第23話 ラプンツェル

 魔女のせいで生まれてこの方、ずーっと塔に借り暮らしのアリエッ……ラプンツェルという娘がおりました。


 塔は高く簡単には下りられません。

 と言うかまあ落ちたら即アウトです。グロい事になります。


 魔女からは決して髪の毛を切らないよう言いつけられていたので、彼女の毛髪はすんごい長さになっていました。


「ふう、頭重い……。三つ編にして塔から垂らせば誰か上って来そうね~」


 けれど彼女は髪を垂らしませんでした。


「こんな長い髪を三つ編にするのって骨が折れるもの」


 その代わり普通のロープを垂らしていました。


 そもそも、ラプンツェルは塔で――梯子はしご屋を営んでいました。


 別に髪の毛ロープは必要なかったのです。

 物語終わりです。

 ですが、彼女の生き様を覗いてみましょう。


「木から鉄からステンレス製の梯子まで長さも色々、何でも揃っていますわよー? それから縄や綱、手ぐすにワイヤー、ついでに言うと髪の毛のロープなんかもございますー」


 毎日塔の上から「いらっしゃ~い!」と新婚でもない若い女の美しい客引きの声が響くのですから、近場の男たちは連日のように塔の下に集まりました。


「3mの木の梯子をくれ!」

「こっちは折り畳み式のステンレスのやつを!」

「ワイヤー50m分くれ!」


「毎度~! お勘定は籠の中にお願いしますわね~!」


 滑車が回って品や籠が上下します。

 塔の上の梯子はしご屋は大盛況でした。

 天国に一番近い梯子屋だと言われ「遠めに見た感じラプンツェルすげ美人じゃね?」と噂が広がり、客足も落ちませんでした。


 けれど梯子があるのに塔から下りて逃げないのはどうしてでしょう?


「え? 単に高い所が好きだからですわよ~?」


 単純な理由でした。


 一方、ラプンツェルを閉じ込めている(つもりの)魔女は気が気ではありません。


 魔女は――カツラ屋を営んでいるのです。


 万一ラプンツェルが髪の毛ロープを売ってしまったら、今ある在庫分しか商品が無くなってしまいます。カツラの材料不足に陥ってしまいます。

 折角頭髪の伸長速度の速い赤子を見つけて塔で育てたというのに、これでは商売あがったりです。水の泡です。

 生活の不自由がないようにと男以外は何でも出て来る魔法の箱を与えたのがいけなかったのでしょうか。

 それでも、ラプンツェルのいる塔に今まで一度だって男性を登らせた事はありませんでした。

 そこは用心深い魔女、目を光らせていましたから。

 男の好みに合わせて「ショートにする」とか言われては堪りません。


「ひっ店主今目が光った?」

「い、いえいえそんなわけありませんよ。どこぞの笠地蔵じゃありませんから」

「ええ?」

「いえいえこちらの話です。お客様の頭にはこちらのカツラがお似合いですよ。これで可愛い嫁百人は間違いなしです!」

「そ、そうかな!?」


 へへへと満更でもなくエロ妄想をしたのか、客は同じ物を三つほど購入し、意気揚々と装着します。

 訊けば、普通に使用する分、スペア、そして保管用との事。


「フィギュアとかグッズじゃないんだから普通に全部日常で使えや」


 魔女はうっかりそう突っ込みたくなったと言います。

 その男性は店を出がけに、


「あ、実は僕今街でやってるサーカスの団員なんです。綱渡りとかブランコとかやってますんで、店主ももし良ければ公演を見に来て下さい!」


 ちゃっかり宣伝し朗らかに笑って去って行きました。


「サーカス団員ねえ。どうりで頭はヤバかった割に体つきは良いわけだ。でもあの若さでねえ……」


 最近の若者も色々とストレスや悩みが多そうで大変だなぁと同情的になった魔女でした。


 街でもサーカスは大人気で道を行くと必ず誰かがその話をしています。

 公演を見に遥々来る客もいて、そのついでにカツラ屋にも足を運んでくれます。


「街が活性化するって言うのは良い事だねぇ、あの若者の頭皮もそうだといいんだけどもねえ」


 魔女は窓から見えるサーカスの大きなテントをしみじみと眺めました。


 サーカスの噂は塔の上のラプンツェルにも届いていました。


「いいわねえサーカスかあ、やってみたいわ~。高い所大好き」


 見る方ではなく演じる方希望でしたか。

 さすがは閉じ込められても商売を始める心臓の持ち主。そこらの娘とは度胸が違います。


「いっそ塔の上で練習してみようかしら」


 ワイヤーなどの道具は揃っているわけで、その気になればできます。


「あ、危ないから…駄目、だよ…ラプン、ツェル……! ぜえぜえ」

「あらお婆さん、よじ登ってきたの?」


 実はこの塔には楽して魔法で登ろうとする者を見越して、魔法無効化の結界を張っていたので、魔女自身も老体に鞭打って登らなければいけないのでした。


「ぜえ、と、とにかく…サーカスの真似なんて、駄目……!」

「えー」

「上目遣いで、可愛い顔しても…駄目!」

「ちぇー」


 しつこく禁止した魔女です。

 サーカスの真似をしようとしたら魔法の箱を取り上げるとまで。

 ラプンツェルは渋々受け入れました。


「お婆さん、久しぶりに泊まってく?」

「そうしようかね」


 その夜、どこかの覆面の男が夜這いに忍び込んで来ましたが、魔女はあっさりとそいつを塔から突き落とします。

 ラプンツェルを見て一目惚れ、ラプンツェルの方も一目で気に入ったようでしたが憐れ……。


「あ、え?」


 その際何故か魔女を見て驚いていましたが、理由はもう聞けないでしょう。

 まあこう言う無情な所は悪い魔女仕様ですね。


 けれど、それからです。

 塔に夜な夜な「ラプンツェ~ル」と呼ぶ男の声が響いて来るようになったのは。


「一体どこから声が?」


 ラプンツェルも気味悪がっていました。

 毎晩続く不気味な声に、ある日とうとうラプンツェルもおかしくなってしまいます。

 夜になると塔の入口から身を乗り出してあらぬ方を見て「ここよ~」と叫ぶのです。

 魔女はラプンツェルがとうとうノイローゼになったのかと心を痛めます。


「あああ、悪霊退散術を習得していればあの子が精神を病むなんてなかったろうに……」


 魔女は本気で陰陽師おんみょうじ阿倍の何某なにがしを呼ぼうかとも思いましたが、もう少し様子を見る事にします。

 その夜も、


「危ないから止めなさいラプンツェル!」


 地上から注意します。


「私はここ~!」


 すると、いつもはただ「ラプンツェ~ル」と呼んでいるだけの声が今夜は違っていました。


「見つけた~!」


 !?


 魔女は蒼白になります。

 しかも声はどんどん近くなっているではありませんか。

 魔女は「私リカちゃん」と真夜中に電話して来るという人形の怪談話を思い出し背筋を震わせました。


「さあ、恐れないで僕を信じてラプンツェル!! 楽しい事を思い浮かべて! そうすれば君も飛べるはず!!」

「――っ、わかったわ!」


 ちょっと別の物語の台詞っぽいですが、塔の縁から思い切りジャンプしたラプンツェル。

 ふわりとスカートが靡いて、跳躍の頂点まで届くと次には落下を開始します。


「ああああああああ!!」


 魔女は最悪の事態を想像し、目を覆いました。

 けれどいくら待っても落ちて来た様子はありません。

 恐る恐る瞼の上から手をどけると、地上にも塔にも姿はありません。


「ラ、ラプンツェル……?」


 一体どこへ?と視線を宙に彷徨わせた魔女は見てしまいます。


「何だって!? あ、あれは――シルク・ド・ソレ○ユ!!」


 今街で絶賛公演中のあの超絶凄いサーカス団です。

 その団員と思しき覆面男の手にラプンツェルの手はしっかりと握られていました。


 ――――空中ブランコ。


 サーカスのその技で見事両手キャッチされていたのです。


「あの覆面はこの前塔から突き落とした男じゃないかい!? 生きてたのか……!」


 おそらく命綱を装備していたのでしょう。用意周到な事です。


「いやーブランコが長くて中々位置が定まらなくて」

「いいんですわ~。今夜ようやく初披露できましたし」


 念願の、サーカス演技。彼女は諦めていなかったのです。


 どういう原理か雲から伸びる長い空中ブランコ。

 アルプスが見えるようです。

 二人はそれに揺られています。


「ンな事までできるのかい最近のサーカス団は!?」

「だってギャグですから~」

「反則じゃないかいラプンツェルうううううう!」


 空からの訪いは盲点だった。ホント予想外だった。

 だから何の対策もしてなかった。

 後に魔女はカラス対策を怠ったトウモロコシ農家のように、そう悔恨を述べています。


「さようならお婆さーん! さようならー!」


 ラプンツェルは空中ブランコに乗って、そいつと一緒にどこかへと旅立って行きました。


 呆然と見ていると、ふぁさ、とカツラが落ちて来ました。


「あ!」


 見ればいつぞやのお客のサーカス団員が買って行ったカツラです。


「じゃあ、あの男は……。真実を知っても大丈夫かねあの子は……デブでも不細工でも構わないけどハゲだけは苦手って……」


 そして、塔には多量の髪の毛が残されていました。

 飛ぶのに重いからとあっさり髪を切って行ったのでしょう。

 カツラ屋は当分は大丈夫そうです。


 たとえこの先にどんな試練があろうとツルリと乗り越える。

 愛とはそういうもの。


 ラプンツェルは身一つで幸せを摑んだのです。



 END

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