第15話 ハーデスと優子、二人でプール……これって、デートじゃね?

 日曜日の朝だけあって電車は空いていた。二人並んで座る事が出来た二人だったが、プールの最寄り駅まで緊張の為かなかなか会話が続かない。なにしろ電車という閉ざされた空間で二人きりなど、お互い初めての事なのだ。車窓を流れる景色が町並みから緑に変わった頃、優子が気付いた様に言った。

「あっ、もうすぐ着くわよ」


 優子の声にハーデスが窓から外を見ると、巨大な観覧車が目に入った。

「ココって、遊園地じゃないの? 今日はプールだって言ってたよね」

「うん。遊園地のプール。マズかった?」

 女の子と二人でプールに行くのだ。たとえ市民プールだったとしても文句は無い。ましてや遊園地のプールなんて贅沢過ぎてバチが当たるぐらいである。


「ううん、ちょっとびっくりしただけ。でもチケット、高かったんじゃないの?」

 ハーデスが首を横に振って逆に尋ねる。優子はチケットはもらったものだから気にしなくて良いと言うが、本当なのだろうか? この日の為に自分で買った気がしてしょうがないのだが、ハーデスは素直と言うか単純と言うか、彼女の言うことを信じて

「じゃあ、お昼ご飯ぐらいはボクが出させてもらうね」

 と笑顔で答えたのだった。おそらくチケット二枚の方がお昼ご飯代より高いと思われるが、優子にとっては十分嬉しいのだろう。


 朝一からの入場とは言え、暑い日曜日。園内はかなりの人出だった。この人達のほとんどがプールに行くのだろう、プールのある奥の方へ奥の方へと人波は進む。

「うわ~、凄い人ねぇ。はぐれちゃったら大変だわ」

 優子はそう言うと優子はハーデスの手を握った。

「これで大丈夫。古戸君、手を離さないでね」

 またかわいい事を言う優子。駅でも似た様な事があったが、今日の彼女はぐいぐい攻めてくる。望美も玲子も居ない今日、一気に勝負に出るつもりなのだろうか?


 歩く事十数分、二人はようやくプールの入口にたどり着いた。

「ふうっ、やっと着いたね」

「本当、もう干枯らびちゃいそう。早くプールに入りたいわね」

 そんな会話をしながらゲートを通り、更衣室に向かおうとした優子が言難そうに口を開いた。

「あの、古戸君……」

「どうしたの?」

「あの……手……ずっと握ってくれてるのは嬉しいんだけど……」


 更衣室は当然男女別である。ハーデスが優子の手を握っている以上、更衣室に入ることが出来ない。しかし、それを聞いたハーデスは不思議そうな顔。

「だって川上さん、手を離さないでって」

 小学生か、コイツは。しかし、男前は得である。どんなつまらない冗談も女の子に好意的に受け入れてもらえるのだから。ちなみにハーデスは冗談では無く、本気で言っている。実に残念な男である。

「うん。私も古戸君と離れたく無いけど、やっぱり着替えるのは別々でなきゃ……ねっ」

 傍から聞いていると、完全なバカップルの会話であるが、なんとかハーデスは男の、優子は女の更衣室にそれぞれ入った。


 ハーデスが水着に着替えを終え、待つ事数分

「お待たせ~」

 白いセパレーツの水着に身を包んだ優子が姿を現した。一瞬見惚れてしまったハーデスだったが、彼女が先だって海に行った時に買ったと言っていたのを覚えていた様だ。

「海に行った時に新しくしたって言ってたよね。うん、かわいいよ」

「嬉しい、覚えててくれたんだ」


 水着姿をかわいいと言ってもらえた事と、以前言ったことを覚えていてくれた事。ダブルで喜んだ優子は思わずハーデスの腕にしがみついた。手を取ったのでは無い。しがみついたのだ。

「行こっ」

 優子に引っ張られる様に歩くハーデスの腕に柔らかい感触。そう、優子の胸がハーデスの腕に押し付けられているのだった。しかも、二人共水着姿だ。と、言う事はほとんど肌と肌が触れ合っている状態。

「あ、あの、川上さん、胸……当たってる」


 このままでは理性のタガが外れかねないとハーデスは口走ってしまった。それを聞いて優子も我に帰り、さっとハーデスの腕から離れると真っ赤になってしまった。

「ご、ごめんなさい……」

 恥ずかしそうな上目遣いで謝る優子。これはもう、反則級のかわいさと言ってしまっても過言では無いだろう。謝られたハーデスの方が焦ってしまった。

「ごめんだなんて、謝ることなんか無いよ。ボクだって嬉しかったから……って、ああっ」


 焦ったせいで本音が出てしまった様である。そんなハーデスを見て優子に笑顔が戻った。優子の笑顔でハーデスも笑顔になった。

「行こうか」

「うん!」

 二人は手を繋いで歩き出した。


「うわっ、凄いな!」

 プールサイドに出たハーデスの第一声の通り、遊園地のプールは広く、波の立つプールや流れるプール、更にはウォータースライダーと大抵の設備が整えられていた。手を繋いだままで波の立つプールに飛び込む二人。

 波に揺られているうちにハーデスの頭に海に言った時の事が思い浮かんで来た。必然的に望美と玲子の顔も浮かんで来る。


――ダメだ、ボクは何を考えているんだ。川上さんとプールに来ているのに他の女の子の事を考えるなんて――


 頭をブンブン振るハーデス。彼の異変に気付いた優子が心配そうな目で言う。

「古戸君、どうしたの? 私と一緒じゃ楽しく無いの?」

「そんなこと無いよ。凄く楽しいよ。じゃあ次、アレ行こうよ!」

 ハーデスが指差したのはウォータースライダー、早い話が滑り台だ。

「……えっ、アレ……?」


 優子が怯える様に呟いた。結構な高さでご丁寧に連続カーブも付いているそれは、言ってみればちょっとした絶叫マシーンだ。しかも、テレビのコマーシャルによると一人用と二人用、つまりカップル用があるらしい。

「あっ、やっぱりやめとこうか」

 優子の反応を見たハーデスが言ったが、優子は腹を決めていた。もちろんカップル用のウォータースライダーに二人でチャレンジしようと。

「大丈夫、行こっ!」

 優子はハーデスの手を取ってウォータースライダー乗り場に向かった。

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