第16話 優子と密着! ウォータースライダー

「はーい、こちらですー」

 スタッフの案内で二人用のレーンに並んだハーデスと優子。結構な人気の様で、二人の前には長い列が伸びている。


「これは時間かかりそうだね」

「待つのもアトラクションのうちって言うじゃない」

「そうだね、楽しみだな」

 などと話しているうちに順番は進み、階段を上っていく二人。

「うわっ、高い! 大丈夫かなぁ?」


 不安そうな優子にハーデスが答える。

「本当だ、結構高いね」

 構築物というのは下から見上げるより上って見下ろした方が高く感じるとか感じないとか。何にしても階段を上るにつれ、優子の不安はどんどん大きくなっていった。遂に二人の順番となり、スタッフのお兄さんが尋ねてきた。


「男性と女性、どちらが前に行かれますか?」

 一瞬言っている意味がわからなかった二人だが、すぐに理解した。この『カップル用』のウォータースライダーは、ボブスレーを模した小さなゴムボートに男女が前後にタンデムして滑るものなのだ。もちろん男女乗らなくてはならないというわけでは無いが、女の子同士で乗るのならともかく、野郎二人で小さなゴムボートに密着して乗っている絵面など誰も見たく無いだろう。


前か後ろか。正直悩むところである。前だったら後ろから抱きつかれる形になるし、後ろだと自分が後ろから抱きつく形になる。しかも水着で。どちらにしても純情な乙女にはハードルが高い。

 悩む優子を見て、前に行くのが怖いのだろうと考えたハーデスは男らしく言った。

「大丈夫、ボクが前に行くよ」


 それを聞いたスタッフのお兄さんがまずハーデスを座らせ、そのすぐ後ろに優子を座らせる。それも優子の膝がハーデスの腰を挟む形でだ。

「じゃあ後ろの方、しっかり前の方に掴まって下さいね」

スタッフが優子の手をハーデスの肩に置かせると、二人の密着度は更にアップ。優子の胸がハーデスの背中に押し付けられる。


「じゃあ行きますよ~」

下の安全を無線で確認した係員がゴムボートを押し出すと、二人を乗せたゴムボートは勢い良く滑り出した。その加速に優子は思わず腕に力が入り。より一層胸を押し付ける結果となる。もはやハーデスの全神経は背中の感触に集中していて、ウォータースライダーの事など頭から吹っ飛んでしまっていた。逆に優子はと言うと、ウォータースライダーの怖さに我を忘れ、思いっきり胸をハーデスに押し付けているが、そんな事など気にかける余裕も無い様だ。


 そして数十秒も滑った後だろうか、上り勾配で少しスピードが落とされ、二人を乗せたゴムボートは派手な水飛沫を上げてプールに飛び込んだ。その衝撃で優子は思いっきりハーデスに密着してしまう。これがこのウォータースライダーがカップル用だと言われる所以なのだろう。二人は顔を見合わせて笑ったが、優子は自分がハーデスに抱きつき、胸どころか全身を押し付けているのに気付くと真っ赤な顔になって彼から離れた。


 優子が離れ、冷静になったハーデスは、また何者かの視線を感じた。そこはウォータースライダーの着水点だから周囲の人の注目を集める事は考えられる。しかし、彼が感じた視線は何度も感じている、例の視線の様に思えた。


 遊び疲れた帰り道、電車で二人並んで座るハーデスと優子。優子はハーデスの肩にもたれかかり、寝息を立てている。これはもうどこから見ても仲睦まじいカップルである。しかし彼は彼女の寝顔を見ながら考えていた。


――今日は楽しかったな。でも、これが島本さんだったらどうだったんだろう? 泉さんだったら? 早く決めないといけないのかな……――


          *


 月曜日、ハーデスと優子が二人でプールに行った事を知って、望美は愕然とした。自分が一番にハーデスに近付き、勇気を出して弁当作りを買って出て、少しずつではあるが距離を狭めていってた筈なのに。


「やっぱり材料代もらっちゃったのがマズかったのかな……」


 本当は材料代を請求するつもりなど無かった。だがしかし、いきなり付き合ってもいない男子の為に弁当を作る為の大義名分が欲しかった。そんな照れや恥ずかしささえ無ければ事態は変わっていたかもしれない……


 そう思うと、後悔の念でいっぱいになり、涙が出そうになった。せっかく今日も作ってきた彼の為の弁当が虚しいものにも思えた。そして迎えた昼休み。


「望美、お弁当食べよ!」

 美紀がいつもの笑顔で望美に声をかけてきた。しかし、望美は虚ろな顔。

「あれ、どうしたの? 気分でも悪いの?」

 気分は最悪に近いかもしれない。望美は弁当箱を美紀に渡すと消え入りそうな声で言った。

「うん、ちょっと頭が痛いの。コレ、古戸君に渡してくれるかな。私、保健室に行ってくるから」

 望美はふらふらと教室を出て行った。

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