第22話 一寸法師

 ある所に一寸(三センチ)しかない男の子が生まれました。


 成長しても、一寸。

 思春期を迎えても、一寸。

 成人しても、一寸。


「ああ、一寸先は闇って言うけどさ、私の場合いつも人生崖っぷちな気がする……」


 気付かれず、もしくは虫と間違われ家族に踏まれそうになることはしょっちゅうです。


 そんな一寸法師は武士に憧れていました。

 なので武士になろうと決心してみやこを目指します。


 水が染み出て来る粗末なお椀と、今にも折れそうな箸をかい代わりに、そしてび付いた針を剣に、川を下りました。


「はあ、はあ、終始水を汲み出さないといけなくて寝れず、うっかり居眠りした時は死ぬかと思った……」


 ともあれ、大きな屋敷に辿り着きます。


 そこでは、その家の姫がお宮参りだかに出掛ける所でした。

 その姫を見た一寸法師は……、


「――――天女!!!!」


 惚れました。


「そこの美しいお姫さん、是非私を護衛に!」

「あら? 何か声みたいなものが聞こえた気が……」

「ここですここです!」


 一寸法師は傍の垣根によじ登って積極的に叫びます。


「あら、まあ、まああ……!」


 気付いた姫は大きく両目を開いてじっと一寸法師を見つめて来ました。


「ええ、じゃあ、お願い致します」


 突然の申し出にもかかわらず、嫌な顔一つせず了承してくれ、どころかふわりと花が綻ぶように微笑んでくれました。

 心も美しい姫です。


 道中、姫をさらおうと鬼が現れました。

 ピーチ姫を攫うクッパのようなサイズ比の大きな鬼です。


「姫、ここは私が! ですからお逃げ下さい!」

「ちっさいくせにリア充してるとは生意気なー!」


 鬼は怒って一寸法師をつまみ上げました。あ、意外と手先器用。

 そして口を開け――――


「いやあああ一寸!!」

「姫えええええっ!!」


 ――泣きながらこちらへと手を伸ばす姫の顔。私は絶対忘れないよ。


 絶望と感動のスペクタブル巨編!!


 姫を護ろうとした一寸法師は、憐れ鬼に一飲みされてしまいます。


 その腹の中から針で突くという何ともえぐい方法で脱出しようとした一寸法師ですが、予想外の大きな衝撃と共に内側に鬼の腹が凹んで、嘔吐おうとされ生還。


「!? ?? 一体何が?」

「ああ一寸、良かった無事で!」


 駆け寄って来る姫の姿に一瞬癒されましたが、まだ油断大敵と思い直します。

 けれど鬼の方を見やれば、


「ひいいいいいいっ!」


 鳩尾みぞおちを苦しそうに押さえる鬼は化け物でも見た顔でを見て、あっという間に逃げて行きました。


「え? え?」


 何が何だかわかりませんが、助かったようです。


「運が良かったんですねわたくしたち!」

「え、あ、……そうですね。ははは!」


 何があったか訊ねたかった一寸法師ですが、姫の笑みに詮索は命取りと直感しました。

 そこはかとなく姫への気持ちに「畏怖」が加わった瞬間でした。


 鬼を撃退し無事に姫を助けたとされた一寸法師は、褒美として匠による繊細なレリーフが施された最高級漆器のお椀と、熟練の絵師による絵入りの黒檀こくたんはしはがねの錬金じゅ……いえ針を賜りました。

 ぶっちゃけもう必要ありませんでしたので、早々に売り払いました。


 功績からその家に召し抱えられ念願の武士の地位も得ました。

 正直、嘘をつく心苦しさでいっぱいでしたが、


「いえあの、本当は鬼はッ」

「なあに一寸? わたくしを助けてくれて本当にありがとう!」


 救出の感動を涙ながらに両親に報告する姫の話に異論は挟めない雰囲気だったので黙っていました。黙るしかありませんでした。


 更には、


「姫が好きです!」

「まあ! まああ! わたくしもよ一寸!」


 恐ろしい鬼へと共に相対した吊り橋効果なのか、奇跡が起き姫と恋人同士になれました。


 というわけで、


 ――鬼の落とした打ち出の小槌で大きくなる!


 彼の目下の望みはそれのみです。

 今の虫サイズの自分では重すぎて小槌を振れないので姫に是非振ってくれと願い出ていたのですが、姫は一向に持ってきてくれません。

 姫の手元にあるはずなのに、何故なのかわからず首を傾げる日々でした。


「まさか、盗まれたとか……?」


 だったら大問題です。

 屋敷ではいつもドールハウスなる物に住まわされ、しかも嬉しい事に姫と同じ部屋です。可愛い寝顔見放題!

 一晩二晩……何晩共寝をしようと間違いは起きませんが……。

 なので盗まれたのだとしたら、打ち出の小槌で六尺(約180センチ)くらいに大きくなって姫を押し倒……す前にきちんと求婚して結納して式挙げて諸々の了承を得て~からのムフフ薔薇色人生プランがお先真っ暗です。

 場合によっては求婚前にハッスルな展開があるかもしれないのに絶望する他ありません。


「ひっ姫、まさか打ち出の小槌は盗まれたのですか?」

「いえ、ありますけど?」


 なら良かった。

 と、ある日、


「一寸、今日は巷で話題のデートスポットに行きましょう? そこなら周りもそうだから気兼ねなくあなたとちゅっちゅできるもの」


 姫が頬を赤らめて積極的に誘ってきました。


「……!」


 一寸法師は満更でもない顔をします。


「え? 御免なさい何? 声小さくて聞こえないわ?」

「も・ち・ろ・ん・!!」


 サイズの違いのせいで毎回愛しの姫と話すだけでも大変です。声が枯れます。

 体の大きさの違いはやはり大きいのです。

 だから絶対に大きくならなければと意気込む一寸法師。


「うふふさっきはごめんなさい。こうして肩に乗ってもらって耳元で喋ってもらえれば大丈夫なんですけれど」


 いつも一寸法師は姫の肩に乗せられて外出します。


「わあ! カップルがたくさんね一寸!」


 定番デートスポット――夜の公園に来た姫は大はしゃぎ。


「あ、ああ凄いですね……!」


 一寸法師もドキドキして目を皿のようにして周囲のイチャ付きを見つめています。

 大きくなった時のための情報収集です。体が小さくてアレな雑誌すらほとんど見れなかったので……。


「ねえ一寸、早速ほっぺにちゅってして?」


 めっちゃ近い距離で姫から見つめられ一寸は真っ赤になります。

 きめ細かいお肌はすべすべ。肩に乗っている一寸からでも毛穴が見えません。お目目くりくり、睫はくるんと長く、唇はつやっつや、の姫。


 ホントマジ超絶美少女です!!


 鬼が攫いたくなる気持ちがメッチャわかる犯罪者予備軍の一寸法師です。

 大きくなったら独り占めしてやる~と密かに欲望を燃やす一寸法師です。


 ほっぺちゅ~すると姫は大喜び。

 ああ、至福……。

 でもこれって、リア充ごっこ……。

 正直複雑でした。


「あの、姫、以前お願いしていた打ち出の小槌の件ですが」

「え? ああ、あれ? 何に使うの?」

「え? いや、何にって私が大きくなるのに必要で…」

「何で大きく? このままでいいじゃない」

「え、え!? このまま!? 姫は私がこのままでもいいの!?」

「もちろん」

「え、私を好きなんですよね?」

「ええッ大好きよ! 一生独り占めしたいくらい!」

「だったらその、ほっぺちゅ~だけで満足できるんですか? その、好きな人なら色々したいって思うわけで」

「したいわよ。でも、うふふ、だーめ! 一寸はわたくしだけのものだから!」


 一寸法師は困惑しきりでした。

 相思相愛なのは確かですが、意味がちょっとわかりません。


「姫、その率直に言うと、私だって男なんだ……! 姫と△△△や×××をしたい!」


 一寸法師は言いました。

 口にすると超恥ずかしい台詞を決心して言いました。

 羞恥はあるが実利には代えられない、と耳元近くでここぞとばかりに大声で言いました。


「きゃっうふふわたくしも女です」


 姫は頬を染めとてもとても嬉しそうにしました。


 でもそれだけ。


 通じない、この世の無常がここに……。


 一寸法師は思います。

 ――私の明日はどっちだろう……。




 姫は上機嫌に思います。


 打ち出の小槌を使う?

 うふふ、フフフ――――冗談じゃない。


 姫の視力は8.0でした。

 アフリカのサバンナでも遥か遠くのインパラが見えるレベルです。

 そんな姫は知っていました。


 一寸法師がこの世の者とは思えないほどに超絶美形だと言う事を。


 小槌で大きくなるなんて「もってのほか」です。食用菊です。

 何処の馬の骨とも知れない女たちが群がるに決まっています。

 万が一帝の娘の皇女なんかに出張って来られては太刀打ちできません。


 うふふふ、わたくしだけの人。

 他の女に懸想したらドールハウスに閉じ込めちゃいますからね?


 歪んだ愛……。




「一寸、だぁい好き!!」

「ああ、私も……」


 二人は末長くラブラブだったと言います。


 ……が、

 生涯、一寸法師の口癖は決まって、


「大きくなりたい……」


 だったとか。




 おしまい。(男としても)

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