第22話 後日、冥界にて

 ハーデスが冥界に戻り再度冥王の座に就いて数日が過ぎた頃、タナトスがハーデスにひとつ質問をした。

「ハーデス様、冥界に戻られてからよくソレを触っておられますが、いったい何なのですか、ソレは?」

 ハーデスは笑って答える。

「コレはスマートフォン、通称をスマホと言うのだ。人間は便利な物を作り出したものだな。ほれ、ここをこうするとな……」


 ハーデスがタナトスに画面を見せると、そこには海で撮った水着姿の望美と優子、美紀と山本。そして玲子と名乗ったペルセポネと古戸と名乗ったハーデスの姿。ちなみに伊藤は撮影者なので写っていない。

「それで、こうすると……」

 公園で最後に撮ったペルセポネとハーデスの2ショットが写し出された。


「おおっ、あそこで私が行った行為の結果、こういう具合になったのですね。お役に立てて良かったです」

 嬉しそうなハーデスに、タナトスも胸をなでおろす。

「これでいつでもペルセポネの姿を見れるというものだ。それに、もっと凄いのがな……」

 ハーデスはペルセポネに電話をかけようとした。しかし、繋がらない。


「あれっ、おかしいな。たしかにこうすればペルセポネが持ってるスマホに呼びかけられるのだが……もしかして壊れたか?」

ハーデスが焦ってスマホをよく見てみると、ディスプレイに圏外の文字。


「くっそっ、よー考えたら、コレ冥界やったら使われへんやんけ!」


 ハーデスの悲痛な叫びが冥界に響いた。


          *


 ハーデスが職務放棄を起こし、人間界の瑞鳳学園の生徒として過ごした日々から数十年が経った。


「おいタナトス、アイツ等の様子はどうなってるんだ?」

 ハーデスはタナトスを呼び付けた。

「……アイツ等、と申されますと?」


 きょとんとするタナトスにハーデスはイラッとしながらも説明する。

「儂がアイツ等と言ったらアイツ等に決まってるだろうが。ほれ、儂が人間界に行った時の……」

 タナトスはポンっと手を叩いた。

「ああ、思い出しました。彼等ですね。たしか、山上君、と目高さん……」


「バカ者、微妙に間違っとるわ。山本と日高、島本に川上だ。それとあと一人……」

 ハーデスにとっては半年程一緒に過ごした仲間だが、タナトスはそこまで深入りしていないのだから仕方が無いと言えば仕方が無いのだが、何故かもう一人、どちらかと言うと結構どうでも良いヤツの名前を口にした。


「伊藤君でしたかと」

「おう、そうだ。伊藤だ! って、なんでお前、伊藤だけちゃんと覚えてるんだよ?」

「さあ?何故でしょうね?」

 自分でも不思議そうなタナトス。

「ともかく、もうそろそろアイツ等も人間界から冥界に来るんじゃないか?」


「人間の寿命など、短いものですからね」

 タナトスが答えると、ハーデスはとんでもない命令をタナトスに下した。

「よし、お前ちょっと行って魂を狩って来い」


「ハーデス様、無茶苦茶な事を仰らないで下さい。彼等にも家族というものがございます。残された者の身にもなってあげて下さいよ」

 タナトスは死神と言われてはいるが、彼が狩る魂は運命の女神モイラ達が定めた寿命が尽きた人間の魂。いくら冥界の王ハーデスと言えども、いや、全知全能の神ゼウスでさえもそれには逆らえない。


「おお、すまんすまん。儂とした事が、つい熱くなってしまったわ」

 冷静さを取り戻し、素直に非を認めるハーデスにタナトスは目を細めた。

「まったく……ハーデス様は彼等と再会するのが楽しみで仕方がない様ですね」


「うむ。特に山本とはぜひまた会いたいものだ……島本さんと川上さんにはあまり会わす顔が無いがな。まあ、今はみんな幸せに暮らしているのだろう?」

 

「おそらくは」


 タナトスが答えると、ハーデスはまたとんでもない命令をタナトスに下した。


「よし、じゃあお前、ちょっと行って見てきてくれ」


「へっ、私がですか?」


「儂が行けばややこしい事になりかねんだろうが」


「いえ、隠れ兜を使えば全く問題は無いかと」


「やかましい! そんな物使わんでも人間相手ならどうにでもなるだろうが。とっとと行って来い!」


「わ、わかりました。直ちに」


 ハーデスの剣幕に、タナトスは慌てて人間の国へと出発した。


「ふう、ハーデス様にも困ったものだ。余程あの時が楽しかったと見える。まあ、あれで落ち着きを取り戻して下さったのだから良しとしましょうかね」


 寿命が尽きていない人間の魂を狩れという命令に比べたら、様子を見に行く事ぐらい何ということは無い。冥界を出たタナトスは人間の国、瑞鳳学園近くの例の公園に到着した。


「おお、ココに来るのは何十年ぶりですか……しかし、あの時のペルセポネ様は怖かった……」

 当時を思い出して身震いするタナトス。数十年の時など、神々にとっては刹那の時でしかない。


 公園の隅には公民館があった。そこには黒と白の横断幕が貼られ、人が集まっている。

「おや、何かやっている様ですね」

 様子を見に行ったタナトスの目に飛び込んだ文字。


『山本家 告別式』


中に入って棺の中を見てみると、横たわっているお爺さんの顔に面影が残っていた。

「こ、これは山本君じゃないですか!」


 棺の横にはハンカチで目を拭う美紀。喪服には喪主の印が付けられている。孫だろうか、当時の山本にそっくりな高校生。望美に優子、伊藤の姿も見える。

「……そうですか、山本君、日高さん……幸せになれたんですね」

 しかし、妙な話である。人間が亡くなれば魂は冥界に来る筈。しかし、彼の魂は見ていない。


「まさか、逃げようとしてケルベロスに食べられたとか?」

 タナトスは焦った。いくらケルベロスがハーデスの愛犬だとしても、大切な友人の魂を食べてしまったとしたら……

「これは問題ですね……」


しかし、それはタナトスの杞憂だった。告別式が始まり、お坊さんが入場、お経を唱え始めた時、山本の魂が西の方へ旅立とうとするのが見えたのだ。

「ああ、今から出発ですか。それでは私も同行して差し上げるとしましょうか」

 タナトスが山本の魂に追い付き、声をかけた。


「山本君ですね、はじめまして。私はタナトス、冥界の王ハーデス様の使いで参りました」


「タナトス? ああ、西洋の神様じゃな。せっかく来てもろうて悪いんじゃが、儂は今から極楽浄土に行くんじゃ」

 すると光と共に阿弥陀如来の姿が現れた。

「おお、阿弥陀様じゃ。ありがたやありがたや……ではタナトス殿、儂はこれで」


 山本の魂は阿弥陀如来と共に光の中へと消えていった。おそらく極楽浄土に行ったのだろう。一人残されたタナトスは、わなわなと震え出した。


「どうしよう……ハーデス様に合わす顔が無い……」


 悩んだタナトスは弟のヒュプノスを呼び出した。


「なんだい、兄さん? 急にこんなところに呼び出して」

 急に人間の世界の小さな島国に呼び出されたヒュプノスの当然の質問である。しかしタナトスはそれに答えず、神妙な顔で言った。


「人間の魂を冥界に連れて行く役目、今日からお前な!」


                                       了

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