第13話 美紀と山本、二人の素直な気持ち

 待つこと十数分、コーヒーショップに山本が姿を現した。ドアを開け、店に入った彼の目に入ったモノ、それはハーデスと望美、優子、そして美紀の姿だった。

「なんだよ古戸。寂しいって言うから来たのに、全然寂しそうじゃ無いじゃんかよ」

 顔を歪めて帰ろうとする山本の耳に地の底から響く様な声が聞こえた。


「待て」

 今まで聞いた事の無い、ドスの効いた声に恐る恐る振り返る山本。声の主はもちろんハーデスである。

「ドコへ行こうと言うのだ? まだ話は始まってもいないぞ」


 言ってしまえばハーデスの地声、冥王本来の話し方なのだが、そんな事は知らない山本は驚くばかり。精神的にいっぱいいっぱいの美紀は気付いていない様だが、まるで何かに取り憑かれた様なハーデスの変貌ぶりに望美と優子も動揺している。


「まあ座れ。ろくに話も聞かずに自分の中だけで全てを決めてしまうなど、なんと愚かなことか。愛する者を失ってから後悔しても遅いのだぞ」

帰ろうと言う自分の意志とは裏腹にハーデスの言葉に逆らえず、黙って席に着く山本。彼の正面では美紀が顔を上げられずにいる。


「……お前、古戸だよな?」

 席に着いた山本が思わず聞いてしまう。それでハーデスは我に帰った。

「も、もちろんだよ。ごめん、ちょっと感情的になっちゃったかな。さあ美紀ちゃん、しっかり誤解を解くんだ。わかってるね」

 ハーデスはいつもの古戸の口調に戻ると美紀にバトンを渡した。後は美紀と山本次第だ。


「うん。ありがとう、古戸君」

 美紀はハーデスに礼を言うと、顔を上げて山本に向き直った。

「山本君、さっきは変な事聞かれちゃったけど……」

 事情を余すところ無く話し、スマホの画面を示した。

「ほら、恥ずかしいけど……これが私の素直な気持ちだよ」


 山本の目に映ったのは例の美紀と望美との見ている方が恥ずかしくなる様なやり取り。山本の目の色が変わり、身体が震え出した。


「わかってくれた? 私が本当に山本君のことが好きだってことが」

 美紀がか細い声で尋ねたが、山本は口を開こうとしない。それを見かねたのか、望美も自分のスマホを取り出した。

「ほら、山本君。私のスマホにも履歴が残ってるわよ。これは紛れもない真実なんだからね」

 山本は目の前に突き付けられた望美のスマホから目を逸らし、黙り込んだままでいる。

「そっか……もう何を言っても信じてもらえないんだね」

 涙声の美紀。たまりかねたハーデスが口を挟んだ。


「山本は、美紀ちゃんが山本の事を好きなんじゃ無く、利用しようとしたんだと思ってショックを受けたんだろ? ショックを受けたって事は、山本が美紀ちゃんを好きだという気持ちがあるからこそじゃないかな。自分の気持ちに素直になろうよ」


「……俺の気持ちに素直になるからこそ、何と言って良いかわからねぇ」

 ハーデスの言葉に山本は俯き、震え、声を詰まらせながら答えた。

「バカだな、簡単な一言を言えば良いんだよ。飾らずに、素直な気持ちでね」

 ハーデスが笑顔で言うと山本は顔を上げ、美紀に視線をやった。いきなり目が合ってビクッとする美紀。山本は恐る恐る口を開いた。

「あのよ……何て言うか……その……悪かったな、変な事言っちまって」

「ええっ、それだけ? 謝ってるだけで、素直な気持ちが入ってないじゃないか」

 ハーデスは敢えて不満げな表情をありありと浮かべて抗議した。困った顔の山本を助ける様に美紀が涙を流しながら言う。

「いいのよ、古戸君。わかってもらっただけで十分だから」


 救いの手が差し伸べられたにもかかわらず、否、だからこそだろうか、山本は腹を括った様だ。

「古戸の言う通りだよな。美紀の気持ちを知った以上、俺の気持ちも伝えなきゃいけないよな」

 山本の言葉に美紀の動きが止まった。望美と優子も息を飲んで見守っている。そんな中、山本があらためて、ゆっくりと口を開いた。

「美紀、俺もお前の事が好きだぜ」


 飾りの無いストレートな告白に顔を赤くしながら涙を流す美紀と、やはり顔を赤くしながら横を向いて鼻の頭を掻く山本。

「良かったね、美紀ちゃん」

 言いながらもらい泣きしている望美を見てハーデスは思った。


――島本さん、日高さんの事であんなに喜んで……ボクは山本に偉そうな事を言っときながら、まだ誰も選べずにいる。情けない話だな――


「みんな、今日はありがとうな。ココの払いは俺にまかせてくれ」

 帰り際に山本が伝票を手に取った。と、その時ハーデスはまた誰かが見ている様な気がして周りを見回した。しかし、彼等を見ている者など居る筈も無かった。

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