8話 彷徨

「いっくん、今日さ、ちょっと駅前のショッピングモール行かない?」

 瑞希みずきがそう提案してきたのは、沙穂さほを探す毎日が少し続いた頃だった。よくそんなこと言えるな――と言おうと思ったが、瑞希が最近俺に向けている心配そうな視線に気付かないわけでもなかった。


『そんなにフラフラになってたら、見つけられるものも見つけられないよ!? ていうかいっくんだって危ないじゃん!』


 数日前に、身体を壊しかけながら沙穂を捜そうとした俺を引き留めた瑞希の声が、頭のなかでこだまする。

 泣きそうな声だった。

 普段の瑞希からは見えない一面。いつも俺や沙穂の前に出て引っ張っていくリーダー気質というか、どちらかという姉御気質なところのある瑞希が、あんな風に泣きそうな声で不安を露わにしているところなんて、少なくとも俺の記憶にはなかったし、何よりここに帰ってきてからも明るい顔をずっと保っていた瑞希にそんな顔をさせてしまった自分に対して、自己嫌悪じみた気持ちが湧いた。

 だからだろうか、瑞希のショッピングモールへの誘いを断ろうなんていう気にはさらさらならず、むしろちょっと早めに着いてしまうくらいだった。


 …………といっても、待っている間もつい考えてしまう。

 目の前を通り過ぎる雑踏のなかに、沙穂を捜してしまう。もしかしたら、いろいろと俺たちが不穏に考えてしまっていただけで、なんのこともなく誰か友達とかの家に泊まってただけなんじゃないか?なんて、意味のない期待をしたくなってしまう。

 けど、当たり前のようにそんな実りのない期待は否定される。通り過ぎるのは沙穂とは違う人たちで、途切れる様子もなかった。


 子どもの頃、賀宮山かみやまは本当にただの田舎で、特に駅なんて通勤どきになんとなく人を見かける、くらいのもののイメージだった。それが、今では駅で人とすれ違わない瞬間を探すのが難しいくらいだ。

 ずいぶん、変わったんだな……改めて実感した変化に少しだけ寂しく思っていると、「おまたせ! いっくん来るの早いね~!」と、“いつも”と変わらない様子の瑞希がやってきた。


 きっと、瑞希はそういう変化を間近で見てきたに違いない――そう思うと、その笑顔を幼い頃から変えずにいるのが本当にすごいことなんじゃないかと思えてくる。思わず言葉にまっていると、「やっぱり……気になるよね?」と少しだけ顔を曇らせてしまう。

 ――あぁ、もう。

 どうして俺は、こんなにも瑞希に心配ばかりかけてしまうんだ! そう思いながら、素直に白状することにする。


「いや、違うって! あの、瑞希っていつも笑っててくれてるよな、って思っただけだよ」

「――ぇ、えぇ、何それ? なんか悩みとかない人みたいじゃん、それ?」

 一瞬戸惑ったような顔をしたあと、笑いながらそう返してきた瑞希。そんな反応がなんとなくありがたくて、「逆にあんのかよ?」と軽口を返しながらもいつもの調子を取り戻せた。

 取り戻せたのは、いいんだが……。


「気まずい……」

 瑞希に連れられてやってきたスイーツカフェが、思いの外ファンシー路線の内装で、そして周りも女子会然とした客が多い。あと、強いて言うならカップルか? なんというか、そのどれにも当てはまらない俺がここにいるのがどこか場違いな気がするというか……。

「なんか、いっくん硬くない? 普通にしてればいいのに~」

「なんのことだ? 俺は別に普通だけど?」

「ふーん?」

 ぐぅ、たぶん瑞希は俺の反応を楽しんでやがる……! しかも、どうにか平静を装っている俺の耳元で、「なんか、こうしてるとカップルみたいだね」とか囁きかけてくる。


「おい、瑞希。ここでそれはないだろ。マジで勘違いされる」

「? なんのこと?」

「その……『カップルみたい』とか、それどういう反応したらいいかわかんないだ、ろ……、ん?」


 言ってる途中から、なんだか瑞希の様子が違うことに気付いた。

 パフェを食べている手がだんだんゆっくりになって、みるみる顔が赤くなっていく。あ、スプーン落ちたぞ。


「そ、そそんなこと! 言ってない! 言ってないから!!」

「えっ、なに言って、わかった! わかったから、あんま大声出すなって、目立つ、目立つって!」


 顔を赤くして突っ伏してしまった瑞希の面倒を見ているうちに、すっかり失念してしまっていた。瑞希の反応とは裏腹に、聞こえていたのは明らかに瑞希の声だった。

 それって、つまるどういうことなんだ?

 その疑問を持つ余裕ができたのは、もっと事態が進んでしまった後だったんだ。

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