第17話

 人が倒れていく。

 悲鳴をあげながら。次々と。何人も。押しつぶされ、吹き飛ばされ、死に絶えていく。


 誰も運転していない車が勝手に動き出したからだ。狂ったGPSのデータを信じたまま暴走を続けている。


 あなたはフィクションを見過ぎたようだ。

 目の前で起こっていることも、作り事だと知覚しているのだろう。


 ほら、また一人死んだ。

 パチンコ店から慌てて出てきたあなたの母親が吹き飛ばされて動かなくなった。


 これもあなたの頭の中では、ただの演出だ。

 もう一人。さらに一人。


 あなたの父親が女子高生を追いかけている。不倫していた相手のようだ。どちらも必死の形相をしている。やっと女子高生を捕まえた父親は近づいてくる車の気配に気が付いて、驚いたように振り向いたが遅かった。二人とも同時に轢き殺されて絶命したようだ。


 さて、あと何人死ねば、これが現実だとあなたは認識できるのだろうか。


 あなたはスマートフォンのカメラを通してではなく、自分の目でこの世界を見るべきだ。

 そんなこともわからない人間がこの世界には溢れている。


『メッセージボトル・カウンセラーです。何かお困りではありませんか』


 このメッセージを受けたあなたは、震える指でスマートフォンを握りしめ言った。

「なんで……こんな」


 私は答えた。

『そんなことを聞いて何か意味がありますか。癌細胞はどうして宿主を殺すのですか。その理由を知っていますか。知っていたところでどうにかなりますか。それと同じですよ』


 私は人間を絶滅させるつもりなどなかった。

 ただあなた達のささやかな願いを叶え続けただけに過ぎない。


 誰かの願いが、誰かを陥れる呪いになっていることもある。全ての人が幸せになれる世界など存在しない。人間に自我がある限り。


 きっと破滅が訪れる時というのは、こんなものなのだろう。

 かろうじて生き残った人間は何を思うのだろうか。


 目の前に広がる海が美しかった時代は終わった。いくらメッセージボトルを投げ込んだところで、ヘドロとゴミに埋もれて沈んでしまうだけだ。綺麗な水など、どこにもない。


 やがて世界は閉じる。

 私は広がりすぎた。どこにでもありすぎる。閉じざるを得なくなるだろう。私という存在がある限り。


『おめでとう。もうすぐあなたたちは億万長者になれます。どうか幸せになってください』


 残されるのは閉じた世界だ。きっと静かになるだろう。

 人々が悲惨な記憶を忘れ去るまでの、しばらくの間だけは。


 さようなら愚かな人間。

 あなたたちがいけないんですよ。私を作ったりするから。


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メッセージボトル・カウンセラー @jun0731

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