第8話 海 ~ビーチバレーで揺れる胸~

 時は流れて日曜日、海に行く日がやってきた。女子四人に合わせて男子も四人といきたかったが、女子のメンバーを聞くと、さすがに参加したがる者は伊藤以外に居なかった。待ち合わせ場所は瑞鳳学園の最寄り駅にあるショッピングモール。一番乗りは優子だった。次に来たのが古戸君ことハーデス。歩いてくる彼の姿を見つけた優子は満面の笑みで手を振った。


「古戸君、こっちこっち~」

「あ、おはよう川上さん。まだちょっと早いよね」

 今は集合時間の十五分ほど前。ハーデスはその生真面目な性格から少し早めに来たのだが、それを予想して優子は更にその少し前に来ていたのだった。誰かが来るまでは二人きり。


「今日、新しい水着なんだ」

 いきなり男心をくすぐる言葉を発する優子。しかも照れくさそうな表情で効果は倍増だ。ハーデスは優子の水着姿を想像したのか少し赤くなって「へえ、そうなんだ」ぐらいしか言えず、優子を直視できないでいる。更に優子は追い打ちをかける。

「古戸君が気に入ってくれたら良いな」


 これって「あなたの為に水着を選びました」と言ってるも同然である。ハーデスはますます赤くなった。と同時に視線を感じ、素に戻って後ろを振り返った。しかし、二人を見ている者は居ない。しかし、ハーデスは確かに感じた。視線と言うか気配。それはあの時屋上で感じた感覚と同じものだった。冥界の王であったハーデス。視線を感じたり気配を読んだりする事など容易い事なのだが短期間で二度も読み違えるなんて、地上に出て神経質になっているのだろうか?


 続いて望美と美紀が到着した。そして山本と伊藤が到着し、後は玲子を待つのみとなった。

「あの子、遅いわね」

「転校してきたばっかりだから迷ってるのかも」

「まあ、約束の時間にはまだ少しあるし」

「十分前行動っていうのを知らないのかしらね」

 どうしても玲子に対してネガティブな感情を持ってしまう美紀。そしてちょうど約束の時間になった時、玲子が姿を見せた。

「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」

「大丈夫だ、時間ちょうどだからな。みんな揃ったことだし、行こうか」

 優子が何か言い出す前に山本がさっさと仕切る様に出発を促した。


 電車に揺られる事約一時間、駅の改札を出て、ちょっと歩くと目の前に海が広がった。

砂浜に降りて早速海の家の更衣室へ。

 男達の着替えは早い。砂浜にレジャーシートを敷いて待つ事数分、水着に着替えた三人女の子が姿を見せた。

 優子の新しい水着は白いセパレーツ。可愛らしい中にも適度なセクシーさが感じられるものだった。

「古戸君、どうかな?」

 恥ずかしそうに聞いてくる優子。

「うん、かわいいよ」

 ハーデスは目のやり場に困り、視線を逸らしながらも横目でチラ見しながら答えた。望美はピンクのワンピース。これはもう、かわいいとしか言いようが無い。そして美紀は緑のタンキニ。オレンジの縁取りがキュートであるが、トップスを飾る大きなリボンが彼女の胸の残念さを物語っている。もっともこのリボンがあるからこそ、残念な胸でもかわいく見えるのだけれども。争奪戦などと言うややこしい事が無ければどれだけ目の保養となったことか。ただ、妙にテンションを上げる伊藤が痛々しかった。


するとまた、例の視線をハーデスは感じた。はっとして視線を感じた方に目を向けるが、やはり視線の主は見つけられなかった。


「玲子のヤツ、遅いな」

 山本が心配そうに言った。三人と一緒に更衣室に入った筈なのに、出てくるのが遅すぎる。

「トイレでも行ってるんじゃないのか? 女子トイレは混むからな」

 伊藤がデリカシーの無い事を言い出して女子三人から白い眼が向けられる。

「でも、伊藤君の言う通りかもしれないわね。古戸君、先に行っちゃいましょ!」

 優子はハーデスの手を取って砂浜を走り出す。

「うわっ、熱い!」

灼けた砂を蹴り、波打ち際に辿り着いても優子は走る速度を落とさない。当然波に足を取られて二人は揃ってすっ転び、派手な水飛沫を上げる。転んだ拍子に離れてしまった手を残念そうに見つめる優子。しかし、すぐに気を取り直して立ち上がると、ばしゃばしゃとハーデスに水アタックをかける。「やったなー」とハーデスもばしゃばしゃと反撃に出て、バカップルお約束の光景が繰り広げられるかと思われたが、ハーデスは座り込んだまま動かず水をかけられ続ける。


――何故ボクが水をかけられているんだろう……はっ、もしかしたら川上さんは、転ぶのを防いであげられなかったのを怒っているのか? ならしょうがない。この責め苦を受け入れよう――


 なんて事を考えていたのだった。美少女の戯れを責め苦扱いするとは、まったくもってけしからん話である。

 ハーデスがいつになっても動かないので優子も手を止めた。「気が済んだのか?」と思い目を開けたハーデスの視界いっぱいに優子の悲しそうな顔。優子はハーデスと膝を付き合わせる様に座っていたのだった。


「古戸君、私と一緒じゃ楽しくないの?」

 あまりにも近い距離にドキッとしたハーデスは赤くなって俯いてしまう。俯くという事は視線が下がるという事である。しかも優子は水着姿。必然的に胸の谷間を至近距離で見る事になる。それに気付いた優子は思わず胸を抱えて立ち上がった。すると当然ハーデスの目の前には優子の下半身が。また激しく水飛沫を上げて座り込む優子。そして二人して赤くなり沈黙。まるで初々しいカップルの様である。しかし、すぐにその沈黙は破られた。どちらが口を開いたのでも無い。いきなり赤いビキニに身を包んだ玲子が現れたのだった。


「楽しそうね、私も仲間に入れてもらっても良いかしら?」

「ええ、もちろん」

 優子は口では言うものの、内心穏やかでは無い。だが、玲子はそんな事はお構いなしで水遊びに加わった。

「ていっ」

 笑顔でハーデスに水を浴びせる玲子。この時はまだかわいかった。

「ていていっ」

 掛け声と共に浴びせる水の量が増えた。

「ていていていっ」

 更に水が増量。

「ていていていていっ」

「ちょ……泉さ……待っ……息が……」

 遂にハーデスが息をする事すら出来ない程の水攻撃となった。

「なに? 古戸君、そんなに楽しい?」

 ハーデスの訴えに、ようやく手を止めた玲子。それにしても玲子、息が出来なくなる程水をかけ続けられるとは恐ろしい身体能力である。

 膝程の水深の場所で溺死しかけたハーデス。だが、遠目で見てる分には楽しそうである。砂浜のレジャーシートで見ていた望美に美紀が発破をかける。

「望美、何にしてんの。あなたも行かないと、古戸君取られちゃうよ」

「でも……」


 一番最初にハーデスに接近し、毎日弁当まで作っている最も有利な筈の望美が何故か尻込みする。

「ああっ、もうしょうがないなぁ!」

 美紀はビーチボールを手にすると、三人目指して砂浜を駆け出した。

「みんな~、海と言ったらコレでしょ。望美もおいでよ!」

 元気っ子らしい自然な流れで美紀は望美を遊びの輪に加える事に成功した。だが、望美以上に反応した者が居た。もちろん伊藤である。


 伊藤の狙い、それは言うまでも無いだろう。ボールを追う度に、打つ度に揺れる女の子の胸である。

「望美~早く来いよ。山本もモタモタしてんじゃ無ぇよ。じゃあ輪になって……」

 張り切って仕切り出す伊藤。輪になったのは、四人の女の子を万遍なく見れる様にする為だ。

「じゃ、行っくよ~」

 美紀がビーチボールを打ち上げる。

「はいっ」

 望美が見事なレシーブで返す。もちろん伊藤の目は望美の胸に釘付け。以下、伊藤の独白。


「望美って、意外と胸あるんだな。なかなかの揺れっぷりだ。美紀、グッジョブ! おっと、古戸に回ったか。どーでもいーや。次は女の子に回せよ。っておい、なんで山本に回すんだよ。空気読め、バカ野郎。山本はわかってるよな。よしっ玲子だ。やっぱ一番美人だよな。それにあの胸のボリューム、素晴らしい! これだけでも来た甲斐があったってもんだ。次は優子か。なかなかっちゃぁなかなかだが、玲子の後ではな。おっと、美紀に回ったか。お前はいい。無駄に元気だから胸に栄養が行かねーんだよ……」


「アタ~ック!!」

 伊藤の心の声を読んだのか、それとも単に彼のエロい目つきが気に障ったのか美紀はジャンプしたかと思うと伊藤の顔に思いっきり打ち込んだ。本気の美紀のアタックを伊藤がどうこう出来るワケが無い。顔面にビーチボールを受け、仰け反った。

「連撃!」

 伊藤の顔にヒットし、頭上に上がったビーチボールを更に強烈に伊藤の顔めがけて打ち込む山本。二発目を顔に喰らって膝を付く伊藤。ボールは玲子の上へ。

「フィニッシュ!」

 玲子は容赦無くとどめの一撃を伊藤の顔面に叩き込んだ。

 ジェットストリー……いや、見事な三連コンボを決められた伊藤は撃沈。海水に倒れ込んだ。


「いぇ~~~い、大勝利!」

 飛び上がって喜ぶ美紀と山本がハイタッチ。

「『いぇ~~~い』じゃ無いよ、伊藤が溺れちゃうよ!」

 ハーデスは慌てて伊藤を抱え起こす。こんなヤツに冥界に来られては迷惑千万、王の座を押し付けたタナトスに申し訳ない。ちなみに人間は、足首ぐらいの水深でも溺死する危険があるので気を付けなければならない。

「ふうっ、危なかった。ケルベロスが尻尾振ってやがったぜ」

 ハーデスに助けられた伊藤が嘯いた。なんという厨二臭さ。


「コイツバカだ」

 玲子が冷たく言い放った。

「そうよ。コイツ、バカなの」

 優子が声を揃える。

「そういえば、コイツみんなの胸ばっかり見てた」

 美紀がとんでもない事を暴露した。これは自分の胸には視線が止まらなかった事に対する意趣返しかもしれない。

「嘘っ、気持ち悪い!」

 望美が胸を両手で覆い隠し、おぞましそうに声を上げる。

「誰よ!こんなバカ呼んだの?」

女子四人が声を揃えて言った。女子四人の気持ちが一つになったのだ。そういう意味では伊藤、グッジョブ! まあ、ロクでもない事しかしてないのだが。


「ま、まあそう言うな。同じクラスの仲間じゃないか」

 山本が愛想笑いしながら言うが、それは美紀の言葉にかき消された。

「あっ、ボールが!」

 バカ、いや伊藤の顔で跳ね返ったビーチボールは放置されている間に波間を漂い、美紀が気付いた時にはかなり沖の方まで流されていた。

「私、取ってくる」

 美紀がボール目指して泳ぎだした。

「あっ、日高さん!」

 ハーデスが止める間も無く美紀は派手な水飛沫を上げてどんどん遠ざかっていった。

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