6話 回顧

 結論から言うと、沙穂さほは家にもいなかった。それどころか、どうやら夜中にどこかに出ていったきりなんの音沙汰もないらしい。

 ますます、俺のなかで何かが弾けそうになる。


 だって、昨日まで何もなかったじゃないか、変わったことなんて何も起こらずに、ここに帰ってきてからの日々を過ごせてたじゃないか……っ! 叫び出したくなる。

 でも、わかってはいる。

 日常が壊れる瞬間は、いつだって急なんだ。そんなの、ゆうがいなくなったときにいやってほど思い知らされたはずなのに。それでも、ここから離れていた十数年間でどうにか築いてきた常識のなかでは、なんていうのは異常なことで、普通に暮らしていたらまずないことだった。

 何十年生きていて1度出くわせばかなり印象に残って離れない……そんな出来事だ。

 それが、何故……!?


 同じ街で、しかも俺の周りで何度も起こる!?

 叫び出しそうになりながら、俺たちは手分けして沙穂を探す。そうして最後に着いたのは、待ち合わせていたショッピングモール前。

「いっくん、どうだった?」

「こっちは全然だ、瑞希みずきは?」

「ううん、どこに行ったかもわかんない……」

「そうか……、どこか、沙穂が行きそうな所とかないか!?」

「もしかしたら、お化け屋敷の森?」

「えっ?」


 沙穂が――というより、優の一件を知っている俺たちの仲間内が――あそこに行くなんて、急には信じられなかった。

 ただ、瑞希の話だと、たまに神妙な顔をしてあの森を見つめていることがあるっていう話だった。


「あの、こないだ行った遊歩道の方じゃないところ……。もしかしたらだよ? もしかしたらだけど、ひょっとしたらそこに向かってるかも知れない……って気がするんだ」

 そう言う瑞希の様子は、かなり恐る恐るという感じだった。たぶん、優といちばん仲良くしていたのが俺だったのを気にしていたのかも知れない。

 その優がいなくなった場所に行こう――そう言っているのに他ならないのだから。


 俺のなかで、悪夢を見てしまうほどのトラウマになっている出来事。幼い頃におぼろげに感じていた喪失は、何年経っても心に暗い影のように貼りついている。

 ただ、それでも、俺はを守りたかった。

 手遅れにならないうちに、沙穂を見つけ出してやりたかった。

 今ならまだ間に合う。

 これといった根拠があるわけでもなかったが、妙に確信めいた想いがあった。たぶん、今すぐに動き出せば沙穂を助けられる。そのはずだ、そうじゃなきゃたぶん……もう会えない。

 俺は、瑞希への返事もそこそこに、森に向かって走り出した。


 待ってろよ、沙穂!

 今度こそ絶対に、見つけるから……!


 冷たい風に交じって、桜の花びらが視界の端をかすめたような気がした。


  * * * * * * *


「あっ、ちょっといっくん……!」

 走っていく一樹いつきを追いかけるうちに体力が追い付かなくなって立ち止まった一瞬で、彼の背中は遠くに行ってしまった。

 その背中を見つめながら、瑞希は立ち尽くす。

 すっかり日常の一部になっていたはずのスクランブル交差点が、彼女を現実に引き戻した。こうしていると、本当に思い出してしまうのだ。


 優が消えたあとも、一樹はこんな風に脇目も振らずに探し回っていた。きっと自分のいるうちに再会したいと思っていたのかも知れない。引っ越していくとき、泣きながら自分たちに優のことを頼んでからトラックに乗り込んでいった。

 そして瑞希たちも、それから数ヵ月の間は必死にさがし回っていた。けれど、当時小学校低学年だった彼女たちにできることは限られていて、見つかったものなど何もなかった。

 そうして年月が経ち、少しずつ自分たちの限界を知っていき、いつしか優のいない日々に慣れていって。


 そんな日常から、一気に時間を遡ったかのような錯覚に陥っていた時間。そこから引き戻されたあとにやって来たのは、大きな虚脱感だった。

 それに任せて、思わず呟く。


「ねぇ、いっくんが捜してるのは、誰なの?」


 誰にも届かない声は、風に消えていった。

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