30分ダークVer.

1 町長の家


   真夜中、家のあちこちを我が物顔で動き回るネズミ。

   ベッドが小刻みに震えている。

   ガバと跳ね起きる町長。

   途端に物陰に隠れるネズミ。

   辺りを見回す町長。


町長

 まったく…これじゃ寝られやしない。(ため息)せっかく町長に就任したばかりだって云うのに…あぁ、ネズミのやつ、どうして…どうしてこの時期を狙って大量発生しやがったんだ! 何か手を打たねば暴動が起きかねん…といって打つ手があるわけじゃなし…このまま暴動になったら町長辞めさせられちまうぞ。


        途方に暮れる町長を物陰から覗くズミ。




2 公園


   広場の噴水に腰を下ろし、奇妙な衣装をまとった男が

   笛を吹いている。

   そこに通り掛かる女の子。


笛吹き

 お嬢さん。


女の子

 なに? 笛吹きのお兄さん。


笛吹き

 この街は、ハーメルンという名の街ですよね。


女の子

 そうよ。


笛吹き

 ハーメルンの街は、穀物の貿易でとても裕福な街だと聞いていたのですが…違ったのでしょうか?


女の子

 ちょっと前まではね。今年に入ってから急にネズミが増えだして、食べ物という食べ物をみんな食べられちゃったの。


笛吹き

 (ため息)なるほど。それでいくら笛を吹いても、誰一人集まって来ないという訳ですか。


女の子

 それだけじゃないと思うけどね。


笛吹き

 と云うと?


女の子

 お兄さん『大道芸』の人でしょう?


笛吹き

 (妖しく笑う)そうですね。旅の道々で笛を吹いてお金をもらっています。


女の子

 ハーメルンの人は他所よそから来た人に冷たいって、いつも云われているわ。


笛吹き

 そうですか…ん!?


   公園を大勢の人々が通り過ぎる。


おじさん

 今日という今日は勘弁なんねぇ。役場には何が何でも対策を講じてもらわんと、仕事になんねぇ。


おばさん

 仕事どころか、このままじゃ生活も満足に出来ゃしないわよ。


笛吹き

 確かに、これでは音楽鑑賞どころではないようですね。


女の子

 お父さん可哀想…。


笛吹き

 お父さん?


女の子

 私のお父さん、町長なの。でも、このままじゃ町長を辞めされられちゃうんだって。


笛吹き

 それは災難だ。ネズミなどというものは、どこの街でもわんさかいるものです。


   二人の前を走り回るネズミたち。


笛吹き

 フッ、確かに、この街のネズミの数は少し異常なのかも知れませんね。


女の子

 (笑い)お兄さんも、ネズミにかじられないうちに別の街に行ったほうがいいかもね。じゃ、さようなら。


   と、公園を立ち去る。


笛吹き

 ありがと。


   間。

   笛吹き、妖しく笑うと笛を吹く。

   走り回っていたネズミたち、一列になって公園を出て行く。

   笛吹き、忍び笑い。




3 町役場


   大勢の人々が、町役場の周りを取り囲んでいる。


おじさん

 出て来い町長! 今日という今日は、会うまで絶対帰らないぞ!


おばさん

 そうよ、そうよ。こっちは生活がかかっているんですからね。ネズミ騒動をなんとかしてもらわなきゃ、どうにも困るのよ。


   町長、バルコニーからオドオドと姿を現す。


おばさん

 出て来た!


おじさん

 町長! これを見ろ!


   と、手に持ったネスミの束を突き出す。


おじさん

 俺が捕まえたネズミだ。昨日だけで十四匹も捕まえたんだ。ところがどうだ? こんだけ捕まえたってのに、今日も家の中を十匹以上のネズミが走り回っていたんだ!


町長

 (小声で)すごいな…儂なんかネズミ騒動が起きてこの方、一匹だって捕まえたことなどないに……。


おじさん

 何か云ったか!?


町長

 え? いや…(咳払い)ハーメルンの街の皆さん!


   静かになる人々。


町長

 私は、この難局に際し、議員たちと力を合わせ、一所懸命、誠心誠意、鋭意努力致しております。


おばさん

 議員室で頭抱えてるだけで、何にもやってないじゃないかさ。


   町長、言葉に詰まる。


おばさん

 ネズミ騒動はもう、何ヶ月も続いているってのに、役場は何一つしてくれてないじゃないの。


おじさん

 そうだ、そうだ!


町長

 …こうしましょう。たくさんの猫いらずを作って、街のあちこちに置いてまわりましょう。


おじさん

 猫いらず?


おばさん

 毒を練り込んだ団子のことですよ。


おじさん

 そりゃいい。ネズミどもは、食べ物なら何でも食っちまうからな。


おばさん

 作れませんけどね。


町長

 へ?


おじさん

 どうしてだ?


おばさん

 だって、団子にする材料がありませんもの。


町長

 ………。


おじさん

 町長! あんた町長なんだろ、この街で一番偉いんだろ? そう云っていつも威張ってんだから、こういう時は責任持って効果的な対策考えろ!


町長

 ぎ…議員たちと相談してきます。しばらくお待ち下さい。


おばさん

 私たちゃ、もう限界なんだからね。今日中に抜本的対策ってヤツを考えてよね!


   役場前の少し離れた所に現れ、妖しい仕草で事の成り行きを

   見守っている笛吹き。

   やがて、町長がバルコニーに戻って来る。


町長

 えー…(咳払い)その…(ため息)皆さん! ネズミを…街からネズミを追い出した者には一〇〇〇ギルダーの賞金を与える…と、只今の会議で決定いたしました。


   間。

   集まった人々からドッと怒声が響く。


おじさん

 そんな事が出来る奴がいたら、とっくにこの騒動は収まってるってんだ!


おばさん

 もっとましな事は思いつかなかったのかい? それでもあんたァ町長かね。この役立たず!


町長

 や、役立たずとは失敬な!


   笛吹きが鋭く笛を吹き鳴らすと、人々はおとなしくなる。


笛吹き

 町長、そのお話は本当ですか?


   一斉に笛吹きを見る人々。


町長

 だ、誰だね君は?


笛吹き

 ご覧の通りの旅の笛吹きです。ただ…私には、この魔法の笛を操る特別な力がありまして、有害な動物を追い払ったりする事が出来るのです。


町長

 本当かね? それは。


   妖しく笑う笛吹き。


笛吹き

 いかがでしょう。賞金の一〇〇〇ギルダー、私に頂けませんか?


町長

 一匹残らず追い出せるなら、五〇〇〇ギルダーだって惜しくない!


笛吹き

 いやいや…私はそこまで欲張りではありませんよ。それではネズミ退治の準備がありますので、今日はこの辺で。


   と、消えてしまう。

   間。

   おじさんとおばさん、顔を見合わせる。


おじさん

 一体何者かね、あの男。


おばさん

 さぁ…所詮よそ者ですよ。


   暗転。




4 公園



   大勢の人々が集まっている。

   そこに町長と女の子を連れて、笛吹き登場。


おじさん

 来たぞ!


   噴水の前に立つ笛吹き。


町長

 さぁ、儂が直々に立ち会ってやる。ありがたく思え。


   笛吹きため息。

   女の子、心配そうに笛吹きを見上げる。

   足元をネズミが走り回っている。


笛吹き

 さぁ…。


   笛を吹き始める笛吹き。

   どこからともなくネズミが集まってくる。


女の子

 すごい!


   踊るように行進を始める笛吹き。

   笛のリズムに合わせるように踊りながら笛吹きの後を行進して行く

   ネズミ。


おじさん

 こりゃすごい!


町長

 …………フン!


   川の縁までやって来る笛吹き。

   川の中に入るフリをする笛吹きの片足が水に触れると、

   ネズミは次々に川の中に飛び込んで行く。

   ネズミが一匹残らず川の中に入って行ったのを確認して、

   満足そうに頷く笛吹き、飛ぶような足取りで公園に戻って来る。


笛吹き

 はい、終わりました。


おじさん

 本当か?


笛吹き

 ええ。


おばさん

 一匹残らず?


笛吹き

 はい。一匹残らず。


   みんな自分の家などに確かめに行く。

   噴水の縁に腰を下ろす笛吹きと、厳しい目つきで笛吹きを見つめる

   町長だけが残っている。

   女の子が戻ってくる。


女の子

 お父さん、うちには一匹もいないわ。


   次々と戻って来る人々。


おばさん

 料理を作る甘くておいしい匂いにも一匹だって出て来やしないわ。


おじさん

 仕掛けたネズミ取りのカゴの中にいたネズミさえいなくなってたぞ。


   大歓声が沸き上がり、町中お祭り騒ぎになる。

   薄笑いを浮かべる笛吹き。

   苦々しく笛吹きを見つめる町長。


笛吹き

 さて…。


   笛吹きが立ち上がると、水を打ったように静まる。


笛吹き

 賞金の一〇〇〇ギルダー、頂きましょうか。


町長

 一〇〇〇ギルダー!?


おばさん

 一〇〇〇ギルダーだって?


おじさん

 一〇〇〇ギルダーあったら、半年は遊んで暮らせるぞ!


   心配そうに事の成り行きを見守る女の子。


おばさん

 ただ笛を吹いただけなのに…。


町長

 ………。


笛吹き

 ネズミを追い払ったんですよ。


町長

 ちょっと待て!


笛吹き

 何か?


町長

 君は、ただ笛を吹いていただけだ。


笛吹き

 !


町長

 儂はこの目で、確かに見た。


笛吹き

 私がネズミを追い払う所を。


町長

 いや、ネズミが勝手に川の中へ飛び込んで行くのをだ。


笛吹き

 そんな。


町長

 ネズミが勝手にいなくなったのに、賞金など払う必要はないだろう?


笛吹き

 何ィ!?


   大歓声。


女の子

 お父さん!


町長

 しかし、今日は何ヶ月もの間、人々を悩ませてきたネズミ共が一匹残らずいなくなった喜ばしい日だ。寛容にして気前のいいハーメルンの代表として、50ギルダーを払おう! 景気のいい曲で、この祝日を盛り上げてくれ。


   再び大歓声。


笛吹き

 私は自分が云った事を行いました。有言実行というやつです。次はあなたの番です、町長。ネズミを追いだした者には一〇〇〇ギルダーを支払うという約束…きちんと守っていただきたい。さもないと、今度は違う曲を吹くことになりますよ。


町長

 儂らを脅しているつもりか? フン、旅の笛吹き風情が。何なりと吹くがいい。死ぬまでな。


おばさん

 そうよ、笛をいっぺん吹いただけで一〇〇〇ギルダーも取ろうだなんて、虫が良すぎるって云うもんさ。


笛吹き

 …あなた、お子さんは?


おばさん

 娘が三人、末に息子がいるよ。それがどうしたってのさ? あんたの知ったこっちゃないよ。


笛吹き

 (含み笑い)あなたたちには、覚悟してもらいますよ。


   ひらりとマントを翻し、人込みの中を消える笛吹き。

   間。

   一際大きい大歓声。


女の子

 笛吹きのお兄さん…。




5 教会(夕暮れ)


   大人たちが集まって、厳かに神聖な儀式が執り行われている。

   遠く離れた所でその様子を窺っていた笛吹き、

   妖しく笑ってその場を立ち去る。




6 町長の家(夕暮れ)


   一人で留守番をしている女の子。

   窓の外に笛吹きの影。


笛吹き

 さぁ、子供達よ、私についておいで。素晴らしい、不思議の国へ連れて行ってあげよう。いつまでも、幸せに暮らせる国へ。


   笛の音が響き渡る。

   女の子、外へと飛び出して行く。




7 教会(夕暮れ)


   式が終わり、人々が出てくる。

   どこからともなく笛の音。


町長

 あの笛吹き…まだこの町をウロチョロしてるのか?


おじさん

 ちっ、町長!? アレ!


   指差す先には、笛吹きを先頭にした子供たちの行進が見える。


おじさん

 先頭にいるのは、町長の娘じゃないか?


おばさん

 (絶叫)私の子供たちが、みんな…。


町長

 待てっ! 待つんだ! そんなやつについて行くんじゃない! 戻って来い!


おじさん

 ダメだ、誰も聞いちゃいない。まるでこの間のネズミみたいだ。


おばさん

 違う曲って…覚悟ってのは……。


町長

 待ってくれェ〜…儂らが悪かった。金なら好きなだけくれてやるから娘を、子供たちを連れて行かないでくれぇぇ…。


   笛吹きとともに山の向こうへ消えて行く子供たち。

   暗転。

   闇に浮かぶ笛吹き、笛を吹く。


笛吹き

 物語はこれでおしまい。約束は、きちんと守ろうね。


   笛吹き、闇に溶けて行く。

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