみだ。

「何?好きになったって?」

「たまたま好きになった、つったんだよ!何で俺の妬みがお前のモテ自慢に変換されてんだよ!」

吐息を漏らした後、東条に羨望の眼差しを向けながら呟く。

「あーあ、俺もめちゃモテ主人公になりたかったなー」

「そんなに彼女欲しいなら紹介しようか?」

「お前に頭下げろって?いいか、こっちにだってプライドってもんがあるんだよ!お前の力なんか借りなくても彼女くらい自分でつくってやらぁ」

その決断を下すために、額に手を当て30秒黙考した。

「何でこんなに間をためて言ったんだよ?」

「バカ・・・これは、お前・・・考えてたんだよ・・・・・

どんなセリフで俺のプライドを語ろうか考えてたんだよ」

「ふーん」

東条はまるで俺の顔にビンビンに伸びた長い鼻でもついているかのような反応だった。

「だいたいお前の紹介で女と会うってことはお前も同席するわけだろ?どう考えても俺はお前らの会話を盛り上げるためのピエロ役にしかならないだろ」

「えっピエロ役なんてできんの?」

「オイオイオイオイ・・・俺はピエロ役すら務まらないってことか!?」

「プライドうんぬん言ってたからやってくれないかと、

やってくれるんだね」

「やらねーよ!」

 東条は特に女の子には興味がない。だからと言ってゲイというわけでもない。こいつは自分の体を鍛えることにご執心な変わり者である。

ついでに笑いにも関心があるらしくよく俺をいじる。俺も別に悪い気はしないので放置している。

 こいつとは気の合う友達だと思っているが、俺はこいつに隠し事をしている。それは俺の過去についてだ。

 俺は中学生の頃、この辺一帯の悪ガキが震え上がる程奴らをボコボコにしてきた。世直しとか悪党成敗なんてことを考えていたわけではなく、ただケンカがしたかっただけだ。あれは俺にとっての黒歴史だ。蒸し返されるのも嫌だ。

 だから俺は相当な勉強をしてこの町で一番偏差値の高い高校に通うことにした。ここにいる優等生なら悪ガキと取っ組み合ってた俺の過去を知っている奴もいないと踏んでいたからだ。俺は過去と決別して平穏な生活を送るんだ。

 昼休みにいつものように東条と一緒に昼食を摂っていると、一人の男子が急に教室に入ってきてこちらに近づいてくる。

「石川智樹さんですよね?」

「ああ、そうだけど」

「やっぱりそうだ!探しましたよ。ヤンキー殺した人ですよね?」

なんだこいつは。無邪気な顔でとんでもねえこと言いやがった・・・。

東条は驚いた表情で俺を凝視している。まずい。早く誤解を解かないと。

「ちょっと、ボクちゃん?じゃなくてでしょ~?まったく、言い間違いは誰にでもあるけども~」

うん。あんまりフォローになってないし、うまくもないな。

「えっ、そうなんですか?そう聞いたんだけどなぁ・・・。まぁいいや。

石川さんの伝説はたくさん聞いてますよー。20人以上いるギャング集団にたった一人でケンカして全員倒したとか、

助けた女の子にお礼言われたら顔赤くしてそそくさと逃げちゃったとか」

「わああああああああああ!!!!!」

 黒歴史を掘り返されて発狂してしまった。つーか後半ただの思春期の恥ずかしいエピソードだよね?

 ここまで言われたらもう誤魔化せない。東条にもバレてしまった。俺の平穏な生活はもう終わってしまうのか・・・。

「そんなあなたに頼みがあります!僕を捨弟にしてください!」

「・・・・・は?」

「僕を捨弟にしてください!」

「あのね、まず俺は君のことを何も知らないの。そんな奴をいきなり舎弟にできる訳ないだろ。それに俺はそっちの世界から足を洗ったんだよ。そしてただただ平和に生きたいんだ、邪魔しないでくれる?あと捨弟じゃなくて舎弟ね」

なんかもう混乱しすぎて自分でも何を言っているのかよくわからなくなった。向こうもよくわかっていない。俺は幻覚でも見えていたんだろう。

奴が発した言葉が文字列になって見えてるようだった。

「俺は東条悟だ、よろしくな。そっか、こいつ元ヤンだったんだな、

どうりで目つきが悪くて近寄り難いオーラがあると思ったよ」

「あっよろしくお願いします。僕は近藤守こんどうまもるって言います。東条さんってすごく女子に人気ありますよね。流石兄貴はそんな人とも親交があるんですね」

 なんか二人は自己紹介して普通に友達になる流れだ。近藤はもう俺のことを兄貴呼ばわりで舎弟になってる気分のようだ。もしこいつを追放すればものすごく空気が悪くなる。

「そして俺は石川智樹だ。よろし・・」

「「それは知ってる」」

「なんで二人同時に突っ込めるんだよ」






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