7話 冥暗

「はぁ、はぁ、はぁっ!」

 ……もしかしたら、無駄かも知れない。そんなことも頭をよぎった。というより、無駄なんじゃないかという不安がずっと頭にこびりついて離れなかった。


 沙穂さほも、あの日のゆうみたいにいなくなってしまうんじゃないか……、それはあの日と同じように、俺なんかじゃどうしようもできないことなんじゃないか――不安が胸を締め付ける。

 心のどこかでは、既に覚悟が始まってもいた。


 もういいだろ、お前は十分に頑張った。

 ここまで捜して見つからないんだ、もうお前じゃどうしようもないことなんだ。

 わかってるだろ、いくら捜したって戻ってこない。

 あの日、のことも見つけられなかったお前には、きっと見つけられない……!


「うるせぇ……っ!」


 声なんてしなかったはずなのに、たまらず叫び出していた。きっと、これは俺の中で芽生えている諦めだ、あの日優のことさえも見つけられなかった俺自身の、だ。ただ、それだけのもの。

 けど、ここで振り払わないともう全部をその諦めで塗り固められてしまいそうな気がして怖かった。


「……っ、…………、…………はぁっ、」

 それなのに、情けなくて仕方がない。

 あの日みたいに友達を失いたくない――その気持ちだけで走り回れると思ったのに、疲労が俺の足を止める。気持ちだけが先走って、体力の限界に来てしまった身体はどんどん引き離されていく。

 もしかしたら、今こうして止まっていた2秒があれば沙穂を見つけられたかも知れない。助けられたかも知れない。

 後悔なんてしたくないから、走っていかなきゃいけないのに……!


「ちょっ、いっくん……!」

「……ぁ?」

 気がつくともうどうしようもないほど疲れきってしまっていて、動くことすらできなくて。


「そんなにフラフラになってたら、見つけられるものも見つけられないよ!? ていうかいっくんだって危ないじゃん!」

「つっても……、でも、沙穂が、……、……はぁ、」


 それ以上は言葉も出てこない。ただ肺の中に残った、痛いくらいに熱くひりついた空気を揺らして呼吸するくらいしか、俺にはできなかった。

「くそっ……!」

 自分の無力さがつらくて、そんな悪態と一緒に涙まで出てきそうになった。瑞希みずきが傍にいなかったら、本当に泣いてしまっていたかもしれない。


 あの頃とは何も変わらず、無力なガキのままなんだ――そう真正面から言われたような気がして、受け入れたくないのに受け入れざるを得ないような気がして、苦しかった。


 いっそのこと、あの花弁がまた目の前に現れたらいい。

 そうしてどこかへ行ってしまえたらきっと、俺もあの、心の底で爪を立てるような晩秋の夕暮れ時の森から解放されるような気がする。

 いっそ、さらわれてしまえば、きっと。


 そういうときに限って、俺の前には何も現れてはくれなかった……。


  * * * * * * *


 暗い森のなか、そんなはずなどないのに、まるで有史以前からそうであるかのように黙したままたたずむ洋館。

 昔から近所の子どもたちをそこを【お化け屋敷】などと呼んで恐れ、また面白がって、話題にしていた。更に、賀宮山かみやま市内外からも話題のスポット化していたし、多くの大人たちにとってもある種の思い出の地として扱われていた。

 しかし、その様相が一変する出来事が十数年前に起きた。


 秋も終わろうという時期の夕方、ひとりの幼児が森の中で行方不明となったのだ。

 友達同士で森で遊んでいたところ、そのうちのひとりがどこにもいなくなったという。捜索はその日の真夜中まで続き、そして更に数年ほど続けられていたが、とうとう保護されることはなかった……。


 ゆうが消えたその一件以来、この森も変わった。森には遊歩道が設置され、整備されるようになった。

 人目が入りやすくなったという一面もある。

 しかし、何よりも【お化け屋敷】の周辺に足を踏み入らせない為の設備だった。そして子を持つ親たちはそれまでより一層森の恐ろしさを子どもたちに伝え、【人を喰うお化け屋敷】の噂話はより真実味を増した。


 そんな屋敷の外壁には葉をたっぷりと蓄えたつたい、いくつかの窓ガラスは割れている。錆びて所々腐食した鉄製の門扉もんぴの向こうに広がる庭には伸び放題になった草が生え、その先にある正面玄関の扉は半分開いている。

 その扉の前で、少女は鼻唄しながら夜空を見上げている。


一樹いつき、早く来ないかな……」


 その瞳は、ずっと遠くの星の向こう側まで見つめるように澄み渡っていた。

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