第21話 シンデレラ

 目が死んでるエラ、略して――シンデレラ。


 ある所にそう呼ばれるエラと言う名の娘がおりました。


 幼い頃に母親を亡くし、事業家の父親は今の継母ままははと再婚。けれど不運にもその父親も事故で亡くなってしまいます。

 継母と、二人の義理の姉と共に暮らすエラ。

 召使い同然に家事全般をこなし、庭の手入れまで任されている彼女は、調理場の暖炉だんろ脇を寝床にしています。


 そのせいなのかいつも全身灰やすすに塗れていました。

 汚れた前髪から覗く双眸も、生活苦のせいか濁り切っていて生気が感じられません。

 部屋の隅に佇んでいると、来客などは十中八九ビクッとなります。

 貞子レベル……。


 今日も暖炉の灰を掻き出し新たなまきをくべながらエラは嘆きます。


「はあ……。ここ久しく美しい物を見てない……」


 彼女は優れた審美眼しんびがんの持ち主でした。

 なのでそのお眼鏡に適わないもので溢れている今の生活にはき。

 だからいつも死んだ目をしていたのです。


 暖炉の上面に湯を沸かす大鍋を乗せると、次は庭の土に混ぜるため掻き出した灰をバケツに入れます。庭先に出た所で、


「あっ……!」


 何もない場所で見事にこけ頭からバケツを被りました。

 ああなるほど、こうやってよく派手に零すから灰塗れになるわけですね。


「……く手間が省けたわ」


 時に強がります。

 パンパンと被った灰の大半を落として予定通り庭の肥料の一部にすると、空のバケツを持って家の中へ。


「ふう……綺麗な物を見てないから、力が出ない……」


 某アンパンのヒーローが顔に支障を来した時のような台詞を吐いて、木のテーブルに突っ伏します。

 と、パタパタとこちらに近付く足音が。


「あ、いたいた。今日も死んだ目ね、シンデレラ」

「あらあらまた転んで灰を被ったんですの?」

「お姉さま……」


「「お姉ちゃんって呼んでって言ってるでしょ!」」


「…………何故?」


 二人の義姉あねの変なこだわりにエラはしらけた目をします。


「何か用事だったんでしょ?」

「あ、ええそうでした。実はこれを見て欲しくて」

「わたくしのも見て頂戴」


 二人はエラの前のテーブルにことりとそれぞれの品を置きます。

 一つは首飾りネックレス

 もう一つは指輪リング

 エラは二つの品を前に、一度ゆっくり深く瞬きました。

 そして開かれた双眸は、もうプロの目です。


「上のお姉さま。この首飾りはどちらから?」

「行商のイケメンから買ったのよ! 超掘り出し物だって言ってたわ。綺麗でしょう!」

「また口八丁で紛い物を摑まされたんですね。お気の毒に……」

「え!? 偽物なのこれ!? 庶民の家賃一カ月分はしたのに!」


 上の義姉あねが打ちひしがれたように床に四肢を付きます。


「シンデレラじゃあこれは? 先日、お付き合いしている男性から給料三カ月分を君にってもらったのですけど」

「その方はどのようにして購入を?」

「ちょうどお金ないって言うからわたくしが立て替える形でお金を渡して、次の日彼が買って来た物をもらったのよ」

「その後その方とは?」

「忙しいみたいで連絡取れないんですの」

「……。下のお姉さま、それせいぜい給料三日分です。メッキです。お金持ってトンズラされたんですね。お気の毒に……」

「まあ! まあ! 何てこと! あの男許すまじ……!!」


 下の義姉あねはハンカチを口で咥えて憎々しげに引っ張り出しました。

 個性豊かな義姉あねたちの姿を見て、エラは深々と溜息をつきます。


「はあ……美しいものが見たい……」


 それは遠回しに二人をディスッて……。


 その夜、


「シンデレラ! 白状なさい、またあの子たちったら貢いだのね?」


 調理場に飛び込んで来たのは継母です。

 暖炉でコトコトと具の少ないシチューを煮ていたエラは瞬き一つ。


「あ、お母様そのブローチ偽物…」

「いちいち指摘しないで! わかってて見栄で付けてるのよ! 素人にはわかりゃしないからね。あの子たちが懲りずに無駄遣いばかりするから! カツカツなの! 火の車なの! いくら働いても生活が楽にならないッッ。ああもうどうしてくれるのよおおおお!!」


 勝手に喚いてとうとう床に泣き崩れる継母。情緒不安定です。


「……明日から私が鑑定の仕事してきます」

「……いい、しなくて。世間体が気になるから、やめて」


 面倒臭い人だなと思いましたが口には出しません。

 代わりに木の皿によそった温かいシチューをコトリとテーブルに置きました。


「空腹だと思考が参るんですよ。とりあえず食べて下さい。お姉様たちはとっくに食べましたし。残り全部お母様の分です。あとシチュー鍋引き上げて別の根菜煮たいので早く食べて下さいね?」

「シンデレラ……」


 涙に濡れた顔で、未亡人の継母はゆっくりと席に着きました。


「未亡人って響きも、美人だったらそそるのに……」

「あんたはホント余計なひと言が多いわね!」


 どこ吹く風~のエラは、自家製茶葉に魔法瓶のお湯を注いで紅茶を淹れます。


「お母様も如何? とてもいい香り……」

「……頂くわ。紅茶好きな所だけはホント父親そっくりよね……ふふ」


 そうしてその夜は更けて行きました。


 ある日、ふざけたお触れが出ます。


――王子(僕)の花嫁を決めまーす。王国中の女子は皆王宮の夜会に来てね☆(既婚者でも可)


「全くふざけた王子ね」


 買い物途中のエラは軽蔑の眼差しでお触れ書きを眺めます。

 けれどエラの胸中とは裏腹に、国中まるでお祭り騒ぎでした。

 少女達は色めき立ち、母親たちはいかに娘を美しく着飾らせて王子の目に留まるように仕上げるかに夢中になります。


 継母も例外ではありませんでした。


「シンデレラ、あんたの審美眼でどうかこの子たちを少しでも綺麗に仕上げて頂戴! 何とかドレス代も捻出ねんしゅつできたし」

「わかりました」

「え? シンデレラは行かないんですの?」

「私のお古のドレスでいいなら貸すわよ?」

「ああそうよね。あんたも着飾ればかなり見栄えす…」


 三人に紅茶を出した後、暖炉で庭の木イチゴを煮詰めていたエラは見るからに死んだ目で三人を振り返りました。

 その真っ黒な木のうろのような恐ろしい瞳に三人は身が竦んだと言います。


「……あの王子、好かないので。人間性が」


 ともあれ、夜会当日。

 姉妹はエラの尽力によりそれはもう見違えるように美しくしてもらいました。

 と言うかめっちゃ色々と盛りまくって人間離れしていました。


 神の目と神の手の持ち主エラ。

 最早魔法使いなんて要りません。

 むしろエラが魔法使いです。


 そのせいなのか、本物の魔法使いは、


「あー、出て行きにくいわこれ~」


 と物陰からエラを窺っています。


 レンタル馬車に乗り込む三人を見送ったエラは、一仕事終えたと両肩をコキコキ鳴らしながら家の中へと引き返します。


 と、馬車が戻ってきました。


「あーん髪型崩れちゃったからやっぱりシンデレラも一緒に来て!」

「どうしよ~メイク擦っちゃったら変になっちゃって! シンデレラも一緒に来て!」

「この子たちはあなたに任せたんだから責任持って面倒見て頂戴!」

「え……」


 これにはさすがにエラも困惑。


「無理。この汚い恰好じゃ入れてもらえない」


 三人は確かにそうかと苦い顔をします。


 その時です。


「ここで満を持しての私の出番ね。魔法使いのこの私がシンデレラを美しく着飾ってあげましょう!」


 皆の目が猛烈に不審がりました。


「いや、その、そんな目で見ないで――えいっ☆」


 焦った魔法使いは強硬手段でエラに魔法を掛けます。

 新たに大きなかぼちゃの馬車も作りました。

 いざ夜会へ!

 そうして到着したわけですが、


「美しいけど人間離れして畏怖を感じるから会場に入れてもらえないなんて……!」

「美術品扱いになるからって入れてもらえませんでしたの~!」

「不憫な子たち……」


 門番に止められた義姉たちの嘆きにエラは拳を握ります。


「じゃあ、全力で帰りましょう!!」


「「「あなたは行くのよシンデレラ!!」」」


「えー」


 そして、


「おおっあれは何処のご令嬢かな……?」

「まあ、なんて素敵……」


 会場内は現れた一人の麗しい少女に沸きました。


 エラです。


 たくさんの女性と踊ってエンジョイしていた女好きイケメン王子も、エラに興味津々釘付けです。

 足早に近寄って、


「僕と一曲踊ってくれないか?」

「……何で」


 にべもなく断られました。


 王子は愕然とします。


「い、今まで一度も女性に断られた事なんてなかったのに……!」


 勿論、親にぶたれた事もありませんこの王子。


 実際に会ってみてエラの審美眼と言うより直感が訴えます。

 こいつは何かやめとけ、と。


 その時、12時を告げる鐘が鳴り響きました。


(やった。これで帰れる!)


 滞在は12時まで、と宣言していたのです。だから義姉たちのメイクの手直しにわざと凝り時間をかけました。

 そのおかげで門前払いを食らったわけですが。

 消沈する二人が偶然通りかかった芸術家と音楽家から「君のおかげでインスピレーションが湧いた!」と見初められるのは、また別の話。


「え、ちょっ!?」


 王子は追いかけます。


「は? 何で付いてくるんですか?」

「あからさまに嫌そうな顔をするなんて……」

「あ、失礼しました」


 またもや衝撃を受けた顔の王子。


「謝るので付いて来ないで下さい」

「いや僕は君と話をしたくて」

「後日聞きますので今夜は遠慮して下さい」

「え、後日? 会ってくれるのかい?」

「機会があれば」

「それじゃ不確定じゃないか……って、なっ? ドレスたくし上げて走るって、ちょっと本気で逃げ出した!? ま、待ってくれ!」

「……ああウザい」

「は? 今ウザいとか言ったよね!?」

「ハイ言いましたなので付いて来ないで下さい」

「普通王子に向かってウザいとか、ウザいとかさあ……!」

「言われたくなければ付いて来ないで下さい! 超ウザいんですけど!!」

「ええええええー!?」


 言い合いながらに広い王宮の庭を走る二人です。

 ゴーン、ゴーンと鐘は鳴り続けています。

 いやもうとっくに12回鳴ってる頃合いでは?

 もしや24時だから24回とかでしょうか?


「待ってくれだから話を――――っ!」

「付いて来んなストーカーかッ!」


 エラは久しぶりにマジギレしました。


「君に興味があるんだよおおお!」


 王子は負けじと叫びます。

 興味、だと?

 エラはガラスの靴を片方脱ぐと、手に持ち振り被りました。


「今まで何人に同じこと言ってんだこの女好きがほざけええええええーッ!」


 強化ガラスの靴はガツーンと見事に王子の眉間に命中。

 彼は白目を剥いて昏倒。

 ふんと、鼻息も荒く吐き出して踵を返すエラ。


 そうして波乱の夜会は幕を下ろしたのでした。




 後日、エラの家に王宮から王子一行がやってきました。

 各地を回ってとうとうです。


「この家の娘は出て来てこの靴を履いてみるのだ」


 王宮の兵士の命令に、義姉たちは素直に従います。


 エラの姿はありません。

 何故なら、


「お姉様……いいえ、お姉ちゃん! どうしよう、私を捕まえに来たんだわ。それにキモイ……魔法のドレスとかは消えたのにどうしてあのガラスの靴だけ残ってるんでしょう。何かあの王子の執念の具現化みたいで……怖いです」

「「――ッ!? 初めてお姉ちゃんって呼んでくれたのねシンデレラ……!!」」


 義姉たちは頷き合います。


「シンデレラ、隠れてて」

「そうよ、わたくしたちで何とかするから」

「ありがとうお姉ちゃん!」


 チョロイ。チョロ過ぎる……とは誰の心境でしょうか。

 でも半分は本音です。

 何で靴だけ……?

 元の灰かぶり姿のエラでしたが、正直あの王子の嗅覚は半端ない気がします。

 出てったら最後な気がします。


「二人共合わないな。この家に他に娘はいないのか?」

「「ええ、いません」」

「そうか。では次の家に行きますぞ……ってあれ、王子? どこです?」


 その頃エラは暖炉の鍋を掻き混ぜて気を紛らしていました。


「落ち着くのよ自分エラ。もう一度あのツラ見たら衝動的にくびり殺しそうだし、これが最善」


 ヒッヒッフーと、マタニティな呼吸法を試して気を落ち着かせていると、カタン、と窓の方から音が。

 どうせ風だろうと気にしないエラです。


 うんそう。


 きっと。


「顔よく見えないけどあの子何か猛烈に気になる……」


 決して窓に張り付いてこっちを見ている王子の物音じゃありません。


「――ってスルーすると思ってんのかあああ!」


 エラは手に持っていたヘラを魔王に聖剣を投擲する歴戦の勇者のように一直線に投げつけました。

 ガラスを突き破って見事にクリーンヒットします。


「誰か! 誰か来て変態王子がここに……!」

「今の投球フォームと威力、僕だって知っててのその暴言……やはり君があの、夜の…………」


 がくっと、あの晩と同様王子は白目を剥きました。


「――それでは、エラとやら、履いてみるのだ」


 仕切り直しです。


「いやもう僕としてはそんな事する必要ないしいいよもう。この娘があのき時の娘だと確信してる」

「……」


 あの善き時とかって言い方……キモイ、と思うエラでしたが兵士の手前我慢します。


「いえですがね、一応形だけでもこうしないと、他の令嬢たちが納得しませんので」

「体裁の問題なのか?」

「ええ、はい」


 兵士はエラを見て促します。

 エラは、ただ靴を見下ろしたまま死んだ目で、


「……履きませんよ。これ、趣味じゃないんで」


 玉の輿をスッパリお断りしました。


 隠れて見ていた魔法使いが「はうっ」と心に傷を負いました。

 デザインも含めた全てが魔法使いの案だったようです。


「シンデレラとやら、これは一応王も許可した勅命…」

「まだ何か?」


 兵士の言葉を遮ってエラは王子をめ付けます。

 その嫌悪と拒絶と侮蔑の眼差しに、王子はぶるぶる震え出しました。


「やっぱり……そうか。狂いはなかった。新しい……こんな扱い生まれて初めてだ」


 エラをはじめその場の誰もがいぶかったその時、


「その目……――――ぞくぞくするよ!!」


 王子、開眼!!


「こんな胸の高鳴りいまだかつてない! 僕の運命は君だ……!」


 擦り寄って来る変態の顔面に、エラは無言でガラスの靴をめり込ませます。


「ああ……この痛みも、いい! 僕は諦めない、諦めないぞ~!」

「王子いいいいいっ!!」


 兵士が色んな感情綯い交ぜに叫びました。




 その後、エラは証人保護プログラムにより姿を消します。


 継母や義姉たちは「変態の魔の手から逃れられるなら」と送り出してくれました。

 ですが時期を同じくして王子も城を出奔。

 書き置きには「刺激物って一度味わったらやめられないから捜しに行く」とか何とか。


 数年後。

 さすらいの凄腕の女鑑定士がおりました。

 彼女の元には時々、


「今度も見つけたよ!」


 と現れる男性がいるとか。

 そして何故か彼女からの冷ややかな態度を喜ぶそうです。



 おしまい。

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