第9話非常事態発生! 美紀を助けろ!!

 ようやくボールに泳ぎ着いた美紀は少し疲れた様子でビーチボールを抱きかかえ、浮き袋の様にバタ足で戻ろうとした時、ビーチボールが形を失った。美紀・山本・玲子の全力アタックで酷使されたビーチボールは色分けされた貼り合わせ部分が裂けかけてしまっていたところを、美紀が浮力を得ようと抱きかかえて体重をかけたものだから、完全に裂けてしまったのだ。

バタ足をしている最中に、いきなり前方の浮力を失った為、美紀は頭から海中に沈む感じに。しかも突然の事だったので呼吸の調整が出来ず、水を吸い込んでしまってパニック状態になってしまった


「美紀、あのバカ!」

 山本が慌てて救助に向かった。豪快に水飛沫を上げ、美紀のもとへ急ぐが、気ばかり焦って進んでいる気がしない。

「待ってろ、美紀、頑張れ!」

 必死に泳ぐ山本をあざ笑うかの様に波が弄ぶ。

「ポセイドン、波を静めろ! たまにゃ兄貴の言う事を聞きやがれ!?」

 思わずハーデスが叫んだ。しかしその叫びはポセイドンには届かなかった様だ。だが、山本はなんとか美紀のところに泳ぎ着けた。


「美紀、大丈夫か?しっかりしろ!」

 山本が声をかけてもパニックに陥っている美紀の耳には届かない。やむなく美紀の手を山本は掴んだ。実はコレはやってはいけない事である。美紀は更に焦って山本の手を掴み返すと必死にしがみつこうとした。もちろんコレは人間の本能によるもので、美紀を責める事は出来ない。『溺れる者は藁をも掴む』というヤツである。しかし、山本はその為に一緒に溺れかけるハメになる。

「バ……コラ、やめろ、落ち着け!」

 山本が必死になって落ち着かせようとするが、素人には難しい話である。このままでは一緒に沈むしか無い。と、いきなり美紀の力が抜け、すーっと海中に吸い込まれていく様に沈もうとした。


「冗談じゃ無ぇ!」

 山本は美紀を追って海中へと潜り、美紀の身体を抱えて海面目指して浮かび上がろうとした。なんとか水上に顔を出し、一呼吸する事は出来たが、女の子とは言え人一人を抱えて浮かんでいるのは至難の技である。

「砂浜まで五十メートルも無いな?」

 山本は大体の距離を目測で測った。さっき沈んだ感覚では頑張ってジャンプすれば海面から顔を出す事が出来る。美紀を抱えて泳げない以上、やるしか無い。

「すまねぇな」

 山本は美紀の口を塞いだ。

気を失っている女の子にキスするなんて最低だ? いやいや、口を塞ぐと言っても口で塞いだ訳では無い。手で口と鼻を塞いだのだ。と同時に大きく息を吸うと、美紀を抱きかかえたまま自ら海中へと潜った。


 彼はいったいどうしようと言うのだろうか?

沈んで海底に着いた山本は、なんと海底を歩き出した。もちろん海の底であるから歩き難い。跳ねる様にして、少しずつだが、確実に陸地に近付いていく。そして呼吸が苦しくなると上にジャンプして海面を目指し、顔を出して息を吸う。もちろんこの時は美紀の口から手を離し、空気を吸わせてやる。そしてまた海底まで沈み、一歩また一歩と陸地を目指す。別に砂浜まで辿り着く必要は無い。足が付く、顔が出せるところまで行ければ良いのだ。


 何度もそれを繰り返す山本。さすがに疲れてきた。無理も無い。女の子を抱きかかえての妙な行動。しかも呼吸は制限されている。陸地はまだまだ遠い。

「やっぱ無理があったかな……」

 山本が弱音を吐いた時、一艘のゴムボートが彼の少し先を横切ろうとするのが見えた。

「おーい、コッチ来てくれぇ!」

 最後の力を振り絞って叫んだ。ボートに乗っていたのは小学生ぐらいの少年。恐ろしい形相をした若い男に突然叫ばれて、顔が引きつっている。


「溺れてんだよ!助けてくれ!」

 山本の必死の叫びがようやく届いたのか、少年がボートの向きを変え、近付いてきた。

 山本はボートのフチをがしっと掴むと一息付いて少年に礼を述べた。

「ありがとな。悪いけど、陸の方まで行ってくれないか?」

 ボートに掴まって、なんとか足が付くところまで辿り着けた山本。

「本当にありがとな。俺達、あそこに居るからジュースぐらい奢るぜ」

 山本の誘いを少年は固辞し、またボートを沖へと向けて行ってしまった。この事は少年の心には『人の生命を助けた英雄譚』として刻み込まれた事だろう。


「はあ~~~~格好悪ぃ……」

 山本は美紀をレジャーシートに寝かせ、その横に座って溜め息を吐いた。

「そんな事無いよ。格好良かったよ」

 美紀が目を開けて山本を見て微笑んだ。

「美紀、お前、いつ気が付いたんだ?」

「うーんと、何か、海の底を歩いてた?あたりかな。口塞がれて苦しかった~」

「お前なぁ……気が付いてたんならちょっとは動けよ。こっちは必死だったんだからな」

「でも……恥ずかしいじゃない。こんな格好で抱き締められてさ……」

 顔を赤くする美紀。『こんな格好』もちろん水着姿である。しかもセパレーツの水着なので海パンの山本と肌と肌が直接触れ合っていた。

「私、もうお嫁に行けない」

「そんな事無いだろ!」

「山本君、もらってくれる?」

「なんでそーなるんだよ!?」

「嫌なの?」

「嫌……じゃ無ぇけどよ……」


 山本も顔を赤らめて、美紀から目線をそらせた時、玲子の声が聞こえた。

「あらあらご馳走様」

「美紀ちゃん、こんな時に愛の告白とはヤルわねぇ」

 望美も目を細めて微笑んでいる。

「あ~あ、今日は古戸君を私のモノにしようと思ってたのに、まさかこんな展開になるとはね……」

 そう言いながらも何か面白そうな声の優子。

「山本、日高さん、良かったね」

 ハーデスは祝福の言葉と拍手を送る。だがしかし、伊藤だけは面白くなさそうに吐き捨てた。

「お前が一番美味しいトコ持ってってんじゃねぇかよ!」


 こうして山本の計略による『第一回古戸君争奪戦オン・ザ・ビーチ』は幕をとじたのだった。今回の勝利者は……参戦者では無いのだが、やっぱり美紀と山本という事になるのだろうか?

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