第12話 誤解を解く為に 

「あれっ、美紀、どうしたの? そんな顔して」

 少し歩いた所で正面から歩いてきた一人の少女が美紀に声をかけた。下を向いて歩く美紀が視線を上げると優子が心配そうな顔をしている。


「今日は山本君とデートだって聞いてたけど、何かあったの?」

 優子の言葉を聞き、美紀の頭にさっきの出来事がフラッシュバックした。座り込んで嗚咽を上げて泣き出してしまった美紀に驚く優子。


「ち、ちょっとどうしたのよ? 泣かれてもわからないでしょ。わかる様に説明してよ」

 優子は美紀の肩を抱く様に立たせると、近くのコーヒーショップに場所を変えるべく歩き出した。いつも元気な美紀がこんなになるなんて、「山本が事故にでも遭って来れなくなってしまったのか?」などと縁起でも無い事を考えたりしてしまった優子だった。


 程無くしてコーヒーショップに着くと、美紀を落ち着かせて話を聞く。優子は望美の恋敵なのだが、美紀の思考能力は停止に近い状態である。一緒に居るのが優子だという認識すら出来ていないのかもしれない。美紀は心ここに在らずと言った感じで淡々と話し出した。話を聞き終わった優子は複雑な表情。なにしろ恋敵の友人が想い人の友人に振られたのだ。これで恋敵のアドバンテージは消える。しかし、優子にとっても美紀はクラスメイトである。優子は一つだけはっきりさせる為、美紀に問いかけた。


「ふーん、そんな事があったんだ。で、どうなの、実際のところは?」

「実際のところって?」

 美紀から事の成り行きをを聞いた優子が尋ねると、美紀は虚ろな目で聞き返した。優子は質問を具体的に言い直した。

「決まってるじゃない。山本君の事よ。望美に有利に働く様に利用しようとしたの?」

「そんなワケ無いじゃない! 私は本当に山本君のコトが……」


 答えた瞬間、美紀の目が虚ろな目から悲しみを湛えた目に変わった。美紀に感情が戻ったのだ。そして大粒の涙を零し出した美紀を見て、優子はその答えを信じ、力になろうと思った。もし、山本が言う様に美紀が望美の為の人身御供として山本に近付いたのなら話は変わってくるが、彼女が本当に山本の事を想っているのなら、恋敵の友人としてでは無くクラスメイトとして接しようと。


「なら、それを証明しないとね」

「証明って、どうやって?」

「それを今から考えるんでしょ。とりあえず、望美も呼ばないとね」

 優子の提案で、望美も交えて考えることに。優子の連絡を受け、五分とかからず望美が顔を見せた。彼女は朝の電話のやり取りの途中で美紀の異変に気付いて近くまで出てきていたのだった。


「美紀ちゃん! 何回も電話したのに!」

 美紀の顔を見るなり涙を流して怒り出す望美。美紀が携帯の画面を見ると、望美からの着信履歴が何件もあった事が表示されている。

「……ごめん」

 言葉少なく謝る美紀。山本に振られたショックと望美に心配をかけた事に対する申し訳ないという気持ち、そしてどうすれば山本の誤解を解く事が出来るかという問題。美紀の頭の中はぐしゃぐしゃになっていた。一番冷静だった優子が状況を確認する様に訊いた。


「望美と電話で話してるのを聞かれちゃったんだよね?」

「……うん、最初から聞いてくれてたらこんな誤解はされなかったのに……」

「また、最悪のタイミングで聞かれちゃったものね」

 辛そうに答える美紀に優子は溜め息を吐きながら素直な感想を述べる。すると望美が申し訳なさそうな顔で美紀に謝る。


「ごめんね美紀ちゃん、私がぐずぐず言ってなかったらこんな事には……」

「ううん、望美のせいじゃ無いよ。たまたまタイミングが悪かっただけ。誰が悪いのでも無く、運が悪かっただけだよ」

 無理に笑顔を作る美紀。「誰も悪く無い」と言うが、勝手に誤解して、美紀の話を聞こうともしない山本が悪いのではないだろうか? まあ、当事者が悪くないと思うのなら別に構わないのだが。


「じゃあさ、美紀が望美にメールとかラインとかで山本君の事、何か話題にした事って無いの?」

 優子が言い出した。美紀と望美が電話で話していたのを聞かれたのが誤解された原因ならば、誤解を解くのも電話を使えば良いのだ。過去に美紀が望美に送った文章に山本に対する想いが詰まっているものが有れば…… そう考えたのだ。

「……ある……けど……」

 恥ずかしそうに答える美紀。優子は美紀と望美のやり取りを確認させた。

「コレなんかどうかなぁ?」


美紀 21:45『山本君が自分の事、私の彼氏だって言ってくれたんだよー(はぁと) それでね、私も望美みたいに好きな人の為にお弁当を作ってあげたいんだけど、私にも作れるかなー?』

望美 21:46『家庭科の調理実習でも見てるだけだものね。でも、美紀なら練習すればすぐ上手になるよ』

美紀 21:47『うん、頑張る! だから練習付き合って。ってゆーか、特訓して!』

望美 21:47『私のコーチは厳しいわよ、大丈夫?』

美紀 21:48『大丈夫! 好きな人の為なら頑張れる!!』

 

 美紀が見せたのは、海へ行った次の日、山本の口から初めて『彼氏』と言う言葉が出た日の夜の望美と美紀のやり取りだった。好きな人、山本の為に弁当を作りたいという気持ちがよく表れたものだっただけに、それを見た優子が頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「はぁ~~~~~、見てるコッチが恥ずかしくなるわね」

 見てて恥ずかしいのと同時に羨ましくもあったのだろう、微妙な表情で何度も読み返している。すると、望美が言い難そうに口を開いた。

「それ、山本君に見せるんだよね?」


 望美が躊躇する理由、それは美紀の一言『望美みたいに好きな人の為にお弁当を』という文言である。何を今さら……という気もしないでは無いどころか、そういう気しかしないが女の子の気持ちというのはそういうものなのだろう。しかし、優子から帰ってきた答えは望美にとってもっと深刻なものだった。

「うーん、山本君だけじゃ無く、古戸君にも見てもらわなきゃいけないかもね」


 何故当事者でも無いハーデスに、こんな恥ずかしいやり取りを見せなければならないのか?

 山本は美紀の言う事は聞く耳を持たない。かと言って望美や優子が介入したところでそれは変わらないだろう。ならば古戸に中に入ってもらうしか無いというのが優子の言い分だった。抵抗はあったが、自分もこんな事になってしまった原因を作った一人だと思うと反論も出来ず、古戸に頼んで山本にテーブルに着いてもらおうと古戸に連絡を取った。


「あちゃ~、それはまた面倒な事になっちゃったもんだね」

 コーヒーショップに呼び出され、話しを聞いたハーデスの第一声はそれだった。山本と出会ってまだ一年も経っていないが、彼の剛直かつ実直な性格はよく分かっている。下手に動けば話は余計にややこしくなりかねない。だが、逆に言えばそんな男だからこそストレートにぶつかればわかってくれる筈だとハーデスは信じている。


「じゃあ、今から呼ぼうか」

 ハーデスはスマホを取り出すと山本に電話をかけた。

「おう、古戸。どうした? 今日は忙しいんじゃなかったのか?」

 無理しているのだろうか? 電話に出た山本の声はいつもと変わらない。

「うん、もう大丈夫。ところで、今日はどうだった?」

 カマをかける様にハーデスが言うと、山本は少し黙り込んだ後、重い言葉を口にした。


「ああ、美紀とはもう別れたから」

 彼の言う『別れた』とは男女が別れた事を意味していたのだが、ハーデスはそうは取らない様な言葉を返した。

「なんだ、ご飯食べただけなんだ。じゃあ、今は一人なんだね。僕、今コーヒーショップに居るんだけど、良かったら来ない?」

 ハーデス一世一代の演技。しかし山本は乗り気で無い様だ。

「寂しいから来てよね。絶対だよ」

 ハーデスは一方的に言うと電話を切った。山本はきっと来てくれる、そう信じて。

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